報せ

 翌朝、アーサーたちは起床すると、階段を降りてダンテの姿を探した。


「ダンテさん、おはようございます。あれ? ダンテさん?」

「アーサー、ちょっと来て!」


 アーサーは、シャルロットの声で慌てて玄関へと向かった。


「どうしたの? シャルロット」

「これを見て」


 シャルロットの手には一枚の小さな紙が握られていた。彼女は紙に書かれている内容を二人の前で読み上げる。


「『今こそ、立ち上がる時。己の信じるまま道を選び、剣の力存分に奮いたまえ』これは、何かのメッセージかしら。ダンテの姿が見えないのと何か関係でも……」

「どこに落ちていた?」


 リン・ユーの問いに、シャルロットは指で示しながら答える。


「玄関の扉の下よ。隙間に入っていたの」

「隙間だと?」


 不審に思ったリン・ユーは外に飛び出た。工房の外を一周し、通りの向こう側まで様子を見に行った。

 その間、アーサーはシャルロットから先程の紙を受け取り、そこに書かれた意味を考えていた。


「道を選ぶ……昨夜、ダンテさんはリン・ユーに選択の話をしていたよね。翡翠の谷でリオウが言っていたこととも関係があるのかな。剣は恐らく、僕とリン・ユーの物を指しているとは思うんだけど」

「でも、剣が力を発揮するには十分ではない何かがあった――意思の問題かも、って……」


 シャルロットがそう話したところで、リン・ユーが工房に戻った。


「おい、外の様子がおかしいぜ」


 再び外に向かおうとするリン・ユーの後を追い、アーサーとシャルロットも外へ出る。


「あそこだ」


 リン・ユーの指した先――通りの向こう側へと急ぐ。すると、地面が朝日に照らされ、輝いていた。


「氷……しかも、この辺だけ。自然に出来たものとは思えませんね」


 アーサーは辺りを見回した。


「この氷、もしや……お前らはそこで待っていろ」


 リン・ユーは、二人が氷の上を歩かないよう手で制止し、自ら氷の上に足を置いた。

 すると、氷はリン・ユーの足を覆い始めた。


「リン・ユー、足が!」

「どうってことない」


 心配するシャルロットをよそに、リン・ユーは手から炎を出し、足についた氷を溶かした。


「ダンテさんにもらったストーンがあって良かったですね」

「元はと言えば、アイツに壊されたんだがな」


 怒りのこもったリン・ユーのツッコミに、アーサーはたじろいだ。

 まもなく、リン・ユーは氷の上から足を避け、「やはりな」と、呟く。


「恐らくこの氷は、あの錬金術師と一緒にいた氷使いの女の仕業だ。おまけに、燃えたような跡までありやがる。ここで戦闘があったとみて、間違いないだろう」

「氷使いって、まさかルクレツィアがここに来たって言うの? リオウは二人の男って言っていたわよね」

「過去が変わった? それとも、今回だけ一緒だったとか……」


 アーサーが顎に手を添え、思案していたところに、


「ねぇ、あれ……何?」


 シャルロットは氷の上に何かが落ちているのを見つけた。


「何か黒い物が落ちているね」


 アーサーが頷くと、シャルロットはタロットカードを投げた。

 カードは黒い物体を吸着させ、彼女の手元に帰って来る。

 シャルロットは恐る恐るカードからその物体を外し、手に取った。


「これ、眼帯じゃない! ダンテがつけていたものかしら……」

「ダンテさんがルクレツィアと戦ったってこと? じゃあ、さっきのメモは……ダンテさんから僕たちへ向けたメッセージかもしれないね」

「ダンテは今どこにいるのかしら。これじゃ、ルクレツィアと戦ってどうなったかが分からないわ」


 三人は朝食のパンを買ってから工房に戻った。アーサーとリン・ユーはパンを黙々と食べ進めるが、シャルロットは布にくるんだ眼帯を見つめたまま無言になっていた。


「シャルロット、食べないと体がもたないよ」

「分かっているわ。でも、私たちが寝ている間に起こったことよね。何か出来ること、なかったのかなって……」

「シャルロット……」


 アーサーは、シャルロットに対してどんな言葉をかけたら良いのかと、ひとり途方にくれた。彼女が言うように、自分たちがうかうかと眠っている間に戦闘が起き、結果ダンテがいなくなった――仮にそうだとすれば、最悪の事態も想定しうる。ダンテは果たして無事なのだろうか。アーサーが思案していたところで、


「こういう時だからこそ、冷静になる必要があるんじゃねーか? そこの餓鬼も言っていたが、てめぇにはてめぇにしか出来ねぇことがあるはずだ」


 リン・ユーはシャルロットの顔をまっすぐに見つめた。


「私にしか出来ないこと……」

「てめぇの持っている紙切れは、ただの飾りじゃねぇんだろう?」

「当たり前じゃない、今に見てなさい!」


 シャルロットはムキになって答えると、パンを一口分ちぎり、口に含んだ。ゆっくり咀嚼し、「ふぅ」と大きな深呼吸をする。彼女はタロットカードをテーブルに乗せ、念じた。


「お願い、教えて」


 カードの山からひとりでに三枚のカードが飛び出してきた。左側から順にカードを読み上げていく。


「塔の正位置、吊るされた男の逆位置、力の逆位置。思いがけないアクシデントに遭遇して、不自由な状態から逃れたいと思っている。でも、自分の力で相手を制することが出来なかった――ダンテはルクレツィアとの対決に敗れて、連れて行かれたってこと?」

「だとしたら、ダンテさんを助けに行かないと」

「何か、彼を助けるために良いアドバイスはないかしら?」


 シャルロットがカードに尋ねると、今度は二枚同時に飛び出した。


「節制とカップのⅡ……両方とも正位置だわ。カップは水を司っているし、節制は……まさかとは思うけど」


 シャルロットは先程出た二枚のカードを飛ばした。

 カップのⅡはシャルロットの前にとどまったが、節制のカードは棚の方へ向かうと、ある瓶の前でぴたりと止まっていた。


「やっぱり……」

「これは?」


 アーサーもシャルロットと一緒に瓶のある棚の前にいた。リン・ユーは椅子にかけたまま、視線だけを二人の方に向ける。


「恐らく、若返りの水よ。きっとこれが必要なんだわ」


 シャルロットは棚から瓶を一本取り出した。


「ダンテさんの元に辿り着けば、間違いなく伯爵たちとまた戦うことになる――覚悟は良いですか? 二人とも」


 真剣な眼差しを向けるアーサーの言葉に、シャルロットは力強く頷いた。


「決まっているじゃない。ダンテを助けて、長老様に与えられた使命だって必ず成し遂げてみせる。じゃないと、ここまで来た意味がないわ」


 リン・ユーは「ふん」と鼻を鳴らし、腕を組んだ。


「餓鬼が偉そうに……」

「リン・ユー」


 シャルロットの声で、リン・ユーは目線だけ彼女の方へ向けた。


「さっきはありがとう」

「ふん、何のことだろうな。食ったら、さっさと行くぞ」


 シャルロットは頷き、残りのパンを食べ始めた。






 アーサーたちが朝食を済ませ、工房を出ようとしていた頃、伯爵をはじめルーチェのメンバーたちはセント・ナザリア教会の前に来ていた。


「ところでフォンテッド卿、コイツはどうすんだ?」


 バルトロは肩に乗せたダンテを顎でくいと示した。


「目覚め次第、情報を聞き出す。お主と同じ寄生型になっていたというのは、とんだ計算違いじゃった。これは当分起きん……ルクレツィア、こやつを見つけたことはそなたの手柄に値するが、他にやり方はなかったのか?」


 ルクレツィアは肩を竦めた。


「……つい熱くなってしまいました。まさかこんなことになるとは……申し訳ございません、伯爵様」

「俺と同じか。ルクレツィアに寝首かかれないように、俺も気を付けねぇとな」


 ルクレツィアは眉間にシワを寄せ、顔をそらした。

 バルトロは構わず話し続ける。


「で? コイツの目に入っているストーンは取らないのか?」

「所持者が生きている間は無理だ。仮に取り出したところで、ストーンは所持者以外の言うことを聞かん」

「奪ったところで、自分のあるじとして認めないってことか。はっ、まるで生き物だな」

「ルクレツィアにはこれから現代へ戻ってもらおう。一旦城へ戻り、留守を頼みたい」

「……承知致しました、伯爵様」

「では、参ろう。バルトロ、わしがいない間に勝手な真似はせんようにな」

「はいはい、分かっているよ。じゃあな、ルクレツィア」


 ルクレツィアが肩に手を置いたのを確認すると、伯爵は懐中時計に手をかざす。二人の姿はあっという間に消えてしまった。

 残されたバルトロは、ダンテを担いだまま教会の中に入ろうとするが、入り口の扉に書かれていた「神父不在」の貼り紙を見るなり、「やれやれ」と、気怠そうに頭をかいた。


「ったく、余計なことに力を使わせんなよな」


 彼は懐から拳銃を取り出し、扉の錠に銃口を向けた。銃声とともに錠は外れ、落下する。バルトロは何事もなかったように中へと入った。


「よりによって教会を選ぶとはな、フォンテッド卿も趣味が悪いねぇ」


 バルトロは奥に見える礼拝堂に向かって舌打ちをすると、右手にある袖廊しゅろうの方へと向かう。壁際には山のような木箱が積まれていた。不審に思った彼は木箱に書かれた文字を確認した。


「火薬か、山のように積んであるな。まあ、礼拝堂あっちにいるよりはマシか。……にしても、起きねぇな」


 半ば呆れ顔で言うものの、伯爵の「お主と同じ寄生型になっていたというのは、とんだ計算違いじゃった。これは当分起きん」という言葉を思い返す。自分も同じように眠り続けたことがあったのだろうか。自身の過去を振り返るが、意外にも思い当たる節がない。自覚がないだけかもしれないが。

 バルトロはダンテを椅子に座らせ、銃口を向けた。


「このままおとなしく寝てな」


 銃声とともに鎖が飛び出し、ダンテの体を取り囲む。鎖が彼の体を椅子に縛り付けようとした瞬間、「パキン」という高い音が響き渡り、バルトロの鼓膜を揺らした。鎖が何かに弾かれたように床に転がり、跡形もなく消えた。


「……お目覚めかい?」


 不審に思ったバルトロは声色を低くして、ダンテに尋ねた。

 ダンテは薄目を開け、バルトロを見上げた。


「……ここは、どこかのう?」

「教会さ。その様子だと、少しは回復したようだな。だったら話は早い。お前の知っている情報を全て吐いてもらおうか」


 バルトロはダンテの額に銃口を向けた。

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