終章
Remember
アーサーたちが到着したのは、風の国の宮廷だった。
「全員いるな」
フランシスを含め、全員がいることをアイビスは確認した。
「フランシス様がいるということは……」
そう口にするや否や、リン・ユーは慌ただし気に駆け出した。
「リン・ユー!」
アーサーの呼ぶ声など目もくれず、ひたすら走る。
「――マリア様」
頭の中で何度も名を呼ぶ。向かった先は王の間だった。
「リン殿! 中には客人が……」
王の間の前にいる護衛が止める間もなく、リン・ユーは扉を開ける。
部屋の中では玉座に座る女性と、これに対面する形で椅子に座る男の姿があった。男は真っ黒いローブに身を包み、リン・ユーの顔を見るなり、頭にフードを被った。
男の挙動を不審に思ったリン・ユーが、その顔を確かめようと、男の正面に立とうとした時、
「ユー……」
女性は大きく目を見開き、リン・ユーを見つめていた。
リン・ユーは振り返り、胸に手を当てた。片膝をつき、頭を下げる。
「ただいま戻りました、マリア様。フランシス様もご無事です」
「……無事だったのね」
マリアの目は涙で潤んでいた。彼女は立ち上がり、テーブルに置かれた布を手にリン・ユーの傍へ寄った。
「これ、あなたの物よね?」
布の上に置かれていたのは、赤いストーンのついたピアスだった。
「拾ってくださったのですか。ありがとうございます。あなたからまたこうして受け取ることが出来るとは」
マリアは王の間を出ようとしてから客の男へと視線を戻す。男が黙って頷くのを確認すると、王の間から駆けるように出た。リン・ユーも彼女の後を追い、来た道を戻る。王の間を出て、五ヤードほど進んだところでアーサーたちと出くわした。
「姉上、ただいま帰還致しました」
「フランシス、皆さんもご無事で何よりですわ。今夜は再会を祝して宴を
「では、こちらへ」
マリアの侍女――ハンナの案内でアーサーとアイビスは部屋へと向かう。
「また後でね、アーサー」
シャルロットは自身が帰還したことを報告しようと、両親たちがいるであろう広間へと足を運ぶ。その道中、背後から男の声で、
「シニョリーナ……」
その言葉を聞いた瞬間、シャルロットは驚きの表情を浮かべ、振り返った。
目の前に立っていたのは、黒いローブを着た男。男はおもむろにフードを取り、顔をあらわにする。見た目は四十代ぐらい、左目から額にかけて広がる傷跡がひときわ目立っていた。
シャルロットは言葉を失った。男は口元で人差し指を立てる動作をした後、再びフードを被り、シャルロットに耳打ちした。
「久し振りだのう。それとも、すっかり忘れられてしまったかのう?」
「……ダンテ。忘れるわけ、ないじゃない。でも、どうして? ……記憶を消されたんじゃなかったの?」
ダンテは口角を上げ、得意気な様子で彼女に問う。
「我の能力を忘れたかのう?」
能力という言葉を聞いた瞬間、シャルロットははっとした。
「無効化――」
「それはそうと、あの時の我より見た目が老けただろうに、よく分かったのう」
「分からないわけないでしょ。若返りの水の効果が切れた時のあなただって見ているのよ。それに……」
「それに?」
ダンテは首を傾げた。
シャルロットは一瞬間を置いてから首を横に振る。
「……いいえ、何でもないわ」
「我に記憶があることは内密で頼みたい」
「分かったわ。庭に行きましょう」
シャルロットとダンテは庭園へと向かった。空にはどんよりとした雲が広がり、足元は落ち葉の絨毯が広がっていた。
「寒い! 一気に冬に戻った感じね。でも、ここなら安心して話せるわ。あまり人が来ないから」
吐き出す白い息が空へと消えていく。ベンチを見つけた二人は腰を落ち着けた。
「歴史書の編纂のことで、陛下から直々に呼び出された。史書に我の名を明かすことを含めてのう」
「マリア様から? あなた、確か本を……」と、言ってからシャルロットは我に返る。「いえ、何でもない」
ダンテはシャルロットの態度に違和感を示しながらも、一冊の本を彼女に差し出した。
「これのことかのう?」
「これ、図書館にあった……」と、シャルロットは言いかけたが、すぐに黙った。
ダンテはようやく「ああ」と、合点のいった様子で、
「この本の著者が我だと知っていた、そういうことだろう? 今更シニョリーナが言ったところで、今の我にとってはもう未来の話ではないからのう。問題はないさ」
シャルロットは安堵の溜息を漏らした。
「……前に見た時、背表紙が剥ぎ取られていて、おかしいなって思ったから」
「ルーチェの追跡をかわしていたからのう。本は図書館と宮廷に寄贈していた。だが、陛下の話だと、ジャックが名を変え、宰相に成り上がっていたらしいのう。それなら、我の研究がジャックに知られていたことにも合点がいく。それと、シニョリーナたちがルーチェを壊滅に追い込んだことも――ローレンにあったジャックの居城で決着したと聞いた。だからもう、我の名を明かしても問題はないと判断し、お受けした。この本を改版し、再び世へ送り出すとともに、また新たな史書を編纂することを仰せつかった。それが完成するまでは否が応でもこの世に居座らなければならない……まったく、独り身だというのにのう。いつまで世にはばかり続けなければならんのか」
ダンテは寂しげに笑い、言葉を続ける。
「だが、こうやってもう一度シニョリーナの顔を見ることが出来た。そう考えれば、長生きも悪いことばかりではないのかもしれないのう」
「あのね……私は一度アーサーのことを裏切ったことがあるの。でも、彼はそんな私を受け入れてくれた。あのときの私は、一族の復興のことしか頭になくて……愚かだったなって」
シャルロットの目から大粒の涙が零れる。
ダンテはシャルロットの頭を優しく撫でた。
「シニョリーナは良き友を持ったのだな。本当の友とはきっとそういうものを言うのだろう」
「ダンテ……」シャルロットは一瞬言葉を詰まらせたが、意を決したようにダンテの顔を真っ直ぐに見た。
「私は、あなたの言う友になれるかしら? あなたにとっての、本当の友達に――」
ダンテは驚いた表情を見せたが、すぐに口角を上げた。
「そうだのう……シニョリーナとなら、なれそうな気がするのう」
「嬉しい!」
シャルロットがはにかんだ笑顔を見せると、頬にひらりと白い物が落ちる。
「あっ、雪……」
「積もるかのう?」
二人は空から舞い降りる綿雪に触れようと、掌を空に見せた。
すると、背後から壮年の女性の声が聞こえる。
「あらあら、こんなところに……風邪を引いてしまいますよ。宴の用意が整いましたので、どうぞ大広間へ」
ハンナの呼ぶ声で二人は建物の中へと戻る。二人が大広間に入ってまもなく、宴が開催された。
玉座に座るマリアの元に、長い剣が運ばれる。従者から受け取った彼女は、向かいで待つリン・ユーの元へ近づく。リン・ユーは胸に手を当て、
「あなたは、風の国のひとりの騎士として、これからも
「女王陛下。このリン・ユー、命ある限り国を支え、国民に寄り添う所存でございます。そして――最後まであなたをお守り致します」
「リン・ユーに、ナイトの称号を――」
マリアが剣の平でリン・ユーの肩を軽く叩くと、会場内から大きな拍手が沸き起こった。
(了)
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