ギルド受付嬢ソフィア

 三階建てのギルド会館は今日もごった返している。人、獣人、エルフ、ドワーフ、ラミア、リザードマンなど雑多な種族がいる。

「おい、昆虫野郎を追い出してくれ! こいつがいるだけで嫌な匂いがする」

 そう、叫んでいる人族の男がいた。

「かしこまりました。しばらくお待ちください」

 小柄な受付嬢がカウンターの向こうから出てきて、虫語で短い会話を交わし、虫人を連れていった――貴賓室へ。彼は最優先で事務処理を受けられることになったのだ。一方、手前勝手な要望を叫んだ男は屈強な男たちに取り押さえられ、列の最後尾にまわされた。

「お客様のお身体のほうが匂いますよ。これはギルドからのサービスです」

 文句を言っていた男に、長身の受付嬢が噴霧器で消毒液を吹きかける。

「この薬はどの種族の方にも無害です。ご安心ください」

 長身の受付嬢が言う。

「おうおうおう、いつもながら賑やかなこったね」

 言いつつ、ガストン爺さんは目を細める。騒ぎは大好きだった。

 ガストンの声を聞いた長身の受付嬢が振り返る。

「おじさん!」

 長身の受付嬢が目を見開いている。

「久しいな、ソフィア。今日もいい景色か?」

 ソフィアと呼ばれた受付嬢の身長はガストンより頭一つ高い。

「上空の視界は良好。おじさん、まだ禿げてないのね」

 ガストンを見下ろしてソフィアは言う。

「髪だけは豊富な家系でな。あとはからっきしだ、だもんで、どうやらわしが末代だ」

 軟骨がへたり背が低くなってしまっているガストンは、ソフィアの胸に話しかけているような格好になる。彼女の胸はとても大きいので、いつもちょっと気まずい。ガストンは今日も目をそらした。

「ご用はなんです?」

 ソフィアは相変わらずガストンの旋毛つむじを見ながら言う。

「大戦墓苑の骸骨剣士スケルトン討伐クエストってのはまだ終わっちゃいないかね?」

 ガストンは首を上に向けて尋ねる。

「ええ、まだ成果報告もなし。今朝出したばかりのクエストですからね」

「依頼書はどこに貼ってある」

「あちらに」

 ソフィアが手のひらを上に向けて手指で示した。

 ガストンは示されたボードに向かって歩いていく。

「おじさん、今回のは毒沼案件です」

 ガストンの背中に向けてソフィアが言う。

「ほお。だから未だに成果が出てないってわけか」

 振り返ってガストンが言う。依頼書を見るのは後からでも良さそうだ。自力で魔物を退治し、ドロップしたアイテムを集めるのが通常の冒険だが、依頼者のあるクエストなら参加と達成のインセンティブが支給される。つまり、より儲かるのだ。だからクエストは早いもの勝ちですぐに終わる。クエストがなかなか終わらないのは依頼の難易度が高いときに限られる。

「して、その沼ってのはいつどこに現れてる」

「上空からの観測によれば四六時中。場所はすぐに変わります」

「原因は?」

「瘴気を操るネクロマンサーの仕業かと」

「おいおい、毒沼が動くてぇことは、屍遣いネクロマンサーが瘴気のなか歩きまわっても死なねぇってことだろ」

「そうでしょうねえ」

 ガストンのことばをソフィアは軽く流した。

「そうでしょうねえ、じゃねえぞ。そんな人間はいねえだろ。普通じゃあねえ!」

 ついガストンは大きな声を出してしまう。

「そうかもそれませんね」

 何を言ってるのかな、という表情でソフィアは小首をかしげる。

「そうかもだとぉ。じゃあ、こういう、そうかもはどうだ。伝承歌を思い出せ。『彼の者歩むところ瘴気たちのぼり毒沼となった。蘇った死者たちが毒沼から這い上がり、まことの生命あるものを求めて骨だけとなった手を伸ばす…』」

「ああ。『旧都物語』の『出現』のくだり。おじさんから聞かされたわ。母さんからも、ララノアさんからもね」

 やっとソフィアもガストンの考えていることに気づく。

「今回がその再現かもしれねえとは思わねえか? 魔族がまたやってきたと」

 ガストンは言う。そして、一瞬の間。よくよく考えてソフィアは答える。

「ないでしょう。ないない。魔王は倒されて、魔族はみんな消えたんだから」

「あの歌はそれほど古いもんじゃない。オレがお前の年になるくらいまで魔王はいなかった。でも、ある日、奴らはやってきた。それですべてが変わったんだ。お前の父さんは…」

「そうね。父さんは魔王に殺されたんだもんね。そんなに大昔じゃない。私が生まれるほんのちょっと前まで魔族はいた」

「赤ん坊の頃のお前さんをだっこして、何度しょんべんひっかけられたか分からねえ。ちょっとでっかく育ったからって、まだまだガストンおじさんをナメるんじゃねえぞ」

「わかりました。おじさんが老害だって」

「踏んでる場数が違うって言ってんだよ。お前の今の仕事なら3年でいい。見えてくるもんがある」

「おじさんこそ、いつまでたっても私を子ども扱い。もう嫁にも行ける年頃ですよ、私」

 ソフィアが腰に両の拳を当てて言う。

「いつまでたってな、育てた子を子ども扱いしねえ奴はいねえわな。死ぬまで言ってるだろうよ。さて、スケルトン退治に行こうと思ったんだが、首謀者を討伐して荒稼ぎってのも悪かねえ。ネクロマンサーを仕留めたら幾らになる。張り紙に書いてあるか、これ?」

「ネクロマンサー討伐は時価…だね。そっちは王国軍が払ってくれる。スケルトン退治はギルドが受けてて、頭ひとつにつき銀貨一枚。スケルトン相手なら破格のレイトだよ」

「よせやい。魔族のネクロマンサーがついてるなら金貨でも足んねえよ。そのうえ、王国軍は支払いが悪いときてる。来月払い、再来月払い、さらにその次払いなんてな。こっちが干からびてスケルトンになっちまうよ」

「んもぉ、おじさん行くの、行かないの?」

 ソフィアが眉を釣り上げて尋ねる。

「まあ、行くけどよぉ…」

「よかった。あたしも行くから!」

「えっ、そいつはどういうこったい??」

ソフィアは冒険者ではない。受付業務者だ。

「巡察に行くように上から言われてるの。冒険者が持ってきた頭蓋骨だけみてスケルトンだったかただの死体だったかは分からない。ズルするひとが出てこないように監視するようにって。でもね、私だけが行くじゃ…」

 ソフィアに最後まで言わせず、ガストンが声をあげた。

「ああああああ、なんだよ、そいつは許すわけにはいかねえな。オレはおめえの父ちゃんに約束したんだ。ソフィアはちゃんと育てる。立派な仕事に就かせて、いい男と結婚させる。オレがどんなに落ちぶれてたってこの約束は守るぜ。いいから、上司、連れてこい。事務員のおめえを毒沼に行かせるなんて無茶言うやつぁ、俺がぶん殴ってやる!」

 ガストンが言ったとたん、彼の背後から声がした。「私がその上司です」と。

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