第四章 水の国へ
事件前夜
「どいつもこいつも、しけたツラしやがって。時間がない……さっさと行くぞ」
「そうですね。そのために、ここに来たんだ。何とかしないと」
リン・ユーとアーサーのやりとりを見ていたリオウは、「時の民、光一族の少年たち……幸運を祈っている。二人のうちどちらかが欠けるようなことがあれば、成し遂げることは出来ない」二人を見下ろし、そう告げた。
その言葉にシャルロットはにこりと笑みを浮かべるも、内心は決して穏やかとは言えなかった。
「リオウの言うとおりね。でも、何だか私、二人に置いて行かれた気分だわ」
「……シャルロット?」
「そんな顔しないでよ、アーサー。リオウが悪いのよ、あんなこと言うから……なんてね」
冗談交じりに笑うシャルロットをアーサーは真剣な目で見つめた。
「君がいなければ、今頃僕は――前に伯爵たちと戦った時だって、君の助けがなければ、今頃僕もリン・ユーもここにいなかったかもしれない。だからシャルロット、これからも君がいてくれないと……。それはリン・ユーだって、同じですよね?」
アーサーは語気を強め、リン・ユーに同意を求めた。
彼の視線を感じとったリン・ユーは「ふん」と鼻を鳴らし、二人に背を向けたが、はっきりと答える。
「やかましい女は好かねぇが、能力は買っているつもりだ。紙切れのわりには使える」
「何よ、それ……一応褒めているつもり?」リン・ユーはぷいと顔をそらすが、シャルロットは、「アンタにまで慰められるなんてね。いつもなら『やかましい』って言われて腹が立つのに、今日は怒る気になれないの。それに、タロットカードのことを『紙切れ』だなんてね……はあ、私きっと疲れているんだわ」と、言葉を続けた。
「けれど、それが僕たちの本音だよ。リン・ユーは相変わらず素直じゃないけど」
リン・ユーは「チッ」と、舌打ちをしたが、シャルロットは構わずくすくすと笑った。
「……アーサー、あなたって本当にお人好しのお馬鹿さん。そう……あの時と、何も変わっていないわ」
すると、リオウが口をはさむ。
「二人だけではない――成し得るにはお前の力が必要。そして、もうひとり――現地に行けば分かるだろう」
「もうひとりって? いったい誰なの?」
シャルロットを含め、三人は大きく首を傾げた。
「お前たちと会ったことのない人物、とだけ言っておこう。それより、残された時間はあまりない」
「そういえば、砂漠に迷い込んだ時から僕の時計が使えなくなっていたんだった」
「それなら問題はない。ディアマーレは、お前が行ったことのある場所。時計もそのことを覚えているはずだ」
「そうか! 砂漠も、火の国も行ったことのない場所だから使えなかったのか」
「……分かっていなかったのか」
呆れた様子でこちらを見つめるリン・ユーに対し、アーサーは苦笑いを浮かべ、しばし無言になるが、これを見たシャルロットは声を立てて笑った。
「そそっかしいというか、何というか……やっぱり憎めないわ。帰ったら、長老様に使い方をきちんと聞いてマスターしないとね」
「……そ、そうだね」
アーサーは赤面したが、すぐに気を取り直し、「では、行って来ます。リオウ、紫水、光春、光明――ありがとう」と、頭を下げた。
「二人とも、僕の肩へ」
アーサーの合図でシャルロットとリン・ユーが彼の肩に手を乗せると、方角を示す時計の針がくるりと回り出し、三人はあっという間にその場から姿を消してしまった。
三人のいた場所へ光春と光明は飛び降りた。
「行っちゃったね」
「大丈夫かな、あの三人」
「大丈夫さ……二つの玉と、鳳凰の羽根が守ってくれる」
紫水の言葉に、二人は頷いた。
その頃、ローレンの屋敷では伯爵とバルトロが百一年前のディアマーレに向かおうとしているところだった。
「では、参るぞ」
「了解」
伯爵の肩に手を置くバルトロだったが、不意に彼は視線を背後へとやった。
「どうした? バルトロ」
「いや、ちょいとな。多分気のせいさ」
バルトロは肩に落ちた水滴に目をやる。「おやおや……まあ、そんなことだろうと思ったよ」
伯爵には、バルトロが心の中で呟いた言葉など知る由もない。かつてフランシスから奪い取った懐中時計の針を目的の時代と場所に合わせた。
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