それぞれの道
しばしの沈黙の後、リン・ユーは口を開いた。
「俺は……もし、自らの意志で選べるのなら、マリア様の傍で仕えたい」
「それがお主の答えか? 元の時代に帰るチャンスは、恐らく今回限りじゃ」
アイビスは再度リン・ユーに問いかけた。アーサーやフランシスたちが見守る中、リン・ユーは首を縦に振り、「頼む」という一言のみだった。彼の表情に迷いの色はなく、目はアイビスの方を真っ直ぐに見つめている。
「良かろう。さて、残る問題は……」
アイビスはダンテの方を見た。
「最悪の場合は記憶を消す必要があるかもしれん」
「そんな……」シャルロットは目を大きく見開いた。
だが、当のダンテは声を立てて笑う。
「我の記憶を? さあ、何のことだろうのう。お前さんらが、この時代の人間ではないということぐらい、すぐに分かる。我の目は真実を見通す目。我に見通せぬものなどない――未来の出来事を除いたらのう」
「お主がどこまで見通しているのか定かではないが、やはり記憶を消した方が良さそうじゃ。その上で、わしらが一刻も早くここを立ち去るのが最善と言えよう」
「待って! あ、あの……少しだけ、時間をもらえないかしら」
シャルロットがアイビスに懇願した。
アーサーとダンテは首を
「ダンテ……百年たっても、今のままのあなたでいてくれる? 普通に考えたら、もうあなたに会うことはないし、長老様があなたの記憶を消すって言っていたから、出会ったとしても、私のこと分からないと思うけど……」
「ぷは!」
たどたどしくも精いっぱい伝えようとするシャルロットに対し、ダンテは込み上げてくる笑いを押さえることが出来ない。
「な、何がおかしいのよ!」
「それは、我に対する告白と受け取って良いかのう? シニョリーナ」
シャルロットは頬を赤くし、答えに窮した。
「ははは、冗談さ。約束しよう。我はこれからもストーンやそれに関する歴史についても調べねばならない。そのためにも若返りの水は必須だからのう。時が来れば、またどこかで会えるさ。たとえ、記憶がなくとも……」
「おい、眼帯野郎……コイツをてめぇに返す」
リン・ユーは赤いピアスをダンテに差し出した。
「おいおい、最後ぐらい名で呼んではくれんかのう? いらないのか? お前さんのストーン……」
「今ここでてめぇから受け取れば、あの人から受け取ったはずのものが受け取れなくなる……そういう気がする」
「お前さんの言う『あの人』とは、それぐらい大切な存在ということかのう。我の出した選択の意味も察したようだのう」
「てめぇ、最初からそれを分かって……」
「言ってしまったら意味がないからのう。だから、おあいこさ。我が未来のことを知ってはいけないように……そういうことで良いかのう? シニョーラ」
ダンテはアイビスに向かってウインクをしたが、アイビスは白けた表情を浮かべ、
「お主、顔は悪くないのに話すとパッとせんな……そこの娘、下手な男に引っ掛からんようにな」
「下手なって、どういうことですか? 長老様」
シャルロットの問いに、「さあ、何のことじゃろうな」と、アイビスはとぼけてみせる。
「さっきから我に対する扱いが酷くないかのう? 揃いも揃って」
苦笑いを浮かべるダンテを、アーサーとフランシスは笑って見ていた。
「では、そろそろ行くとしよう。なかなかの大人数じゃが、剣とわしの時計があれば問題はなかろう」
「……ババ様、風の国に何か影響は?」
アーサーが不安気に尋ねるが、フランシスは「心配いらないよ」と、微笑んでみせる。
「受け入れよう。何があっても」
「フラン兄さん……」
「では、参ろう」
アイビスは杖の先を地面に再びついた。時空の扉の奥からそよ風が吹き、小さな竜巻が現れた。竜巻はダンテの周囲をくるくると回り、時空の扉の中へと消え去る。彼女がもう一度杖をつくと、時空の扉は音を立てながら地面に沈み込んでいく。彼女はフランシスの支えでウィンディの背中に乗り、懐から懐中時計を取り出した。
「アーサー、リン・ユー、お主らの持つ剣の先を天に向けよ」
アイビスの指示に従い、二人は切っ先を天へと向けた。二振りの剣とアイビスの懐中時計から光が放たれる。ダンテを残し、アーサーたちは水の国を離れた。
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