幕間

闇にうごめく陰謀

 水の国と風の国の境にあるローレンの城で、三人の人物が夕食を共にしていた。白髪で鷲鼻が特徴的な老年の男と、浅黒の肌で蛇のような目をした三十代ぐらいの男、そして、ブロンド色の髪を頭上で丸め、青いドレスを身に纏った女。

 各々がテーブルに出された料理を静かに口に運んでいく中、老年の男が大きな溜息をついた。


「あやつを信用していたことが失敗の元だった。もっと利口な男だと思っていたが……」


「ぷは、わざわざ俺たちを呼び出して、何を言い出すかと思えば……」と、蛇のような目をした男が吹き出し、豪快に笑う。「俺はそもそもそいつと会ったことねーし、よく知らねーけど……科学者ってのは、確かにひっかかるな。そんな野郎をまんまと逃がしちまうなんて、フォンテッド卿も案外ドジだね」


「バルトロ、言葉を慎みなさい!」


 フォンテッド卿と呼ばれた老年の男――伯爵が刺すような目で睨みつけるのと同時に、女がぴしゃりと言い放った。

 伯爵はふんと鼻を鳴らし、ナイフで静かに肉を切る。


「ルクレツィア、もう良い。こやつは昔からこういう奴じゃ。わしが拾った時から何も変わっておらんようで、呆れたものよ」


 そう言い放つと、肉を口に運び、ゆっくりと咀嚼し始めた。


 だが、含みを持たせた彼のもの言いに少しもめげず、「まあ、俺は半分アンタに育てられたようなもんだからな。餓鬼の扱いにろくに慣れていないアンタによ……」バルトロはまた豪快に笑ってみせた。「で? それはそうと……」と、前置きをしたうえで、徐々に声色を低くしていく。「そいつを見つけるには、どこへ向かえばいい? 俺たちを呼び出したからには、場所の見当ぐらいついてんだろ?」シャンデリアの明かりの元、鋭く光らせた彼の目が、持っていたワイングラスに映りこんでいた。


 伯爵は重々しい口調でこう述べる。


「ディアマーレに、古くから伝わる言い伝えがある」

「言い伝え?」


 驚いたバルトロとルクレツィアの声が重なる。二人は互いの顔を見合わせた。


「『時の後継者がこの地を訪れた時、紺碧色に光り輝く食が起こり、玉座に聖剣現れる』この言い伝えの意味を、水の国に精通しているあやつが知らないはずはあるまい。百一年前、ディアマーレで日食が観測されていた。その上、あの周辺は革命家たちが多く住みついていたという話だ。奴は持ち去ったストーンを糧に、反旗を翻したに違いない――宝石職人の名を借りた悪魔め。奴に情報を吐き出させ、革命家たちと共に抹殺する」

「ディアマーレねぇ……まあ、よく分かんねぇけど、ここにいるよりよほど面白そうだ」


 バルトロがワイングラスを傾け、口をつけた時、隣で椅子を引く音が響く。彼が隣に目を向けると、ルクレツィアが立ち上がり、胸に手を当てていた。


「伯爵様、ぜひその役目をこの私に」

「行儀悪いぞ、ルクレツィア。俺と違ってアンタは生粋の貴族だろう? それが食事中に何だ? それとも、前回ラニーネ急行での任務を俺に取られていているのか?」


 バルトロの嘲笑に、ルクレツィアが黙っていられるはずもなく、テーブルを「バン!」と強く叩く。「お黙り、バルトロ!」と、室内に響き渡るような怒号を彼に浴びせた挙句、眉間には三本のシワが深く刻み込まれていた。


「おお、怖い、怖い……」


 だが、当のバルトロは少しも悪びれた様子はなく、へらへらと笑みを浮かべるばかりで、ルクレツィアの機嫌はますます悪くなっていく。彼女は無言でワイングラスになみなみと白ワインをぎ、豪快に飲み干して見せた。


「出たよ、ルクレツィアの一気飲み!」


 ルクレツィアを揶揄からかい続けるバルトロをさすがの伯爵も見過ごしはしなかった。


「これ、よさんか! そんなことのためにお主らを呼んだのではないぞ。ルクレツィア、お主の気持ちはありがたいが、ディアマーレには、わしとバルトロで行って来る」


 伯爵の言葉に、ルクレツィアは目を見開いた。


「伯爵様! 私は……」


「案ずるな、ルクレツィア。お主にも重要な役目を担ってもらうつもりだ。だが、そのためにも……」伯爵は懐から五芒星のペンダントを取り出し、おもむろに握りしめる。「ダンテ・カルロッサ……今度こそ息の根を止めてやる」

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