星に願いを
十人の盗賊を前にしたアーサーはごくりと唾をのんだ。三人対十人……どう考えても分が悪い。懐中時計を使って逃げようにも、針があの調子では使い物にならない。どうするかと考えあぐねていると、リン・ユーが、
「おい。仮に今いる時代が過去だった場合、てめぇんところの掟とやらに触れることはあるのか?」
と、アーサーに尋ねる。
「時空の大罪のことでしょうか? それはないと思います。今回ここに来たのは事故のようなもので、時計を悪用したわけではないですから」
「上等だ。そもそも、その掟とやらはてめぇんところの話で、俺には関係ねーからな」
「何をごちゃごちゃしてんだ? 身に着けているものを置いて行くか、俺たちに命を差し出すか……どっちだ!」
しびれを切らした盗賊のうちの一人が叫ぶと、他の盗賊たちも騒ぎ始めた。
「安心しろ。てめぇらのような雑魚の相手は、俺一人で十分だ」
「雑魚だと!? 自分たちの置かれている立場が分かっているのか?」
リン・ユーの言葉に対し、盗賊たちが怒りをあらわにする。
「その言葉、てめぇらにそっくり返してやるよ」
「やめてください。火に油を注ぐようなものですよ」
「そうよ、相手を怒らせてどうするの?」
アーサーとシャルロットが止めに入るが、リン・ユーはどうでもいいと言わんばかりに、掌に炎の塊を出す。
「何だ、ありゃ……炎を素手で触っているぞ!」
盗賊たちからどよめきの声が上がる。
「怯むな! 何か仕掛けでもあるんだろ。束になってかかれば、こっちのもんだ。やれ!」
盗賊の首領らしい男が声を上げたところで、三人の方へラクダに乗った盗賊たちが次々に駆けて来た。
アーサーは剣を構え、シャルロットはタロットカードを周りに浮かべて応戦しようとする。
「さっきも言ったはずだ……俺一人で十分だと。てめぇらの出る幕はない」
そう言い放つと、リン・ユーは先ほどの炎を砂漠に向けて放った。炎は円形に広がり、たちまち盗賊たちを囲った。
「取り囲まれた……熱っ!!」
炎に驚いたラクダたちが次々に盗賊たちを振り落としていく。しりもちをつき、痛みに身を悶えた盗賊たちは、よたよたになりながら炎に向かって砂をかけた。
だが、炎が収まる気配はまるでない。
「おい、消えねーぞ」
「どうやって逃げればいいんだ?」
「逃げるなんて冗談じゃない」
「だったら、どうするんだよ」
などと、盗賊たちは口論を始めた。
「そんじょそこらの炎と一緒にされては困るな。てめぇらが身に着けているものを置いて行け」
リン・ユーの言葉に、盗賊たちは目の色を変える。
「は? 何言ってやがる、餓鬼が!」
「あ? さっきの言葉をそのまま返してやるって言っただろ? 俺の意思がない限り、その炎は消えない。丸焼きにされたくなけりゃ、さっさと荷物を置いて行け」
盗賊たちはしぶしぶ荷物を置いた。
リン・ユーは大刀を構え、炎を消す。
安堵した盗賊たちは、その場に座り込んだ。
「失せろ」
「は?」
「さっさと失せろって言ってんだよ!」
リン・ユーは、大刀の切っ先を盗賊たちに向けた。
すると、首領らしき男が、
「黙って聞いてりゃ、図に乗りやがって……何様のつもりだ!」
男は腰にさしていた剣を抜き、リン・ユーへ襲い掛かる。
アーサー、シャルロット、他の盗賊たちが固唾をのんで見守る中、リン・ユーは不敵な笑みを浮かべた。
「何様? はっ、決まってんだろう……リン・ユー様だ!」
リン・ユーは素早く大刀を振り回し、男の振りかざした剣を勢いよく弾き飛ばしてしまった。
リン・ユーに飛ばされた剣の先は、男の顔の横をすり抜け、盗賊たちの足元に突き刺さる。
「
盗賊たちは、悲鳴をあげながら逃げて行ってしまった。
「これが皇子様のやること? 相手の身ぐるみはいで脅すなんて……呆れてものも言えないわ」
シャルロットが呆れた様子で言うと、リン・ユーはふんと鼻を鳴らした。
「先に脅してきたのは向こうの方だ。まあ、俺にとっては弱い犬がキャンキャン吠えているようにしか思えなかったがな」
「向こうも向こうですけど、リン・ユーもリン・ユーですよ」
「だから、てめぇは甘いって言うんだよ。前回から何も変わってねぇな」
これには、アーサーも苦笑いをした。
「十分元気じゃない。さっきまでのアンタが嘘みたい……心配して損したわ」
シャルロットがリン・ユーの顔を見る。
「心配なんてされる覚えはねぇよ」
「少しは素直になりなさいよ。だいたい、こんなにたくさんの荷物を持って、これからいったいどうする気?」
「砂漠の中では水や食料を確保しにくい。羽織る物もなけりゃ、夜の寒さを乗り切ることもできん。問題は方角だが、今はそのがらくたが使えねぇ以上、自然のものに頼るしかねぇだろう」
「がらくたって言わないでくださいよ。自然のものというと……影や星の動きでしょうか。時計さえ使えれば……」
アーサーは肩を落として言った。
「そうよね……砂漠を出れば使えるようになるってことはないのかしら」
「その可能性はありそうだ。ノワール渓谷でも使えなかったことを考えると、時空の狭間の何らかの作用が影響しているのだろうか」
「……
リン・ユーは小声でそう言った。
「翡翠の……谷?」
アーサーとシャルロットがほぼ同時に聞き返す。
「白龍が住処にしているところだ。白龍は、『予言の龍』とも呼ばれている」
「白龍って、まさか……二つの玉を生んだとされる龍のこと?」
シャルロットの問いで、アーサーはアイビスから聞いた内容を思い出した。
「ババ様から聞いた話だと、僕が持つ瑠璃色の玉は時間を、白い玉は空間を司るとされていて、白い玉が今どこにあるのか分かっていないらしいんだ。もしかしたら、白い玉を見つけられれば、時空間の異変を修復出来るかもしれないって……白龍のところに行けば、手掛かりぐらいはつかめるかもしれない」
「日がだいぶ傾いている。今日のところはこの辺で休むぞ」
リン・ユーはそう言うと、すぐに火を起こした。
彼の提案に頷いた二人は、盗賊の置いて行った荷物から寝袋や食料など使えそうな物がないか探し出す。
「お肉とパンを見つけたわ。これで、今夜と明日の朝ご飯は何とかなりそうね」
機嫌を直したシャルロットが、先ほどリン・ユーが起こした火のそばへ肉を置いた。
「盗賊から奪った食料で満足するなんざ、てめぇも俺と同類じゃねーか」
「あ、アンタと一緒にしないでよ!」
三人がお腹を満たした頃には、辺りはすっかり暗くなっていた。
「服がすっかり砂だらけだわ。帰ったらすぐにお風呂に入るのに」
などと文句を言いながら、シャルロットは先に寝入ってしまった。
火の前で、リン・ユーが静かに番をする。
「リン・ユー、そろそろ寝ないと、体がもたないですよ」
「万が一、寝首かかれたらどうすんだよ。さっきの奴らが戻らんとも限らねぇ」
「それもそうですけど……」
アーサーは空を見上げた。中でもひときわ明るい星にむかって指をさす。
「北極星でしょうか」
「ああ、そうだ……翡翠の谷のある方角だ」
「ここから翡翠の谷までどのくらいの距離があるんだろう……」
「砂漠のどの辺りにいるのかが分からねぇ以上、何とも言えんが……香の国から火の国までは、どう少なく見積もっても一か月はかかる。火の国まで行けば、翡翠の谷は問題なく行けるはずだ」
「あっ、流れ星!」
夜空をいくつも流れ星が駆け抜ける。次から次へときらきら光る星のアートに、アーサーは感嘆の声を上げた。
「そうだ! 願い事をしないと……三人で、無事に翡翠の谷にたどり着けますように!」
手を合わせるアーサーの様子をリン・ユーは黙って見つめていた。
「リン・ユーは、何か願い事をしないんですか?」
「ふん、餓鬼みたいな真似なんてするかよ」
「そんな言い方しなくても……リン・ユーだって、神様は信じますよね?」
「神、か……」
アーサーが寝静まった頃、リン・ユーは夜空を見上げていた。
出発前にマリアが言っていた言葉を思い出す。
「神の言葉に従うまで……あの人らしいな」
リン・ユーは、静かに手を合わせた。
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