月夜に舞い降りるは……

「リン・ユー」


 アーサーの合図で、リン・ユーも剣の切っ先を天に向けたが、しばらくしても何も起こらなかった。

 アーサーとシャルロットは困惑の色を隠すことが出来ない。


「どういうこと? 長老様の言っていたことが間違っていたってこと?」

「そんなはずは……何か足りないものでもあるのかな」


 アーサーは自身の持つ剣と、リン・ユーの物を交互に見つめる。


「剣が二振ふたふり揃うさまをこの目で見られるとはのう」ダンテはそう言いながら、眼帯を外した。


「汝の求むる物を我に示せ」


 初めて会った時と同じように、彼の左目は赤く光り輝いた。しばらくしてから、彼は頷いたように「ふむ」と首を縦に振った。


「まだその時ではないと言っているのう」


 ダンテの言葉に一同は目を見開く。


「その時ではないって、どういうこと? 剣に意思があるというの?」

「意思……僕が初めてこの剣を手にした時、剣は僕の意思に反応しているようだった。バルトロと戦ったあの時も」

「じゃあ、剣ではなく、二人の気持ちの問題ってこと?」


 シャルロットとアーサーのやり取りを眺めていたダンテは顎に手を添え、思案していた。


あながち間違いではないかもしれんのう。さっきも言ったが、我の目はその物の真の姿を見通すことが出来る。形あるもの、ことわり……そのいずれにおいても。だが、ここで議論したところで解決される問題でもないだろう。今日のところは、我が工房でゆっくりくつろぎたまえ」


 アーサーはここでかねてからの疑問をぶつけた。


「あの、ダンテさん……ひとつ聞いても良いですか? 見ず知らずの僕たちに対して、どうしてここまで? リン・ユーにくれたストーンは、ダンテさんにとっては特別な物だろうし、剣だって、奪おうと思えばいくらでも奪う機会はあったはずです」


「ちょっと、アーサー!」と、シャルロットが言い終わる前に、


「ぷは」


 ダンテは吹き出し、声を立てて笑い始めた。


「あれ? 僕、何かおかしいことでも言いました?」


「いいや、すまんのう……単刀直入過ぎて、笑いが止まらなかったのう」ダンテは口角を上げ、三人の顔を見た。「一人でいるより、大勢でいた方が心強い。さあ、早く戻らねば! 明日に響くからのう」


 三人はダンテに連れられ、工房に戻った。






 ダンテはアーサーたちに二階の部屋を提供した。


「今宵はゆっくり休みなされ」


 ダンテはそう告げると、階下へ降りていった。

 足音が消えていくのを確認したアーサーは、ひそひそと話し始めた。


「前に風の国の図書館で見た本は、ダンテさんの著書だったんだね。あの時は名前の部分がはぎ取られていて読めなかったけど、今回のことで分かったよ」

「アーサー、よく覚えていたわね。でも、わざわざはぎ取るなんて……追われていたってこと? 確かあの本、ディアマーレの事件の後のことも書かれていたわよね? ダンテは事件の後も生きていて、現代までの出来事を書き続けていたってこと?」

「さっきの呼応型の話も気になるな。マリア様とウインディ、カストさんとメラトーニさん、売り払ったとなると……」


 アーサーとシャルロットの会話が盛り上がったところで、リン・ユーが割って入る。


「今日のところはこれぐらいにしておけ。明日にさわる。あのダンテって奴にも聞かれかねん。俺はアイツを信用しきったわけではない」

「確かに。そもそも、未来の話はご法度だしな……今夜のところは寝ましょうか。おやすみなさい、シャルロット、リン・ユー」


 リン・ユーの予想通り、ダンテは階下で三人の会話を密かに聞いていた。彼らが寝静まったのを確認し、ダンテは一人で外に出た。


「綺麗だったのう……本当に」


 今もなお空で光り輝く月を眺め、ぽつりと呟く。

 時刻は午前二時。誰もいないはずの通りに、月光で照らし出された人影があった。

 青いドレスを身にまとい、ブロンド色の髪を頭上で丸めた女。彼女は扇子の向こう側で妖艶な笑みを浮かべていた。

 ダンテは通りの向こうにいる女の方へと近づいた。


「こんな夜道でも分かるのう……なかなかお目にかかれない別嬪べっぴんさんときたもんだ。お嬢さんシリョリーナ、お名前は?」

「あら、この私が素直に名乗ると思って? しかも、私をお嬢さん呼びとは……馬鹿にしているの?」

「では、ご婦人シニョーラと言うべきだったかのう? 我の歳からするに、どうしてもお嬢さんに見えてしまう」


 鼻の下を伸ばしながら話すダンテの態度に嫌気が指したのか、女は長い溜め息をついた。


「おしゃべりをしている暇はないわ。ダンテという人をご存知?」


「お、我のことかのう? 我が名がこんな美人に知られているとは光栄だのう」ダンテは両腕をさすり、体を縮こませる。「何だか今夜は冷えるのう……風邪か?」


「やはり……まさか、天下の錬金術師が女好きとはね。さっきの月の光、何か関係があって? 他に何人か人影が見えたようだけど」


 ダンテはごくりと唾をのんだ。慌てて首を横に振る。


「……いや、我一人だ。他は知らん。皆、自分の家に帰ったのだろう」


 両腕を頭の後ろで組み、知らぬ存ぜぬで通そうとする彼を、女は見透かしたようにあざ笑った。


「まあ、良いわ。お前を伯爵様の前にひざまずかせれば良いだけ。先手はとっくに打っている」


 周囲は霧に包まれ、冷気が漂う。ダンテの足元が次第に凍りつき始めた。


「これはまさか……ストーンの力かのう?」


 足を動かそうにも動きのとれないダンテは、女の顔を無表情で見つめていた。


「伯爵様を裏切ったこと、精々後悔すればいいわ。今夜は私とダンスでもいかが? 死という名のね……ダンテ・カルロッサ」

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