明かされる真実

 真剣な眼差しを向けるリン・ユーに、リオウは目を閉じ頷いた。


「やはり……避けては通れない問いだな」リオウは考え込むような態度をとった後、「湖の近くまで来なさい」と、アーサーたちに促す。


 アーサーたちが湖の周りに移動した時、水面がきらりと光った。リン・ユーが水面をのぞき込むように体を傾けると、水面には自分の顔の代わりにある女性の顔が映りこんでいる。彼は目を大きく見開き、言葉を失ってしまった。

 雪のような白い肌、絹糸のような艶のある黒髪の女性。目は切れ長で、その面立ちはリン・ユーとどことなく似ていて、この世のものとは思えないほどに美しい。


「――母、上……」


 リン・ユーの一言に、アーサーとシャルロットも目を丸くした。


「この人が――アンタのお母さんなの?」シャルロットが、リン・ユーと水面に映りこむ女性の顔を交互に見比べ、「言われてみれば似ているわね。認めたくないけど、アンタも黙ってれば美形だし……」と、ひとりごちる。


「お前の母親――光紫苑は、代々神官を務める光一族の者。そこにいる紫水も、光一族の末裔。言うなれば、お前の子孫に当たる」


 リオウの言葉で、アーサーとシャルロットの目は紫水へと向く。一方、リン・ユーの目は、水面に映る母親の方へと向け続けられていたが、リオウは構わず続ける。


「ある時、ここ翡翠の谷へ一人の男が迷い込んだ。男は傷を負っており、気の毒に思った紫苑は手当てを始めた。それから約一か月後、男は紫苑を連れ、この谷を去って行った」

「その男の人がまさか、アンタの?」


 シャルロットの問いに、リン・ユーもリオウの方へ目を向ける。


「……父上?」


 リオウは首肯した。


「元聖は景を建国する前に起きた戦争で深手を負っていた。紫苑は私の世話をよくしてくれた優しい女――二人の間に愛が芽生えるのもそうは時間がかからなかった。だが、神官の家系である光一族から後宮に身を置いたものは誰もいなかった……紫苑を除いて」

「皇貴姫や貴姫ではなく、美人だったのは……」

「元聖自らが定めた。それでも、家臣たちからは反発を招いたようだが」

「だから母上も俺も……命を狙われたのか」

「……何も聞かされていなかったの?」


 シャルロットに尋ねられると、リン・ユーは肩を竦める。


「俺はまだあの時幼かったから、何も聞かされてはいない。兄たちを差し置いて、父上に会いに行くことなど到底許される話ではない」彼はそう答えると、再びリオウの方を見上げた。「景が約二百年続いたこと、一族が世襲することを体外に示すために、父上が早くに長兄に皇帝の座を譲ったことを史書で知った」


 それであの時、とアーサーは宮廷での出来事を振り返った。リン・ユーが書庫で調べていたのは、単なる火の国の歴史ではなく、父と母のことだったのだ、と。両親と過ごす日々を当たり前に過ごしてきたアーサーにとっては、想像のつかないことだった。時代も場所も異なる地へ足を踏み入れたリン・ユーは、恐らく両親とは金輪際こんりんざい会うことはないだろう。そして、二人のことを知る者も周囲にいるはずもない――もはや、紙の上でしか知ることができない存在となってしまった。だから、歴史書を調べていたのか、と――リオウとのやりとりを見て、アーサーは合点がいったようにその場でひとり頷いた。


「だが、母上のことは何も書いていなかった――いや、書かれているはずもないが……なあ、白龍――いや、リオウ……俺が老師に預けられた後、母上はどうなった?」


 リオウは、リン・ユーの目をまっすぐに見つめる。彼の向ける真剣な眼差しに答えるように――。アーサーとシャルロットは固唾をのんで見守っていた。辺りはしーんと静まり返り、張り詰めた空気が満ちている。


「表向きでは、お前が後宮を離れてすぐ、病気で亡くなったことになっている」


「表向き?」リン・ユーは、怪訝そうな表情を浮かべながら尋ねる。「殺された……ってことか?」と、言いながら彼は唇を噛みしめ、拳を震わせていた。


 その様子を見たリオウは、静かに首を横に振る。


「話は最後まで聞きなさい……元聖の計らいで、紫苑はここ――翡翠の谷へ戻ってきた。最期を、私や光春、光明と過ごした。確かに、光美人としての彼女は後宮にて死したが、光紫苑としての彼女はここで生き、何よりもお前の無事を願っていた」


 リン・ユーは、大きく目を見開いた。


「本当か!?」


 リオウの言葉に嘘偽りがないかを確かめるように、じっと見つめていた。まもなく、リオウが首肯すると、再び湖に映った母親の顔を見つめる。


「そうか――無事、だったんだな……」


 次第に震える彼の声――。


「母……、上……」


 その消え入りそうな声に、アーサーとシャルロットは声を出すこともなく、ただ頷いていた。


「紫水――」


 リオウの合図で、紫水は鏡を再び構える。すると、今度は中から球状の物が現れ、銀色の光を放っていた。その光は、決して眩しさで目を覆うようなものではなく、


「あたたかい光ね。包み込むような、優しい……」


 シャルロットの言葉にアーサーも頷く。


「これが、ババ様の言っていたもうひとつの……」

「この玉は、そこの少年が持っている瑠璃の玉と同様、私が生み出したものだが、代々光一族が守ってきたもの――無論、お前の母も例外ではない」


 リン・ユーは、伏せていた顔を上げ、宙に浮かんだ玉を見つめる。


「母上も――この玉を……」

「ようやく、お前に託す時がやって来たようだ」


 リオウが告げると、玉はゆっくりリン・ユーの前に降りてくる。


「受け取りなさい。少年の持つ瑠璃の玉とともに、乱れた時空を正さなければならない」



 ――時空間に乱れが起きた時、二つの玉を備える者、乱れを正すことが出来る。



「ババ様の言っていた、言い伝え……」アーサーはアイビスの言葉を思い出し、リオウに問いかける。「僕とリン・ユーが協力して時空間の乱れを修復するということですよね? いったい、どうしたら……」


「お前が持つ玉を剣に変えた時と同じようにすればいい」

「剣……ってことは、水の国――ディアマーレ! ババ様が言っていました。世界各地で起こっている時空の歪みの中でも、火の国と水の国が顕著だと……」

「明日、水の国にて異変が起こる。町が暗闇に包まれた時、二人の男が現れる」


 リオウの告げた内容に、アーサーは瞠目した。


「あの……今は西暦何年ですか?」

「一七八八年――」

「それってまさか……水の国教会爆発事件。だとすれば、二人の男というのは――」


 アーサーが言い終える前に、シャルロットが口をはさむ。


「きっと、フォンテッド卿とバルトロのことね。またあの二人と戦わないといけないってこと?」


「事件を止めなければ歴史は今のまま――けれど、結果が変わらなければ、何の解決にもならない。逆に、事件を未然に食い止めるとなると、今の歴史を変えることになる。二人が現れることで、完全に元の歴史に戻るとは限らないけど、近いものにはなりうる。ディアマーレで亡くなった人たちを助けることは出来る。でも、そうなると風の国は……」と、アーサーが独り言のように呟くと、


「――なるほど、だから選択ってわけか」


 リン・ユーは玉を手に取り、リオウの顔を見る。


「俺がどう立ち回るかで、全てが変わるってわけだな――おもしろいじゃねぇか」


「リン・ユー……」アーサーとシャルロットが見つめる中、


「どいつもこいつも、しけたツラしやがって。時間がない……さっさと行くぞ」


 リン・ユーは、二人に目を合わせることなく、静かにそう言い放った。

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