琳悠

「衛兵の者には誰も中に入れないようにと言っておきました。これで、思う存分話が出来るでしょう」


 マリアに招かれ、アーサー、リン・ユー、フランシスは王の間へと入った。王の間の壁の至るところに風景画が飾られ、その一角には歴代の王たちの肖像画が並べられている。その肖像画たちが見下ろす先に置かれた円卓を四人で囲むように座った。

 張り詰めた空気の中、リン・ユーは観念したように話を始める。


「俺の本当の名は、しゅゆう。火の国けい王朝初代皇帝、しゅ元聖げんせいの四男です」

「景って、今から四百年も昔の……」

「さすがはフランシス様……お察しの通り、俺は四百年近くの時を越えてこの地へやってきました」

「皇帝の四男ってことは、リン・ユーはフラン兄さんと同じ……様だったんですか?」


 アーサーも驚きの声を上げた。


「皇子などと大それたものではない。俺がいた時、景は建国して間もなかった。そのため、父元聖の後継を狙う輩も多く、俺たち兄弟は命を狙われた。そして、兄弟の中でもどいつが次期皇帝の座に就くか、家々の争いも絶えなかった」

「兄弟で争いですか?」


 アーサーが疑問を投げかけると、今度はフランシスが尋ねる。


「側室か?」

「側室?」


 聞きなれない言葉にアーサーは首を傾げることしかできなかった。それを見かねたフランシスが答える。


「いわゆる一夫多妻制。いくら血の繋がった兄弟でも、母親が異なればその親同士が権力争いを繰り広げることになる。親たちは自分の娘をこぞって皇帝に嫁がせようとした。仮に娘が皇帝の子を産み、その子どもが次期皇帝にでもなった暁には、その一家の思いのまま、国を動かすことが出来るようになる。そういうことか?」


 リン・ユーは頷いた。


「そのとおりです。兄たちの母は皇貴姫こうきひ貴姫きひといった身分の高いものでしたが、俺の母は美人びじん……格が違います。しかし、父は母のことをいたく気に入っており、それゆえ母と俺は後宮でも疎まれた存在だったようです。母は幼少の頃に殺され、孤独となった俺は、当時後宮でも武官として名高かったりん老師に引き取られました。それを機に名を改め、りんゆうと名乗るように……」


 と、言いかけたところで彼の目つきが変わる。突然立ち上がり、眼光鋭い目で扉の方へと向かった。


「リン・ユー?」


 アーサーとフランシスが立ち上がると、マリアは二人を静かに制止する。

 リン・ユーは扉のノブに手をかけ、勢いよく引いた。

「ガチャ」という音とともに、「キャッ!」という少女の声。ドレスを身に纏ったその少女は、リン・ユーが扉を開けた勢いでそのまま部屋の中に倒れ込んだ。


「いったーい!」


 アーサーは瞠目した。


「シャルロット!?」


 マリアも驚いた様子で立ち上がる。


「シャルロットさん? 衛兵をつけておいたはずですが……」


 マリアが王の間を出ると、扉の前で衛兵が座り込み、寝息を立てていた。


「何てこと……」


 マリアが体をゆすり、衛兵は慌てた様子で目を明けた。


「ごめんなさい、マリア様。その人を眠らせたのは私なの。アーサーたちが入っていくところが見えたから」


 シャルロットが膝をさすりながら起き上がる。


「シャルロットさんが?」


 マリアが衛兵の背中に目をやると、一枚のタロットカードが貼りついていた。


「貴族の令嬢が盗み聞きか? 大層なお嬢さんだな。どういう育てられ方をすりゃ、そうなる?」


 不機嫌そうな表情を浮かべるリン・ユーに対し、シャルロットはばつが悪そうに答える。


「気になったのよ。アンタが過去に何を抱えてここに来たのかは知らないけど、真剣な表情でマリア様と話しているし、アーサーがわざわざここに来るなんて、ただ事じゃないのかしらって」

「ふん、てめぇが俺の過去を知って何になる。関係ねーだろ。俺にとっては不本意以外の何物でもない」

「あるわ! これでも、一緒に旅をした仲間だもの」

「大きな世話だ! てめぇに心配されるような筋合いはない」

「二人とも、落ち着いて!」


 アーサーがシャルロットとリン・ユーの間に割って入る。


「そうだ。それにここは王の間だ。先代たちが見ていらっしゃる。言い争いなら、外に出て行ってもらおうか」


 フランシスがぴしゃりと告げると、シャルロットもリン・ユーも黙ってしまった。


「ありがとう、シャルロットさん、ユー。シャルロットさんが心配してくださっていることも、ユーが私の無理なお願いを聞いて、過去を話してくれたことも……二人の思いが十分に伝わりましたわ」

「これからどうしよう。ノワール渓谷に行って、時空の狭間の場所を探し当てるべきか……」


 アーサーが考えあぐねていると、


「アーサー、旅に出るなら私も行くわよ」


 と、シャルロットが即答した。


「それなら、リン・ユーも連れて行くといい。腕も立つし、今回に関しては案内人として適格だろう」

「フランシス様! 正気ですか?」


 リン・ユーが慌てた様子で答えると、


「そうですわね、ぜひご一緒なさい」

「マリア様まで……」

「ありがとうございます! シャルロット、リン・ユー、ノワール渓谷に行きましょう」


 アーサーが威勢よく答えると、リン・ユーは肩を落とし、ひときわ長い溜息をついた。

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