二つの光

 シャルロットはカップの絵が描かれたタロットカードを数枚浮かべ、念じた。


「水――火薬の箱を水で満たして!」


 カードは火薬の入った箱の山へと飛んでいく。瞬く間に大量の水がカードから流れ始めた。

 ダンテは片膝をつき、床に掌を当てた。


「濡らせ」


 水の柱が床に立ち、箱に向かって大量のしぶきを飛ばし始める。

 その時、外から銃声が聞こえてきた。


「銃声? まさか、もうバルトロと伯爵が……」

「急いだ方が良さそうだのう。シニョリーナ、下がりたまえ」


 シャルロットが背後に下がったのを確認してから、ダンテはもう一度掌を床に当てた。


「舞え、水柱みずばしら!」


 水の柱はぐるぐると竜巻のように回転し始めた。

 箱の山を巻き込み、辺り一面を水で満たしていく。

「がらがら」と音を立て崩れていく箱が他の箱や壁にぶつかる音と、水の流れる音が室内に響き渡った。


「す、凄い……」


 シャルロットから溜息の声が漏れる。

 水の柱が消えると、木箱の破片とびしょ濡れになった火薬の粉が辺りに散乱していた。


「シニョリーナが若返りの水を持ってきてくれたおかげさ。とは言え……ここに長居するのは、得策とは言えんのう。外へ出よう」


 シャルロットとダンテが出口に向かおうとした時、轟音とともに建物が大きく揺れ始めた。


「キャッ!」

「シニョリーナ!」


 建物の扉が吹っ飛び、ステンドグラスが次々に割れていく。

 ダンテはシャルロットを抱きかかえ、机の下に転がり込んだ。ダンテの左目が赤く光る。

 硝子の破片は二人を避けるように、辺りに散らばった。


「もう少しの、辛抱だ……」

「ダンテ! あなた、まだ万全じゃないのに……」

「こんなところで、へばってはいられないからのう……目の前にいる女性一人守れなければ、男がすたる。失うのは……もう沢山だのう」

「ダンテ……」


 表情を曇らせるダンテ。その彼をシャルロットは黙って見つめていた。






 外は次第に薄暗くなり始める。辺りに響く銃声。

 リン・ユーは懐から金色に光り輝く物体を取り出した。


「……コイツは、リオウにもらった鳳凰の羽根――」


 羽根がひと際強い光を発した直後、轟音が辺り一帯に響き渡った。


「ダンテさん!」


 爆風で砂埃が舞い、アーサーはたまらず腕で顔を覆う。風が収まり、彼が辺りを確認しようとした時には、バルトロの不服そうな溜息が聞こえていた。


「さっきの光は何だ? 台無しじゃないか……お陰で狙いが外れたねぇ」

「教会は……扉はなくなっているけど、建物は無事みたいだ。けど、ここからじゃ……二人が無事かは確認が出来ないな」

「二人? 何だ、誰かいるのか?」


 バルトロの問いに、アーサーは「しまった」と、慌てて口を噤んだ。


「だ、誰もいない!」

「ぷは! 小僧、嘘つくの下手だな。純真無垢な餓鬼――やっぱ、いたぶり甲斐があっていいねぇ」

「僕は……の僕とは違う、バルトロ!」


 アーサーは、瑠璃色の玉の付いた剣を天に向かってかざした。


「その玉……あの時の奴か。日食で剣になるって言っていたフォンテッド卿の考えは間違っていたってわけか。何だ何だ、聞いていた話とあまりにも違うじゃないか。どうなってんだ?」


 頭をガシガシと掻き、困惑の色を浮かべるバルトロだが、すぐに声を立てて笑い始めた。


「まあ良いか。もう一度コイツでやれば最後、確実にあの建物は崩壊する。それどころか、辺り一帯焼け野原さ」


 バルトロは拳銃を再び構えた。

 張り詰めていく緊張の中、アーサーは震える手をどうにか落ち着けようと目を閉じ、大きく息を吸った。落ち着きを取り戻した彼は、増していく周囲の暗さにようやく気が付く。


「日食!」


 太陽はすっかり隠れ、昼間とは思えないほどの暗さだ。そんな中、リン・ユーの持つ鳳凰の羽根は、再び強く光り出した。


「その羽根……リン・ユーに対して何かを語りかけているように、僕には思えます」


 ――お前は後々、重大な選択を迫られることになる。その羽根が、お前を正しい道へと導いてくれることだろう。


「リオウ……」


 リオウの言葉がリン・ユーの脳裏によぎる。

 アーサーはリン・ユーの目をまっすぐに見つめた。


「悲劇を繰り返してはいけない。変えるために、僕たちはここまで来たんだ。ババ様やリオウとの約束を必ず守ってみせる。リン・ユーは綺麗事って言うかもしれませんが……必ずあるはずです、マリア様や今の風の国の人たちを救う手立てが!」


 ――その時は……神の言葉に従うまでのことよ。


 リン・ユーは、マリアの言葉を思い出し、胸に手を当てた。腰にさしていた剣を抜き、その切っ先を天へと向ける。


マリア様あの人の意志を……俺が曲げるわけにはいかない。いなくなる時は、俺も一緒だ」


 彼の強い意志に呼応するように、剣に付いた白い玉が光り出す。鮮やかな瑠璃色と、それを包み込むような銀色の光――アーサーとリン・ユーの持つ二振りの剣から放たれた二つの光は上空へと向かった。

 直後、一陣の風が吹き抜け、青白い光をまとった龍が空から舞い降りる。龍が辺りを周回すると、先程扉が破壊された教会は元通りの姿となり、拳銃を構えたバルトロは石のように立ったまま動かなくなっていた。


「……こ、これは?」


 目を大きく見開き、辺りを確認するアーサーだったが、


「これはいったい……何事かな? バルトロ、わしが居ぬ間にまた勝手を」


 何の前触れもなく現れた人物を目の当たりにし、さらに驚きの声をあげる。


「……は、伯爵!」

「なぜこやつらがここに……まさか、シャルロット嬢が――」


 伯爵はおもむろに教会の方へと歩き出した。その後をアーサーとリン・ユーが追いかけようとしたところで、教会の扉が「きぃ」と軋む音を立てながら開く。扉の向こうからまっすぐに伯爵を見つめる四つの目――ダンテとシャルロットだった。

 伯爵はすぐさま怒りをあらわにする。


「この……裏切り者どもが!」

「ジャック!」


 伯爵は真っ黒いストーンの塊を掲げた。地面は大きく揺れ、教会を含む周辺の建物はいつ崩れてもおかしくないほどだった。

 アーサーとリン・ユーはもはや地面に這いつくばることしか出来ない。


「ダンテさん、シャルロット! それに、このままでは町が……」


 ダンテは隣にいたシャルロットを自らの体でかばいながら、伯爵を呆れたような目で見つめた。


「我が前でストーンの力を悪用するとは……すっかり腐りきっているようだのう。誰がどう見たって、真っ黒ではないか」


 ダンテの言葉を聞いた伯爵は、嘲笑ちょうしょうを浮かべ、冷ややかに言う。


「真っ黒で結構。わしは何物にも染まらん。お主のように周りの人間どもに流され、毒されることなどないのだ」


 伯爵がもう一度ストーンを空に向かって掲げると、周回していた龍の体は尾の方から次第に消えていく。


「待って!」


 アーサーは地面に伏せたまま龍の方へと精いっぱい手を伸ばした。

 だが、無常にも龍はすでに体の半分以上が消えていた。更に追い討ちをかけるかのように――。


「フォンテッド卿、戻っていたのか。しかしまあ、戻って早々派手だね」


 バルトロが何事もなかったかのように伯爵に声をかけていた。その彼でも立っているのがやっとなのか、拳銃を構える素振りはないものの、へらへらとした口調は変わらない。


「何を言っておる。元はお主の仕業であろう、バルトロ。さて、今こそ息の根を止めてやる……ダンテ・カルロッサ! シャルロット嬢諸共もろともだ」

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