第六章 選択
カードの意味
アーサーとリン・ユーが噴水の前に辿り着く少し前、シャルロットは懸命に自身の放ったタロットカードを追っていた。
「拘束されているなら、どこかの建物の中にいるはずよね」
シャルロットの予想通り、タロットカードはある建物を目指していた。門をくぐり抜け、扉の前でぴたりと止まる。
「ここって、教会じゃない! ダンテは、この中にいるのね」
慎重に扉を開け、中へ入る。扉が開くなり、タロットカードは再び動き出した。礼拝堂に行く手前の角で右に曲がる。シャルロットは袖廊の途中に何かが倒れているのを確認した。
「ダンテ!」
シャルロットは慌ててダンテの方へ駆け寄った。彼のそばにしゃがみ、肩を叩く。
「ダンテ、しっかりして!」
「シ、ニョ……リーナ?」
ダンテはゆっくりと起き上がり、シャルロットは彼の体を支えた。シャルロットはダンテの顔を見て驚いた表情を浮かべるが、自身の持っていた若返りの水を見て納得した。
「若返りの水の効き目が切れたのね? 今のが本来のあなたってこと?」
「……まあ、そういうことになるのう。ここまでひとりで来たのか?」
シャルロットは頷いた。
「アーサーとリン・ユーは今頃時空の乱れを正そうとしているはずよ……昨夜、あなたと呼び出した剣でね。バルトロや伯爵たちとも戦うことになると思うわ」
「伯爵……ああ、ジャックのことか」
ダンテは立ち上がろうとするが、ふらふらと体が大きく揺れ、その場に座り込んだ。
「無理しないで! これ、あなたの工房から持って来たんだけど……」
シャルロットは若返りの水の入った瓶をダンテに差し出した。
「……わざわざこれを。しかし、よく分かったのう」
ダンテは蓋のコルクを外し、若返りの水を口に含んだ。シャルロットが固唾をのんで見守る中、ゆっくりと飲み干していく。すると、ダンテの顔や体に見られたシワが少しずつ消えていった。
「ありがとう、シニョリーナ」
「それから、これも……」
シャルロットは布にくるんだ黒い眼帯をダンテに見せた。
ダンテは一瞬目を見開いたが、口角を上げ、眼帯を受け取った。
「何から何まで……感謝だのう。そういえば、さっきの男が火薬と言っていたのう」
「火薬って……」
シャルロットは辺りを見回した。壁に沿って規則的に積み上げられた箱の山を見て驚愕する。
「まさか、ここにある箱の山が……全部火薬だっていうの!?」
「どうやら、そうらしいのう。さっきの男が外で暴れないことを切に願うが……何しろ拳銃を持っていたからのう」
シャルロットの顔色が青ざめる。
「事件のことをダンテに知らせるわけにはいかない。でも、これは……あまりにも危険だわ。何か打つ手はないかしら」
シャルロットが思案していた時、彼女の懐から一枚のタロットカードが飛び出してきた。
「……カップのⅡ? これって、さっき節制と一緒に出たカード」
向かい合った男女がともに水の入った杯を持つカードの絵を見て、シャルロットはひらめいた。
「ねぇ、ダンテ。あなた、錬金術師だったわよね?」
「ああ、いかにも」
「だったら、私に協力してくれるかしら?」
「小僧たちがここにいて、シャルロット嬢がいないってことは……内通していたことがバレたか、それとも逃げたか、どっちだろうな。まあ、俺は端から嬢ちゃんのことなんか信用しちゃいなかったが」
バルトロの言葉に、アーサーはごくりと唾を飲んだ。
かたやリン・ユーは、背負っていた大刀を引き抜き、バルトロに切っ先を向ける。
「あの裏切り者なら、俺がこの手で粛清してやった。裏でこそこそやりやがって……バレバレなんだよ」
「ほぉ、それは残念だな」
そう言いながらもバルトロはへらへらと笑っていた。
「聞いていた話とちょいと違うが、まあ良いだろう。フォンテッド卿が戻る前にとっとと片付けちまうか。楽しみを邪魔されるのは
バルトロは懐から拳銃を取り出した。
「さあて、どっちから
アーサーとリン・ユー、交互に銃口を向ける。
「決めた。まずは威勢の良さそうなお前から殺ってやるよ」
リン・ユーに狙いを定め、引き金を引く。リン・ユーは体を大きく反らし、弾丸を避けた。バルトロは続けて二発、三発と弾丸を発射するが、リン・ユーはいとも簡単に避け、バルトロに接近した。
「叩き斬ってやる」
リン・ユーがバルトロの胴を目掛けて斬りつけようとした時、突如バルトロは姿を消した。
「消えた⁉」
辺りを警戒するリン・ユーに向かって、アーサーは叫んだ。
「バルトロの能力は変幻自在。姿を消したり、突然物を出現させることが出来ます」
「チッ、厄介な力を使いやがる。おい、デカブツ、とっとと姿を見せやがれ!」
アーサーも剣を構える。彼の真剣な眼差しに答えるように、剣に付いた瑠璃色の玉が光り出した。
「リン・ユー!」
リン・ユーの背後にバルトロが姿を現し、銃口を向けていた。
アーサーの振りかざした剣はバルトロの頬をかすめる。
「こそこそと……気に入らねぇな!」
リン・ユーはバルトロの顎を蹴り上げた。
バルトロは表情を歪めたが、すぐにへらへらと笑い出した。
「へぇ、案外やるじゃないか。こうなりゃ、まとめて相手してやるよ、お二人さん。ところで、あのダンテって男はお前たちの知り合いか?」
「ということはやっぱり、あの時ルクレツィアにさらわれて……」
「アイツなら今頃あの教会で眠っているはずさ。そんじょそこらのことでは起きない。力を使い果たしてな」
バルトロは教会に銃口を向けた。
「最大の火力って奴はどんなもんだろうな。一度試してみたかったんだよ。あの火薬の山に向かってぶっ放したら、さぞかし気持ちが良いだろうねぇ。歴史が変わっちまうな」
「教会に、火薬の山――そうか、ダンテさんはセント・ナザリア教会に……リン・ユー、何としても阻止しましょう。じゃないと、ダンテさんや町の人たちが……」
だが、リン・ユーから返事はなかった。
「……リン・ユー?」
アーサーが再度リン・ユーの名を呼ぶが、「歴史が変わる……」と、呟くだけだった。
「どうしたんですか?」
「事件がなくなれば、風の国は――マリア様は……」
「リオウの言っていた選択のことでしょうか。確かに、ディアマーレの事件がなくなれば、風の国で革命が起きるはずだし、そうなれば今のようにマリア様が女王として国を統治するとは限りません。でも……」
その時、リン・ユーの懐から金色の光が漏れ出した。
「……この光は?」
「どうした? さっきまでの威勢はどこかへ行っちまったみたいだな。だったら、遠慮なくいっちまうぜ」
バルトロは拳銃の引き金を引いた。
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