接触

 自らの額に向けられた銃口を、ダンテは慌てる素振りを全く見せることなく見つめていた。


「情報? 何の話かのう?」

「単刀直入に聞く。革命家たちとの繋がりはあるか?」

「革命家? さあ、我は欠片を売る時にいちいち名を聞かんからのう。同志となりそうな者に売っただけのこと。それを決めたのは他でもない、我の目――」


 ダンテは得意気に閉じた左目を指差した。


「この目で真実を見定めたのさ――ジャック、いや……打倒ルーチェのために」


 バルトロは豪快に笑った。


「俺たちを倒すってか? しかしまあ、皮肉なもんだな。俺も詳しいことは知らねぇが、元々ルーチェってのは、お前とフォンテッド卿が結成したギルドなんだろう? それをお前の手で壊すってことにも納得がいかねぇし、そもそもギルドの名を『ルーチェ』にしたことも気に入らない。どうせなら、『オスクリタ』の方がよっぽど響きが良い」

「へっ、自ら『闇』と称することを望むとはのう。少なくとも我と戦ったシニョーラは、そう思っていなかったとは思うがのう」

「ルクレツィアと一緒にすんな。アイツはフォンテッド卿に絶対的な忠誠心を抱いているが、俺はそうじゃない。拾われたことには多少恩を感じてやらないこともないが、俺の中での判断基準は、そのことに興味があるかないかの二択さ。面白ければそれで良い」


 バルトロは、ダンテの左目をまじまじと見た。


「お前のその目――真実を見定めたと言ったな? だったらその目には今、俺の何が見えている?」


 彼からの問いの後、ダンテの左目はゆっくり見開かれ、赤々と光った。


「傷が……」


 バルトロは表情を歪ませ、拳銃を持っていない左手で自身の額を押さえた。

 ダンテは「ふむ」と頷き、左目を閉じた。

 バルトロは左手を下ろし、ダンテの方へと視線を戻した。


「――仮面。いや、未来から来た道化師と言った方が正しいかのう」


「ん?」バルトロは首を傾げた。


「我に分かるのは、お前さんが違う土地の、違う時代から辿り着いたということぐらい。だが思うに、お前さんの望んでいたことは、今とあべこべ……支配される側ではなく、支配する側。そういうお前さんをジャックは利用し続けている。逆に、お前さん自身も利用されていることを分かっていながら抗おうとはしない――仮面を被り、心を閉ざしてまでのう」

「それで全てを見透かしているつもりか? 気に入らないねぇ」


 バルトロは懐から煙草を取り出そうとするが、周りにある火薬の山を見て躊躇した。


「やはり当たりかのう。とすると、さっき聞こえたジャックの声は、我の知らないジャックということになるかのう。ジャックのストーンは、何色に染まっているかのう」

「真っ黒さ。何色にも染まらない。むしろ、周りの色を自分の色に染めこもうとする……恐らく、俺の額にあるさざれのストーンも、とっくにな。お前のは、赤か?」

「知らんうちに入ったから不確かではあるが、多分に透明だろうのう」

「透明? その様子だと、左目は普段見えないのか。ってことは……」


 バルトロの考えがまとまる前にダンテはまた得意気に答えた。


「赤は元の色。我の右目は茶色だからのう――オッドアイさ」

「片方だけ色素が薄いってことか。まあ、ある話だな。さて、おしゃべりはこれぐらいにしておくか。これ以上はお前から得られそうな情報もなさそうなんでねぇ」


 バルトロは再びダンテの額に狙いを定めた。「今ここで俺に殺されるか、それとも……」

 バルトロは拳銃の引き金を引いた。

 銃声が教会の中でこだまする。

 弾丸は緩やかなカーブを描き、ダンテの足元に転がっていた。

 バルトロは床に落ちた弾丸を見やり、


「不発……やっぱりな。まあ、そうでないとこっちも困るんだけどよ。巻き添えはごめんさ」


 と、呟くなり辺りを見回した。山積みされた火薬に異常がないことを確認する。

 ダンテは苦悶の表情を浮かべた後、目を閉じ椅子から崩れ落ちるように倒れた。


「どうやら、回復した力をまた使い果たしたようだな」


 ダンテが寝息を立てているのを確認すると、バルトロは袖廊を後にする。


「――命拾いしたな」


 床に転がるダンテを残し、バルトロはひとり教会を出た。






「カストさんに接触して伯爵の計画を阻止すること、ダンテさんを救出することが先決でしょうか。そして、僕とリン・ユーの持つ剣で時空の歪みを修正する。カストさんの話だと、昼過ぎか夕方近くに日食が起こるはず」


 仕度を整えたアーサーたちは、この後の動きを確認していた。


「僕の記憶が正しければ日食の頃、カストさんは人形店を出て、ディアマーレの実家へ向かっていた。けど、着いた時には伯爵たちが街を破壊していた――」

「てことは、その前にカストと会って、忘却の丘へ行かないように仕向ける必要がありそうね」

「そもそも、ディアマーレの事件が起きなければカストさんやメラトーニさんを救うことは出来るし、他にも多くの命を救い出すことは出来る。本来は起きないはずの事件が起きてしまっただけだから、集落の掟に背いたことにもならない――ただそのことによって、どのような影響が出るかまでは僕にも分からない。特に、風の国がどうなってしまうのか、考えたら気がかりだ」


 アーサーがポケットに手を入れると、何かが指の先にぶつかる。取り出すと、紫色の石がついた指輪だった。


「アーサー、これって……カストの指輪?」


 アーサーは頷いた。

 カストが消える直前、アーサーへ託した指輪。紫色のストーンは、光沢が失われることなく、その輝きを保っていた。


「カストさんに会ったら、この指輪も消えてしまうのかな」


 アーサーは二人の方へ視線を向けた。


「シャルロット、リン・ユー、綺麗事って言われてしまうかもしれないけど、僕は皆を助けたいです。カストさん、ダンテさん、そして、少しでも多くの人の命を――」


 彼は指輪を握り締め、決意を新たにする。


「綺麗事なんかじゃないわ。それは私もよ、アーサー」


 ここで、アーサーとシャルロットの会話をしばらく黙って聞いていたリン・ユーも口を開いた。


「あの眼帯野郎には、俺も聞きたいことがある。アイツの言っていた選択ってのが、何を指しているのか。リオウの言っていたことに関係があるのか――いずれにしても、ここを出ないことには何も始まらん。そろそろ出るぞ」

「行きましょう、アーサー」


 三人は工房を出発し、フィラネッツェ横丁へと出る。

 アーサーは、とある店の前で足を止めた。


「ルーチェ人形専門店……」


 カストが中にいるはずだ。そう確信するものの、この時代のカストからすればアーサーたちは何も知らない他人だ。カストにどう接触するか、アーサーが思案していたところで、


「店を早くに閉めさせない口実を作ったらどう? 私に考えがあるの」


 シャルロットの申し出を受け入れたアーサーとリン・ユーは、おとなしく店の前で待つことにした。

 シャルロットはやや緊張した面持ちで店の扉を開けた。


「いらっしゃいませ。製作のご依頼ですか?」


 彼女を出迎えた店主は、見た目が十五歳ぐらいで肌は色白。茶色い髪をした美男子だった。シャルロットは、目の前の男が誰であるかを確信する。


 ――カスト……。

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