黒い手

ヒガシカド

黒い手

「なあ、ワトソン君」

「何ですか先生、そう声かけてくる時はアイデアに詰まった時でしょう」

 作家は苦笑いを浮かべて助手に紅茶をねだった。

「なんかもっと、こう、魂が震えるような小説を書きたいのだがね」

 作家は紅茶を一口飲むと切り出した。

「グシャーン、パーン、ドン、シャンラララ、完!みたいなさ」

「擬音ばっかですね」

 助手は肩を竦めて立ち上がった。

「人の心を掴みたいのなら、何も魂を震わすだけが方法じゃないと思うんですが」

「そうか?」

 作家は興味深そうな目を助手に向けた。

「例えばそうだな、黒い手のような物語を作るんです」

「黒い手?」

「そう、黒い手。最初は影かと思って誰も気づきやしない。けど、徐々に影をつたって中へ中へと忍び込んでくる。人が話の細部を完全に忘れた頃、手は心臓に触れ、濃縮された回想が脳内を駆け巡る間に心を完全に掌握し、永遠に握りしめて離さない」

 作家は助手をしげしげと見つめた。

「ま、ほんの若造の戯言と思って聞き流してくださいな」

 助手は作家の視線に気づかないままその場を立ち去ろうとした。

「待ってくれ。そういえば君、この前自作の小説が完成したと言っていたね、それを見せてくれ。なあに、盗もうだなんて思ってはないよ、ただ君の手を見たくてね…」 

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黒い手 ヒガシカド @nskadomsk

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