同志

 耳元で音を立てて割れるピアス――リン・ユーが触れようとした時には、すでに跡形もなく消えていた。


「俺の、ストーンが……」


 彼は足元に落ちたと思われる欠片を拾おうと、慌ててその場に屈もうとするが、男は腰に手を当て、首を大きく横に振った。


「無駄じゃ、無駄。落ちてはせんよ」

「……てめぇ、何をした?」


 リン・ユーは声を低くし、眼光鋭い目で男を睨みつけた。

 だが、彼の向ける怒りの感情をよそに、男は薄く笑みを浮かべる。


「何もしとらんさ。それがその物の真実の姿ということだ。うむ、どうやら遭遇してしまったみたいじゃのう。つまり、お前らはの人間ではないということか。まずはひと安心じゃ」

「あちら側? それに、安心って?」


 シャルロットの声で男は肩を大きく動かした。


「今、女性の声が……」


 男はリン・ユーの後方に視線を送った。シャルロットをその視界にとらえると、彼女の方へいそいそと歩き出す。

 それを見たリン・ユーは大刀を引き抜き、男に斬りかかろうとした。


「てめぇ、俺が相手になってやる!」


 だが、男に当たる寸前のところで大きく体がのけぞり、転んだ。


「うっ……」

「リン・ユー! 大丈夫ですか? こんなところで転ぶなんて、あなたらしくない」

「違う……何かが、俺の大刀を弾きやがった」


 アーサーがリン・ユーを起こそうとした時にはすでに、男はシャルロットの前にいた。戸惑いの表情を浮かべる彼女を相手に、男は手を胸に当て、会釈する。


お嬢さんシニョリーナ、お名前は?」

「……な、何なのよ、いきなり。人に名乗らせる前に、自分から名乗りなさいよ。こう見えて私、貴族の娘なんだから!」

「おっと、これは失礼、お姫様。我が名はダンテ。ここディアマーレで宝石職人をやっておる」


「ダンテ、宝石職人……」アーサーはどこかで聞いたような、と顎に手を添え考えるが、肝心のどこかを思い出すことが出来ない。


「こんな夜に、あなたのような可愛らしいお嬢さんにお目にかかれるとは。さっきの様子からするに、お嬢さんらはあの噴水が何物か、分かってここに来たのでは?」


 ダンテの問いに対し、いまだ警戒心を解ききれないシャルロットは、「何のことかしら?」と答えるが、ダンテは余裕そうな笑みを浮かべた。


「お嬢さんには悪いが、しらばっくれても無駄さ。この目にははっきりと見えとる。今はどうあがいても動きはせんよ。時が満ちるまで、我が工房に来てはいかがかね?」

「急に馴れ馴れしくしやがって、叩き斬ってやる!」


 邪魔だと言わんばかりに、肩の上に置くアーサーの手を振り払ったリン・ユーは、再び大刀を構え、勢いよく飛び上がった。


「またお前さんは……あまり手荒な真似をしたくはないのだがのう」


 ダンテはリン・ユーが振りかざした大刀を両手で難なく挟んだ。


「えっ、素手で⁉」

「あんな細い腕にどんな力があるっていうの? まさか、ストーンの力?」


 アーサーとシャルロットは、鳩が豆鉄砲を食ったようにその場で見つめることしか出来なかった。


「コイツ、俺の大刀を……」


 リン・ユーは大刀を引き抜こうとするが、びくともしない。


「どうする? このまま続ければ、この刀は間違いなく折れる。下手すればお前さんが大怪我することになるのう」


 勝ち誇ったようなダンテの物言いに悔しさを滲ませるリン・ユーだったが、


「リン・ユー、今は様子を見ましょう」

「よしなさいよ! いくらアンタでも無茶だわ」


 と、アーサーとシャルロットが立て続けに止めに入った。

 リン・ユーは「チッ」と舌打ちをしながらも二人の忠告を聞き入れ、大刀から手を離した。

 ダンテはリン・ユーの大刀を静かに地面に置いた。


「このままついてくると良い」


 ダンテの後をアーサーがついて行こうとすると、シャルロットが不安そうに尋ねる。


「あなた本当についていく気?」

「僕も完全に信用しきっているわけではないけど、僕たちの知らない何かを知っているような気がして。台座が動かなかったことと、何か関係があるような気がするんだ」


 返事に窮するシャルロットに対し、リン・ユーも「気に入らねぇが、コイツの言うことには一理あるだろう」と、アーサーの考えに同意する。


「二人が、そう言うなら……」


 シャルロットもリン・ユーとともに、アーサーの後を追った。






「ここが我が工房じゃ。ゆっくりくつろぐが良い」


 工房内に人影はなく、広い角型のテーブルと八脚の椅子、暖炉の他、棚がいくつか並んでいた。

 ダンテは工房に到着するなり、暖炉にまきをくべ始めた。

 その様子を背後から黙って見つめる三人。シャルロットは手にタロットカードを持ち、ダンテの様子をうかがっていた。


「いきなりくつろげと言っても、確かに無理があるのう。お嬢さんの警戒心も拭えんようじゃしな」

「……バレた」


 シャルロットは心の中でそう呟いた。持っていたタロットカードを慌てて隠す。


「灯せ」


 ダンテが暖炉に向かって囁くと、暖炉に火がついた。


「暖炉に火が……」


 アーサーが驚きの声を上げたところで、ダンテは三人の方を振り返った。


「驚くことはなかろう。そこの剣士も同じことをしていたはずじゃ」

「なぜ、それを……おい、さっきのことといい、てめぇは何者なんだ!」


 語気を強めながらリン・ユーが尋ねると、ダンテは大きく息を吐いた。


「まずはこちらへお座り」


 ダンテに言われるまま、三人は椅子に腰を下ろした。

 ダンテは懐から小箱を取り出した。彼が蓋を開けると、中には赤い石のついたピアスが入っている。


「そのピアス……」

「そう、まさしく瓜二つ。いや、お前さんの持っていた物さ。見当違いでなければ、お前さんたちはということになるのう」


「未来人」という言葉の響きに、アーサーの肩が大きく震える。

 時の民の集落に古くから伝わる掟――時空の大罪に、以下の文言がある。


 ――過去の人間に未来のことを告げてはならない。


 自分たちが未来から来た人間であることが悟られれば、間違いなく自分たちの時間軸の話に及ぶだろう。そう考えたアーサーは返答に窮していたのだが、


あたらずといえども遠からず。だが、そいつを知ったところでてめぇに何のメリットがある? それとも、てめぇもあの錬金術師の仲間か? 暖炉の火を起こした時、かすかだが首元が光っていたぜ」


 淡々と話すリン・ユーをアーサーは隣で黙って見つめていた。


「お前の言う錬金術師とは、そもそも誰のことを指しているのかのう?」

「……フォンテッド卿のことよ。ジャックウェル・フォンテッド」


 シャルロットが答えると、ダンテは鼻で笑いだした。


「おい、何がおかしい?」


 不機嫌そうに睨むリン・ユーをダンテは「すまんのう」と言いながら、決して悪びれる様子はなく、「その男はかつて、我が同志だった。だが、今は……」


 ダンテは窓の外を見つめた。


「すっかり遠くへ行ってしまったのう」

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