幕間

追憶の彼方

 ――いつからたがってしまったのだろう。

 我らの思いは……。

 同志として、ともに歩んできたその道は……。

 もう二度と、交わることなどないのだろうか。






 ジャック――ジャックウェル・フォンテッドとは、幼少期からの知り合いだった。ジャックの親が、宝石商を営んでいた我の親の元を訪れていたのがきっかけで、ジャックと顔見知りになった。

 だが、ジャックの親は貴族だった。貴族と商人――身分の違いから、我は声をかけるのを躊躇していた。

 ところが、ジャックの父親は若くしてこの世を去った。流行り病のせいで……。

 この頃からジャックは、母親が宝石を選ぶ間、ある本を手に待つようになった。分厚い本で、表紙には赤い石の絵が描かれている。我は恐る恐る声をかけた。


「……何を読んでいるんだ?」


 初めは怪訝な表情を浮かべていたが、「錬金術」と短く小声で答えた。


「れん……きんじゅつ?」


 我は首を傾げた。


「父上を生き返らせてあげたいんだ。それに、父上と同じように病気で苦しんでいる人が大勢いる。彼らの病気を治してあげられるかもしれない」


 我はこの時放ったジャックの言葉に胸を打たれた。太陽のように眩しく、きらきらとした目で――身分の違いなど、我の中で小さい話に思えた。


「なあ、貴族様。俺にも何か出来ることはないかのう? 俺は商人の息子だし、アンタが貴族以外とつるむつもりがないって言えば、それまでだけど……」

「こら、貴族様に向かってなれなれしいぞ!」


 親父に一喝されたが、ジャックの母親はくすくすと笑っていた。


「構いませんわ。ジャックウェルって言うのよ。息子とお友達になってくれるかしら?」

「……う、うん」

「うん、じゃないだろう……ダンテ!」

「は、はい!」


 再び親父に一喝され、背筋をぴんと正して返事する我を、ジャックの母親は笑って見ていた。

 それからというもの、我は錬金術の本を何冊も読んで勉強した。貴族で英才教育を受けているジャックに馬鹿にされないように。

 ほどなくして、ジャックの親の伝手で錬金術師を紹介された。

 同じ師の元、ともに錬金術の修行に明け暮れていた日々――。

 師匠に一人前の錬金術師として認められた我らは、晴れて錬金術師の証である五芒星のペンダントを授かり、首にかけることを許された。


「ようやく認められたんだな……俺たちは」


 感極まった我はペンダントを握りしめ、涙を流した。


「まったく、半年も待たされた身としては、今更の話に思えたが」

「す、すまんのう……ジャック。だが、これでしっかり約束は守れたからのう。二人で一緒に錬金術師になるという夢を……」

「錬金術師になること自体はいわば通過点でしかない。問題はこれからだ」

「ははは、相変わらずつれないのう。で、これからどうする? 俺はこれから先も賢者の石の研究を続けていくつもりだが」

「賢者の石など、絵空事のように感じてきた。本当に実在するなら、師匠はなぜ作れない? あの本は、偽りだったのか?」

「弱気になったのう。実在しなければ誰も賢者の石などと名をつけはしないさ。俺は信じておる。必ずや世のため、人のために役立つと……」


 賢者の石――人を不老不死にするという霊薬。

 当時の我は、病気や怪我で苦しむ人々、その中でもとりわけ貧しい、医者の治療を受けられない人々に使うことが出来ればと考えていた。

 だが、その考えはあまりにも浅はかで、何より無知だった。

 我は研究に約十年を費やし、第一段階として若返りの水を発明した。若返りの水――その効果は一時的なもので不老不死とまではいかないが、年老いた者を若返らせ、病気や怪我を回復させる効果がある。出来上がってすぐ、我は喜び勇んでジャックに連絡をとった。


「……これで病気や傷を癒すことが出来るのか?」ジャックは半信半疑の様子であったが、我に腕の傷を見せ、「この間擦りむいて出来た傷だ。まずは試そう」と言って、若返りの水を入れたグラスに口をつけた。

 すると、傷はみるみるうちに小さくなっていく。

 ジャックは驚嘆の声を上げた。


「……本当だ!」

「あくまで第一段階だがのう。賢者の石を作るには更に多くの年月と手間、材料を必要とするだろう」

「だったら、二人でギルドを形成しないか? ダンテが作った若返りの水を私が売り込みに行く。そこで得た資金を元手に、研究費用に充てればいい」

「だが、貧しい人々のために作った物を金儲けの道具になど……俺のポリシーに反するのう」

「それなら貴族に売ればいい。私なら宮廷に出入りすることは可能だ」

「貴族か……」


 我は悩んだが、ジャックの考えに賛同し、ギルドを形成した。

 ルーチェ――人々の光となることを祈願し、ギルドの名とした。

 我は若返りの水の生成に追われた。ジャックの売り込みが上手いのか、若返りの水に興味を示す者が多いのか、その理由は定かではないが、売れ行きは予想以上のものだった。おかげで資金稼ぎはそれほど苦ではなかった。

 我は賢者の石の研究を続け、ついに虹色に輝く球形の石を作り上げた――それがはたして、本に書かれていた賢者の石と同一の物であるかは謎であったが。ジャックが出入りしていた風の国の宮廷で、王が『第三の玉』と称したことをジャックから聞いた。

 だが、この『第三の玉』を完成させる直前、我は顔に大火傷おおやけどを負った。

 ストーンから熱を帯びた真っ赤な液体が飛び出したのだ。本にそのような記述はなく、我にとっては不意打ち以外の何物でもなかった。我はたまらずに悲鳴を上げ、顔を押さえた。水を求め、台所へ行く途中に階段から転げ落ち、気を失った。






 われが目を開けると、真っ白なシーツの上に横たわっていた。薬品特有のにおいが鼻の中を刺激する。精一杯起き上がろうとするが、体が思うように動かない。そうこうしているうちに、見覚えのある顔がこちらへ視線を向けていた。


「気が付いたか? ダンテ」

「……ジャック? ここは?」

「病院だ。階段の下で倒れていただろう」

「……お前さんが、運んでくれたのか?」


 ジャックは頷いた。我の元を訪れたジャックは倒れていた我を発見し、慌てて病院まで担ぎ込んだという。

 我はここで視界に違和感を覚えた。明らかに視野が狭い。とりわけ左側が――。

 そこで、恐る恐る左目に触れてみた。包帯が巻き付いていて、直接触れることはかなわないが、我の行動を察したのか、ジャックは重々しく口を開いた。


「お前の目――怪我の具合からするに、医者も言っていたがやはり……」

「……まさか」


 我はその場で固まった。

 時すでに遅し。我はこの事故で左目を失ったのだ。

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