第一章 再会

青天の霹靂

 一八八九年十二月。

 アーサーは、十七歳の誕生日を迎えた。両親からの「おめでとう」という言葉とともに、彼は笑顔で、テーブルに置かれた誕生日ケーキのろうそくの火を吹き消す。

 だが、彼にとっての楽しみは、これだけではなかった。

 午前十一時、玄関のドアノッカーが鳴る。


「あっ! もしかして……」


 アーサーはいそいそと玄関の戸を開けた。


「アーサー、久し振り」


 扉の前には、青い目で、金色の長い髪を肩のあたりで束ねた青年――フランシス――が立っていた。


「さすがフラン兄さん、時間も場所もバッチリだね!」

「ああ、けどこれを使うのは今回が最後だよ」


 フランシスはアーサーの前に懐中時計を見せた。


「アイビス様に返さないと······この間のこともあるから」


 アーサーの頭に数ヶ月前の記憶がよぎった。フォンテッド卿を始め、ルーチェと戦った出来事を······生と死のはざかいをさまよったあの出来事は、彼にとって生まれて初めての経験であり、まだまだ記憶に新しい。


「そうか······」


 残念そうな声を漏らすアーサーを見て、フランシスはくすっと笑った。


「アーサーも今日で十七歳だろ? アイビス様に空間移動の仕方を教えてもらえば、すぐに風の国へ来られるようになるさ」

「そっか」


 アーサーの表情が明るくなる。それを見たフランシスは、もう一度笑った。


「本当に変わっていないな······そういうところ」


 アーサーははにかんだ笑顔を見せた。


「じゃあ、これからババ様のところへ? 僕も一緒に行っていいかな?」

「もちろんさ」


 アーサーとフランシスは、アイビスの家へと向かった。






「アイビス様に御用ですね。では、こちらへ」


 アイビスの家の使用人に案内され、二人が奥へと入る。


「アイビス様、お久し振りです」


 フランシスが彼女の部屋の前で声をかけたのとほぼ同時に、


「なんたることじゃ!!」


 突然の大声に、アーサーとフランシスは仰天し、互いの顔を見合わせた。


「ババ様?」

「アイビス様?」


 慌てた二人は雪崩のように彼女の部屋へと駆け込んだ。


「どうなさいましたか?」

「フランシス! それに、アーサーも……」

「いったい何があったというのです」

「どうもこうも……」


 アイビスは険しい表情を浮かべ、深い溜息をついた。


「時空間に異変が生じた。恐らく、先日の事件が影響しているとみて間違いないじゃろう」

「先日の事件と言うと……伯爵たちの……」

「そのとおりじゃ、アーサー。あやつらがフランシスの懐中時計を使って歴史を変えたことで、時空間に歪みが生じてしまったようだ……何とか修復させねば」

「歴史を変えたというと……風の国の革命でしょうか?」

「それだけの問題ではない。ことはそう単純ではないようじゃ」


 アイビスは、テーブルに置かれた沢山の懐中時計から二つのそれを取り出した。


「世界各地で少しずつ歪みが生じている……特に顕著なのは、水の国と火の国じゃ」

「水の国って、この間僕たちが行ったところですよね? 火の国は……」


 アーサーが詰まったところで、フランシスが割って入る。


「火の国というと、確かリン・ユーの……」

「リン・ユー?」


 アイビスが聞き返す。


「はい、私の姉で風の国女王のマリアに仕えている武官の男です。彼は姉のためにと、非常によく尽くしてくれています。姉の話によると、彼は五年ほど前にノワール渓谷へ迷い込んだそうで、それからずっと姉を慕うようになったようです」

「ノワール渓谷じゃと? あそこは確か時空の狭間があったはず」


 聞き覚えのある言葉を耳にし、再びアーサーが口を開いた。


「時空の狭間なら、前にリン・ユーも言っていました。時間の影響を受けないんですよね」

「それだけではない。時空の狭間は偶発的に発生した扉のような物……どこかの場所と繋がっていると考えられている。もしその場所が、仮に火の国にあったとしたなら、その男が谷に迷い込んだのも、時空間の異変と関係しているのかもしれない」

「そんな! だとしたら、リン・ユーは……火の国に帰る必要があるということですか?」

「あくまで推測の段階じゃ。慌てるでない……じゃが、一度調べる必要はある。アーサー、フランシスとともに風の国へ向かい、情報を集めてはくれぬか?」

「分かりました」

「アイビス様、こちらを」


 フランシスが持っていた懐中時計をアイビスに差し出す。


「ああ、確かに受け取った。アーサーには空間を移動する能力を授けよう。今日で十七歳を迎えたからのう……アーサー、お主の時計を一度こちらへ」


 アーサーは言われたとおり、アイビスに懐中時計を差し出した。

 彼女は、アーサーとフランシスから受け取った二つの懐中時計を金色の台座へ置いた。杖の先についた水晶に触れ、念じる。すると、二つの懐中時計についた飾り石から青色の光が放たれた。やがて、フランシスの懐中時計から飾り石が取れ、アーサーの懐中時計にある飾り石を包むように接合する。各々の石から放たれた光は一つになった。


「もう少しじゃ」


 アイビスがアーサーの懐中時計に触れると、光の上に文字盤が浮かんだ。文字盤はぐるぐると回転し、やがて具現化する。具現化した文字盤は歯車のように、すでにあった文字盤と絡み合った。


「フラン兄さんのものと同じ形になった」


 アーサーは目をぱちくりさせ、二つの懐中時計を見比べた。


「成功じゃ。アーサー、掟により今日からお主は時間だけではなく、空間を移動する能力を持つことを許可する。そして、フランシス、名実ともに時の民ではなくなったお主から二つの能力をはく奪した。じゃが、これはせめてもじゃ。受け取りなさい」


 アイビスは先ほどフランシスから受け取った懐中時計を彼に差し出した。


「アイビス様、これは……」

「お主がここにいた証じゃ。力はなくした……もう悪用されることもない。ただの時計じゃ」

「ありがとうございます」


 フランシスは深々と頭を下げ、懐中時計を受け取る。

 アイビスは本棚から分厚い本を取り出し、テーブルの上に広げた。


「お主らに、二つの玉の話をしておこう」

「二つの玉というと……僕の持っている瑠璃色の玉と、他に白い玉のことですか?」


 アーサーが尋ねる。


「ああ、そうじゃ。玉はそれぞれ剣に形状を変えることが出来る。アーサーの持つ瑠璃色の玉は時間を、白い玉は空間を司るとされている。瑠璃色の玉は代々時の民の長老が管理してきたが、白い玉の所在については定かではない。この本の言い伝えによると、『時空間に乱れが起きた時、二つの玉を備える者、乱れを正すことが出来る』と」

「ということは、白い玉を見つけられれば、時空間の異変を修復出来るんですね」

「あくまで言い伝えじゃがな」

「その白い玉について、何か手掛かりになることはないのですか?」


 フランシスが尋ねる。


「わしも白い龍が生んだということ以外は把握しておらぬ。すでに持ち去った者がいるのか、どこかで眠ったままなのかすらもな」

「そうですか……いずれにせよ、早々に行動に移した方が良さそうですね。アーサー、一緒に行こう、風の国へ。まずはリン・ユーに話を聞こう」


 フランシスの提案にアーサーは頷いた。


「ああ、頼んだぞ。それからアーサー、空間を移動するには時間を移動する以上に体力を消耗する。立て続けに使えばコントロールを失い、お主の命に危険が及ぶことにもなりかねん。くれぐれも気を付けなさい」

「分かりました、行って来ます!」


 自宅に帰ったアーサーは、両親に先ほどのアイビスとの話を伝え、すぐに旅立ちの準備に取り掛かった。






「行くよ、フラン兄さん」


 アーサーは時計の文字盤を風の国の方角に合わせ、念じる。


(マリア様たちのいる風の国の宮廷へ……)


 アーサーの両親とアイビスが見守る中、アーサーとフランシスは時の民の集落から旅立った。

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