導かれし者

「おい、起きろ」


 リン・ユーの声で、アーサーとシャルロットは目を明けた。

 早朝なのか、辺りは薄暗い。


「まだ暗いじゃない。もう少しゆっくりしてもいいんじゃないの?」


 シャルロットが不満げに言うと、リン・ユーは溜息をついた。


「これだから貴族の令嬢は……悠長なことばかりほざいていると、火の国に着かなくなるぜ」

「何よ、その言い方」

「二人とも、朝から言い合いはやめてください」


 アーサーが欠伸で開いた口を手で隠しながら止めに入る。


「日が昇れば気温が急激に上昇する。あと三時間もすりゃ、辺り一帯が灼熱地獄と化す。さっき俺は『永遠に』と言ったが、笑い事じゃすまなくなるぜ」


 アーサーとシャルロットはごくりと唾をのんだ。


「砂漠のこと……私はあまりにも知らなさすぎるわね。不本意だけど、ここはアンタの言うとおりにするしかないようね」


 ふんと鼻を鳴らし、そっぽを向くシャルロットに苦笑いを浮かべるアーサーだったが、すぐに寝袋をたたみ、支度を始めた。

 影の方向を頼りに、北にある火の国を目指す。黙々と先を目指すリン・ユーの後を、二人は必死についていく。

 やがて、日が昇り、気温が上がってきた。

 シャルロットは、昨日盗賊たちから奪った荷物から飲み水の入った袋を探したが、袋は大分軽くなっていた。


「このままだと、飲み水がなくなってしまうわ。どこかにないかしら」

「あれは?」


 アーサーが遠く指さした先に水辺が見える。


「水だわ」


 シャルロットが向かおうとしたのを見て、リン・ユーが止める。


「待て。蜃気楼の可能性がある」

「蜃気楼?」


 アーサーとシャルロットは顔を見合わせた。


「光のいたずらで、ありもしないものをあたかもあるように見せる現象のことだ」

「だったら、確かめてみましょうよ」


 シャルロットはそう言うと、一枚のタロットカードを浮かべ、水辺の見えた方向へ飛ばした。


「紙切れなんざ飛ばしてどうするつもりだ?」

「ただの紙じゃないわよ、タロットカード! そこにある物をカードが持って帰るの、見てて」


 約十分後、先ほどシャルロットの飛ばしたカードが戻ってきた。シャルロットがカードを手に持つと、中から水が飛び出してきた。


「間違いないわ、水よ!」


 シャルロットが水辺の方へ走るように向かおうとした時、リン・ユーの胸元で何かがきらりと光った。


「リン・ユー、何か光りませんでしたか?」


 アーサーに促され、リン・ユーは胸元からペンダントを取り出す。丸くて金色のペンダントには龍の模様が刻まれており、いくつか宝石が埋め込まれていた。


「それは?」

「ああ、俺があの国にいた証って奴だ」

「ねぇ? 二人とも行かないの?」


 シャルロットが二人を急かす。


「今行くよ、シャルロット」


 アーサーがシャルロットの方へ向かったのを見て、リン・ユーはペンダントを懐へしまった。






 リン・ユーが水辺に着いた時には、アーサーとシャルロットが袋に水を汲んでいるところだった。


「水が手に入って一安心だわ」


 シャルロットが安堵の溜息を洩らす。アーサーも頷いた。


「てめぇにしては、珍しく仕事をしやがったな」

「『珍しい』は余計よ、リン・ユー!」


 シャルロットが頬を膨らませた時、


 ――導かれし者。


「何?」


 三人は辺りを見回した。


「今、声がしたわよね? まさか、この間の盗賊団かしら」


 ――時空ときは……満ちた。


 水面がきらきらと光る。すると……。


「いったい……何だってんだ?」


 リン・ユーが胸元に手をやる。


「どうしたんですか? リン・ユー」


 アーサーの問いかけに、リン・ユーは、


「何かが動いていやがる……まさか、コイツか?」


 そう言って取り出したのは、先ほどのペンダントだった。


「カタカタ」と音を立て、ペンダントは震えていた。次第に、龍の模様が浮かび上がってくる。そして――。

 巨大な龍のが三人の前に現れる。


「これは……リン・ユーのペンダントにいた龍?」


 アーサーとシャルロットは互いの顔を見合わせ、リン・ユーは無言で影を見上げていた。

 影は三人を見据えるように見下ろしていた。


「さっきの声は、あなたですか? 翡翠の谷にいる『予言の龍』と何か関係があるのでしょうか?」


 アーサーが尋ねると、影はその場で風を巻き起こし始めた。三人は慌てて腕で顔を覆う。

 やがて、「ばしゃ!」と大きな水音を立て、影は姿を消してしまった。

 だが、水面はなおも光り続けている。


「まだ光っているわ……何だか、『こっちに来い』って言われているみたい」

「僕も、そんな気がします。何か、強い意志を感じる」


 一人黙っていたリン・ユーも、やがて重い口を開いた。


「……行くぞ」


 三人は水の中へ飛び込んだ。

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