第五章 光と闇
二振りの剣
「我はこの目と手元に残ったわずかな欠片を手に、打倒ルーチェを誓った。左目のストーンはその物の真の姿を見極めること、相手の能力を無効化することを可能にする」
「無効化だと? そうか、だからあの時……」
リン・ユーは、ダンテに斬りかかろうとして転んだ時のことを思い出した。自らの腕力をストーンの力で無効化されたことに合点がいった反面、悔しさが彼の中でこみ上げていた。
「無論、錬金術も……これは、ジャックも手にしている力だがのう。お前さんがさっき見たのは、これのことかのう?」
ダンテは首にかけていた五芒星のペンダントを外して見せた。
――ダンテ・カルロッサ。カストさんの話に出てきた、あの……。
ダンテの話を聞いたアーサーは、彼が何者であるかをようやく理解した。
カストが工房を独り立ちする際、メラトーニ・ダッチェから師弟の証として託された指輪。その指輪を作った者が、今まさに自分の目の前にいるとは――驚きを隠せないアーサーだった。
「そうだ。まさかあの錬金術師の知り合いだったとはな。てめぇの言うことが本当なら、俺のピアスは元々てめぇの作った物だった、ということか?」
リン・ユーの問いに、ダンテは頷いた。
「無論、嘘偽りはない。と言っても、警戒心の強いお前さんのことだ、いきなり信じろといっても無理はあると思うがのう」
「けれど、リン・ユーはこの時代とも、私たちの時代とも違うところから来たわけだし……」と、シャルロットが言いかけたところで、「シャルロット!」と、アーサーが割り込んだ。
シャルロットは慌てて口をつぐんだが、ダンテは興味津々の様子でリン・ユーの顔を真正面から眺めていた。
「へぇ、お前さんだけ別の時代から? ならばどのようなからくりでお前さんの手に渡ったか、聞いてみたいものだのう」
「チッ、余計なことを言いやがって」
リン・ユーはシャルロットに向かって舌打ちをすると、すぐにダンテの方を睨みつける。
「誰がてめぇなんざに言うかよ」
さらに彼は不機嫌そうに鼻を鳴らし、両腕を組んだ。
「まあ、お前さんらしいということで構わんさ。まだ原稿の段階だが……」
ダンテは紙の束をテーブルに広げた。
一枚目の冒頭に「世界の歴史と奇妙な物語」というタイトルらしきものと、石のような挿絵が描かれている。
アーサーは目を見開いた。「あの時に見た……」と、危うく口に出しそうなところで言葉をこらえ、飲み込んだ。
ダンテは構わず話を続ける。
「実はストーンについて、作った我でさえも分からないことが多い。欠片によって放つ光の色や能力が異なっていること、能力の数は原則一つだが、我のように二つ持つものも存在すること……現時点で分かっているのはこれぐらいかのう。あとは、体内に直接欠片が取り入れられた場合や、複数の欠片が呼応する場合により強大な力を発揮するものと考えている。これに関しては我の仮説だがのう。あえて名をつけるとするならば、寄生型と呼応型。この場合、我は寄生型。呼応型は先日売り払ったばかりで、生憎手元にサンプルはない。いずれは研究結果をまとめ、本にしたいと考えている」
「売った……ですって!? どうしてそんな大事な物を売るのよ」
シャルロットは金切り声を上げた。
「同志となりそうな者に売った……それだけのことさ。もちろん、我の目で見極めた上での話だがのう。誰かれ構わず売るような真似はせんよ」
ダンテは、ピアスの入った小箱をリン・ユーの前に差し出した。
「お詫びと言ってはなんだが、これをお前さんに渡そう」
リン・ユーは無言で中のピアスを取り出す。彼の
「フォンテッド卿と同世代ということはあなた、見かけは二十代半ばぐらいにしか見えないけど、実際にはもっと歳が上ってこと? 若返りの水を使っているんでしょ?」
「お嬢さんの言うとおりさ。やはり貴族様は頭のつくりが違うのう」
ダンテは頭に巻いていたターバンと左目の眼帯をゆっくりと外し始めた。ぐるぐる巻きのターバンの下から現れたのは、
「……傷!」
左目から額にかけて広がる傷跡。
シャルロットの顔色は徐々に青ざめていき、とうとう目を伏せてしまった。
「……驚かせてしまったかのう。まあ、反応など皆そんなものだろう。我はもう慣れっこさ。この傷だけは、若返りの水をもってしても直すことは出来なかった」
笑いながら話すダンテだったが、アーサーの目には彼の表情がどこか寂し気に映っていた。傷が人目に触れないよう、ターバンで隠し続けていたのだろう。伯爵、ストーンに傷……ダンテから様々な憂いを感じ取ったアーサーは、ただ黙って彼を見つめることしか出来なかった。
アーサーの視線を感じ取ったダンテは眼帯とターバンを巻きながら再び笑う。
「そんな顔をするでない。我に同情しているのだな……お前さんはきっと優しいのだろう。その優しさが裏目に出ないことを切に願うが……」と言ったところで、ダンテは窓の外を見た。
「お、ようやく月が出たのう。今がチャンスだ」
「チャンス?」シャルロットは首を傾げた。
ここでアーサーは、噴水の前でダンテが言っていたことに思い至る。
「さっきの隠れよったというのは、まさか……月?」
「『時の後継者がこの地を訪れた時、紺碧色に光り輝く食が起こり、玉座に聖剣現れる。また、時空を越えし者がこの地を訪れた時、
「リオウが言っていた人って、この人のことかもね。あの言い伝えに続きがあるなんて、思いもよらなかったけど」
シャルロットがアーサーに耳打ちをした。
「『時空を越えし者』って……リン・ユー?」
そう呟いた後、アーサーは「瑠璃の玉は僕が。白の玉はリン・ユーが持っています」と、返事をした。
「では、天気の変わらんうちに早速行くとしようかのう。女心と天気はころころ変わりやすいからのう」
「悪い人ではなさそうだけど、本当にどうしようもない女好きね……まさかリオウ、あの人が女好きだから私が必要だって言ったのかしら。だったら、失礼だわ」
頬を膨らませるシャルロットだったが、アーサーはただちに首を横に振り、否定する。
「それはないと思うよ。シャルロットにはシャルロットにしか出来ないことがあるから。少なくとも、僕は君を頼りにしている」
「さあ、早く。また隠れたら厄介だからのう」
ダンテの先導でアーサーとシャルロットが工房を出ようとした時、
「待て」
リン・ユーの声で一同は振り返った。
リン・ユーは先程譲り受けたピアスを手に、ダンテに尋ねる。
「てめぇに聞きたいことがある。コイツをなぜ俺に? いくら俺のピアスを壊したからと言って、それだけで渡したとは思えん。てめぇにとって、欠片は特別な物なんだろう?」
「ジャックに対抗するために必要と踏んだからさ。どうやら、お前さんらと共通の敵らしいからのう。それに、これはお前さんにとってひとつの選択でもある」
「選択?」
「またか」と、リン・ユーは心の中で呟いた。リオウの言っていたことと何か関係があるのだろうか、と思案しているところで、ダンテは話を切った。
「後で分かるだろう。まずは台座へ。月が隠れたら元も子もないからのう」
ダンテに連れられ、一同は教会の前にある噴水へと向かった。夜中ということもあり、他に人影は見当たらない。
ダンテは噴水の側面にあるくぼみを指さした。
「お前さんの名はリン・ユーと言ったかのう? 玉を持っているお前さんが触れなければ意味がない。ここに手を」
リン・ユーがくぼみに手を触れると、噴水は地面に沈み込み、円形の台座が現れた。
「そうか……僕がやっても意味がなかったんですね」
アーサーが、ばつが悪そうな表情を浮かべるも、ダンテとリン・ユーの表情は変わらない。
シャルロットはタロットカードを手に、周囲を警戒していた。
「では、台座に玉を」
ダンテの指示で、リン・ユーは台座に玉を置いた。
すると、玉から銀色の光が放たれ、台座を囲む大理石に開いた穴から四方八方に光が広がる。光の束は月を囲むようにゆっくりと包み、月は一際強い輝きを地上に向かって放った。
「綺麗な光……こんなに明るい月なんて見たことがないわ」
シャルロットは、隣にいたダンテの方へ目をやった。
ひと際明るい月光に照らされ、それまでは
「き、綺麗……」
シャルロットは声を殺し、横顔を眺めていた。
「この光が、奴らに見られていないとも限らんがな」
リン・ユーの言葉を聞いたダンテは眉根を寄せた。
「ジャックがこの近くにいると? まあ、あの男ならどこで何をしていようとも、我はもう驚かんがのう」
先程の台座に一同が目をやると、玉の代わりに剣が突き刺さっていた。銀色の柄に、鍔には白色の玉、そして玉を囲むように散りばめられた七色の宝石……柄や玉の色は違えど、アーサーの持つ剣とよく似ている。
リン・ユーは静かに剣を抜いた。
「『時空間に乱れが起きた時、二つの玉を備える者、乱れを正すことが出来る』ババ様の言っていた言い伝えが本当なら、僕の剣と合わせれば時空を修復出来るはず」
アーサーは腰にさしていた剣を抜き、切っ先を天へと向けた。
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