時空の扉
「目を覚ませ、ジャック!」
ダンテの左目が赤々と光る。
アーサーは剣を握りしめ、天へと切っ先を向けた。
「皆で元の時代に戻る。町の人たちも救うんだ!」
アーサーの強い思いを受け取ったように龍は再び勢いを取り戻し、辺りを強い風の音とともに周回する。速度を上げた龍は伯爵を背後から飲み込んだ。
「わしを飲み込もうとは愚かな!」
龍の口を中から
「まったく、しぶといのう」
「私に任せて!」
シャルロットはタロットカードを一枚投げた。カードは龍の口を通り、伯爵の背中にぴたりと貼り付く。
「金縛り!」
シャルロットの声とともに、伯爵の動きは止まり、地面の揺れもおさまった。
「……シャルロット嬢め!」
「おとなしくしなさい!」
なおも抵抗を続ける伯爵を相手に、シャルロットは歯を食いしばり、カードに力を注ぐ。
だが、カードは伯爵の背中から剥がれ始めた。
「ダメ……このままだとカードが――」
シャルロットの足がふらつき、ダンテは慌てて彼女の体を支えた。
「シニョリーナ、無理をするな。さっきのでだいぶ力を消耗しているはずだからのう」
「……だからって、諦めるわけにはいかないじゃない。やるべきことやって、皆で帰るんだから!」
「当たり前だ」
リン・ユーは短く答えると、暴れる龍の背中を足場にして跳び、駆け上がる。
「リン・ユー!」
アーサーもリン・ユーのあとを追ったが、
「お前の相手は俺さ」
バルトロが不敵な笑みを浮かべ、立ちはだかる。彼はアーサーに向け、拳銃の引き金を引いた。
アーサーが剣で懸命に弾丸を弾いている間、リン・ユーは龍に振り落とされることなく、龍の頭上まで辿り着いた。
「往生際が悪いんだよ!」
龍の頭上に向かって剣を突き立てる。
龍の体は先程に増して輝き、その目は宝石のサファイアのように光った。龍は射るような目でバルトロの姿をその瞳に映し出す。
バルトロは拳銃を構えたまま再び石像のように動かなくなった。
だが、その表情にはまるで動揺がなく、目や口元にはニタリとした笑みが浮かんでいるのだった。
「……やったか?」
リン・ユーが剣を引き抜くと、龍の口は完全に閉まっていた。アーサーが見上げて確認をするも、伯爵の状況を窺い知ることは出来ない。
「伯爵は死んでしまったのでしょうか。あっ、空が……」
「ここにいたんだな! アーサー、無事で良かった」
「フラン兄さん! ババ様、ウインディも!」
「再会を喜ぶのは後じゃ」
アイビスはフランシスに支えられ、地面に下りた。咳払いをひとつした
すると、岩が摩擦するような音を立てながら地面から入口のようなものがせり出してきた。戸はついておらず、向こう側を覗こうにも中は真っ暗で何も見えない。
「これは、何?」
シャルロットの問いにアーサーが答える。
「時空の扉だよ。僕も本物を見るのは初めてだけど。今とは違う時空に繋がっているって、前にババ様が言っていた」
「時の民より奪いし時計を使い、歴史を変えた者たち――両名の行為は『時空の大罪』に値する。時空の番人、アイビスの名においてこの者たちを処断する」
龍は口を大きく開けた。黒い煙のようなものが口の中から吸い出され、時空の扉の中へと入っていく。
「ん? 様子がおかしい」
「ババ様、これは?」
「杖についている水晶から一部始終を見ておった。じゃが、あの男の姿が見えん。それに、もうひとりの男も」
一同が先程までいたバルトロの場所に目をやるが、周辺を含め人影は見当たらない。
「……伯爵もバルトロも――消えた? でも、どうやって……」
アーサーは困惑の色を隠すことが出来なかった。少し前まで目の前にいたはずの二人は、いったいどこへ行ったのだろうか。彼がそう考えている間にも、リン・ユーは周辺を捜索しようと走り出していたが、
「無駄じゃ。時空の扉をもってしても見つけ出すことが出来んのじゃ。恐らくは時計を使って再び移動したのだろう。手遅れじゃ」
アイビスの言葉で動きを止める。
「……せっかく剣を手に入れて、龍を呼び出したのに……全部無駄だったってこと?」
シャルロットは落胆の声を上げたが、アイビスは首を横に振った。
「そうとも限らん。見なさい」
アーサーの懐から紫色の光が漏れていた。
「まさか――」
アーサーは懐から光る物体を取り出した。
「やっぱりそうだ。カストさんの指輪――」
指輪はリングからストーンに向かって消え、光も徐々に小さくなる。
「カストさん、僕はあなたを救うことが出来たでしょうか」
「出来たわよ、きっと」
シャルロットが微笑み、アーサーは安堵の表情を浮かべる。そのやりとりを見届けるように、指輪はゆっくりと姿を消していった。
龍は町の中を周回した後、空へと昇って行く。日食が終わりを迎え、空は本来の明るさを取り戻した。
「今回、わしがお主に与えた任務は時空間の乱れを正すことじゃ。立派に務めを果たしたな、アーサー」
アイビスが労いの声をかけるが、アーサーは首を横に振った。
「僕一人では何も出来ませんでした。シャルロットやリン・ユー、それにダンテさんがいなければ、今頃どうなっていたことか」
「リン・ユー、案内ご苦労だったね。シャルロット嬢もありがとう」
フランシスからの労いの言葉にシャルロットは得意げに笑みを浮かべるが、リン・ユーは険しい表情を見せていた。
「いえ、俺はもう少しでマリア様の意志を曲げてしまうところでした。まだまだ修行が足りません。精神を鍛え直さねば……とは言え、この後俺にどんな処断が下されるのか、それが決まるまでは今後のことを言っていても仕方がありません。俺はあの時代の
リン・ユーは物憂げに空を見上げた。
「あの人と出会えたことで変わることが出来た……初めて、心の底から守りたいと思えた。それで十分です」
「リン・ユー……姉上にとっても、君はかけがえのない存在だ。出会うべくして出会った……そう信じているよ。私も感謝している。可能ならば、これまでどおり君や姉上とともに風の国を支えていきたい」
アイビスは咳払いをし、皆の視線を自分の方へと向けた。
「何じゃ、揃いも揃って……そこの若者、リン・ユーと言ったか? 処断とは何事か?」
リン・ユーは怪訝な顔でアイビスを見つめる。
「俺が来たことで変わった歴史もある。今の風の国も、あの錬金術師たちの仕業で歴史が変わっているはずだ。時空の乱れを正したというのなら、俺も風の国もただで済むはずはない」
アイビスは声を立てて笑った。
「……何がおかしい?」
リン・ユーは眉間にシワを寄せ、アイビスを睨んだ。
「リン・ユーとやら、そこまで心配せんでも良い。わしがわざわざここまで出向いたのじゃ、何も解決策を考えずに来るはずがあるまい。その時空の扉は、何も掟を背いた者だけに使う物ではない」
と、アイビスが言い終わるか言い終わらないうちに、
「……も、もう我は何を見ても、何を聞いても驚かないからのう!」
アイビスたちが来たことですっかり置いてけぼりを食らっていたダンテが、さすがにしびれを切らしたのか、彼らの会話に割って入った。
「ふむ、問題は山積みじゃな。お主はこの時代の住民か?」
ダンテとアイビスのやりとりには目も暮れず、リン・ユーは時空の扉に目をやった。今にも吸い込まれそうな、先の見えない真っ暗な闇を視界にとらえた彼はごくりと唾をのむ。
「……コイツは、異なる時空に繋がっていると言ったか?」
「ああ、そうじゃ。今わしらがいる時空とは全く別の場所。影響を及ぼすことはない。先の二人はわしら時の民の証である懐中時計を悪用し、時空を乱した。だが、お主はそうではない。自らの意思ではなく、事故ととらえるべきじゃろう。ならば、わしがお主の道を判断するのは権限の乱用というものじゃ。自らの意志で決めよ」
「俺の……意志?」
「元いた時代の火の国に帰るか、はたまた風の国へ残るか――自らの意志で決めるのじゃ」
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