食べられなくなった植物と食べられるもの

ちびまるフォイ

めざせ食料供給率100%

『世界的な食糧問題は近年深刻化しており、

 世界会議の中でもこの点について会議が重ねられています』


「最近、このニュースばっかりだね」

「それしか報道することがないんでしょ?」


母は台所から気のない返事を送っていたが、

その数秒後には「きゃっ!」とビクリとする声をあげた。


「お母さんどうしたの!?」

「ちょっとこれ見て!」


台所にはまな板とその上に切られた大根があった。

切断面からは生々しい赤い液体が流れている。


「なにこれ……大根から……血……?」


大根のどこの部分を切っても血が流れた。

これを見たあと食べる気にもなれなかった。


翌日、ニュースを見てこれはうちの農家だけの話じゃないことがわかった。


『今、野菜から血が流れるという怪現象が多発しています。

 専門家も首をひねるばかりで、まったく原因がわかりません』


「うちだかじゃなかったんだ……」


畑の大根をはじめどの野菜を切っても血が流れた。

キャベツも、にんじんも、ピーマンも。切れば血が流れる。


収穫用のコンバインなんか血まみれだ。


「まずいな……みんな気味悪がって野菜を買ってくれないぞ」


父はこの事態を誰よりも深刻に考えていた。

研究室にこもると品種改良された種をまくようになった。


「これで血が流れなくなるの?」


「いや、血が出なくなる野菜に作り変えたんだ。これでもう安心だぞ」


大きくなった野菜を収穫するときは緊張したが、

前のようにちぎっても血が流れることはなかった。


「すごい! 本当に血が流れない!」

「これでまた野菜を買ってもらえるぞ」


安心して包丁を入れた瞬間だった。


「 ギャアアアアアアアアアーーーーッ!!!!! 」


耳をつんざくような悲鳴に包丁を落としてしまった。

にんじんからマンドラゴラのような叫びが出た。


血は流れなくなったが今度は傷をつけると悲鳴が出る。


「こんなの……食べられないよ」


まるで刻んだことを痛がるような悲痛な叫びに食欲は減退。

最後に野菜を食べたのはいつだったのか思い出せなくなるほど、

人間の生活から野菜は遠ざかった。


「林業やっている知り合いも悩んでいるみたいだ。

 どうやら血が出るのは野菜だけじゃないらしい」


「え……?」


「木を伐採したら血の海になったらしい。どうなってるんだ、まったく……」


「私の友達の花屋さんも、花を切ったら血まみれになったんだって。

 うちだけじゃないわ。もうどこも植物が売れなくなってるのよ」


ただでさえ食糧問題が取り沙汰されているのに、

植物から血が流れたり悲鳴が出たりして食べられなくなっている。

口で噛むたびに悲鳴が叫ばれ血の味がするのだから。


「ねぇ、人工食料が開発されたんだって!」


避難先を探すようにして見つけたのはひとつの記事だった。

血も流れず、悲鳴も出ない完全無欠の人工食料。


家族で工場にいくと、すでに機械はすべて動かなくなっていた。


「あの、ここで人工食料を作っているって聞いたんですけど!」


「ああ、あなたもそれで来たんですね。

 ですがこの通り。もう生産していないんですよ」


「どうして!? なにがまずかったんですか!?

 人工物だから血は流れないんでしょう!?」


「ええ、食料はね……。動かしてみましょうか」


スイッチを押すと機械が動き出した。

機械の作動音をかき消すように悲鳴がこだました。


「 キャアアアアーーーッ!!! 」

「 ウギャアアアアアアアーーーッ!! 」


機械の接続部分からはとめどなく血が流れ、

工場の足元がみるみる血の海になっていく。


「……ね? この通りですよ。

 植物も動物も使っていないのに血が流れる。

 従業員は呪いだと怖がってもう誰も作業してくれません」


「そんな……」


「植物だけじゃなく、機械も血を流し始めたんです。

 どこの工場も同じみたいですよ。

 機械がこの調子じゃますます食料問題も……」


工場の帰り道は足が重かった。


機械も血を流すようになったので道路はスッカスカ。

誰も悲鳴を叫び血を流す車なんてもう乗らないだろう。


雑草を刈れば血が吹き出し、盆栽の枝を折れば痛ましい悲鳴が出る。


今まで植物も生きているということは頭で理解していたけれど

こんなにも命を突きつけられると怖くなってしまう。


機械が前のように使えない以上、動物肉だけで生活するのも限界。


「これからどうしよう……」


暗すぎる未来に絶望した翌日。唐突に解決策は報道された。


『人工食料ができました!

 これにより食料供給率は100%!

 ついに食糧問題は解決されました!!』


人工食料は植物のように血が出ないし、噛んでも悲鳴が出ない。

食を控えていた人もあっという間に飛びついた。


「人工食料って味気ないものかと思ったけど

 食感は肉ぽくてすごくおいしいね!」


「そうね。あれだけ悩まれていた食糧問題も解決されてよかったわ」


「きっとみんなにこの人工食料が行き渡ったんだね」

「そうね」


美味しい人工食料を食べ終わって満足した。


「ああ、美味しかった。お父さんも食べればよかったのに。

 最近お仕事ばっかりで全然帰ってこないよね」


お母さんは皿を片付けながら笑った。





「ここにいたじゃない」

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