幕間

兄として

 風の国の宮廷。

 宰相のフランシスは、いつものように会議を滞りなく終わらせ、執務に励んでいた。かつては若い彼をどこか小馬鹿にしていたご意見番たちも、彼の有能ぶりに舌を巻く。姉のマリアを支え、国のことを第一に考えて行動する彼の存在を宮廷にいる誰もが認めざるを得なかった。

 そんな彼にとって、アーサーはマリアと同じぐらいかけがえのない存在だった。時の民の証しである懐中時計を机の上に置き、時折「大丈夫」と心の中で念じながら、時計に触れる。時の民としての力は剥奪されたものの、かつて同じ集落でともに暮らした仲間として、長老アイビスから持つことを許されたその時計は、フランシスにとって宝である。

 昼下がり、彼が気分転換に執務室の窓から外を覗き込んでいた時だった。

 何の前触れもなく、

「パリン」

 と、何かの割れる音がした。その音は決して大きなものではなかったが、静まり返った室内では彼が異変を察知するのに十分なものだった。

 音のした方向へ彼が恐る恐る目をやると、机の上に置いていた懐中時計の文字盤にひびが入っていた。


「時計が――嫌な予感がする」


 驚いた彼は慌てて執務室を飛び出す。彼の向かった先は王の間だった。


「姉上!」

「フランシス、どうしたの? 王の間でそんな大きな声を出して。あなたらしくないですわ」


 マリアの言葉でフランシスは我に返り、片膝をついた。


「申し訳ありません。ですが、妙な胸騒ぎがするのです――アーサーの身に、何か起こったのではないかと」

「アーサーさんの身に?」

「はい、確証はありませんが……」


 マリアは席を立つと、フランシスの額に手を触れる。彼女のティアラに付いた緑色のストーンが輝いた。

 フランシスは拒むことなく、黙って受け入れる。

 まもなくマリアは微笑み、頷いた。


「心配なのね、アーサーさんのことが。あなたの出来ることをなさい、フランシス。宰相としてではなく、アーサーさんを思うひとりの兄として。あなたのことだから、どこか行く当てがあるのでしょう?」

「姉上……」


 フランシスは顔を上げ、マリアの目を見つめる。


わたくしなら大丈夫ですわ。いつもあなたに頼ってばかりでごめんなさいね」


 すると、玉座の隣で眠っていたウィンディがゆっくりと起き上がる。ウィンディは「コーン」と鳴いてから、フランシスの足元にすり寄った。


「あら、ウィンディ、起きたのね。あなたもアーサーさんのために、フランシスの力になってくれるかしら?」

「コーン」


 ウィンディはみるみるうちに巨大化した。腰を落とし、フランシスの方をまっすぐに見つめる。


「ウィンディ、ありがとう。姉上、行って参ります」

「気をつけて、行ってらっしゃい」


 フランシスが背に乗ると、ウィンディは宮廷を後にし、大空へと飛び立った。


「ウィンディ、霧の国に向かってくれ。アイビス様なら、アーサーたちの居場所が分かるはずだ。私の気のせいだと良いが·····アーサー、必ず無事に帰って来てくれ」


 アーサーへの思いを胸に、フランシスとウィンディは霧の国にある時の民の集落を目指した。

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