第3章 淘汰(ベル・ゴ)②


〝殻の荒野〟 北西部

マトラ・オアシス臨時集落


「せんせー!」


 集落に身を寄せてから、まもなく一月。モストーラのそばで本を読むカイトに向けて、幼い少女の声が聞こえた。


「おべんきょー! 時間だよ!」


 そう言いながら駆け寄ってくるのは、幾人かのラ族の少女。数少ないラ族の中でも、とりわけ若い子ども達だ。

 後ろの方には、子ども達に引きずられるようにこちらへ近づくククリの姿も見えている。彼女のことだ。母親達の負担を減らすため、自ら監督役でも買って出たのだろう。


「もうそんな時間か。ちょっと待っててくれ」


 読んでいた本を脇の机において、蝋石と筆記紙代わりの粘板岩スレート板を取り出した。エンジュにもらった知識から、この組み合わせが大人数への教示にちょうどいいことを引き出したからだ。

 お世辞にもスマートとはいえない準備を待つに、先ほどの少女が残りの子どもを綺麗に並べて着席させる。わらわらと集まった子どもの群れに、ちょこんとククリが取り囲まれた格好だ。

 ラ族の子ども達は基本的に聞き分けがいい。教える立場に立ってみると、それがどれだけ有り難いことなのかがよく分かるというものだ。種族の特性なのか、あるいは置かれた境遇ゆえかは分からないけど。

 ともあれ。キョトーとの対話からこちら、カイトはククリとの鍛錬の傍ら、こうして子ども達に『文字』を教えることにしていた。

 別に、慈善事業というわけじゃない。体裁としては、モストーラを繕う対価として差し出している格好だ。

 もちろん、カイト自身が『文字』を広めたかったという動機もある。子ども達が文字を読めるようになれば、それだけこの先、本を読んだり、それこそ書いたりする人が増えるだろうから。

 この体裁は、そうしたエゴで押しつけるのを嫌ったゆえのことだった。だから、授業も原則希望制だ。

 そんなに気を遣わなくても、とは、ククリの言だけれど。


「おまたせ。昨日はどこまでやったかな?」

「『水の名前』からです、せんせー!」


 蜘蛛型の下半身を持つ少女が答える。先ほどからリーダーシップを遺憾なく発揮している彼女は、蠍人族の係累、トリ氏に属するアナンシ・トリ。血筋としては、ラ氏の分家筋、その直系にあたるのだという。


「そっか、じゃあ、そうだな……」


 思案する。

 カイトは文字を教えるために、まずは身近なものの名前を知るところから始めていた。『魔術師メイガス』の一般的な体系分類に従って、五行に属する名前を順に単語として覚えていくのだ。

 今日から水ということは、火は総て終えたわけで。カイトは立てかけてあった魔力ランプを手に取って、彼らの前で点火する。


「さあ、これの名前と意味合いが分かる子は?」

「はい!」


 アナンシが早速挙手する。指名して蝋石を渡すと、イーゼルに引っかけられたスレートに、よどみなくその単語を記していった。


ランプ

 で火を起こして 守る


 カルセドニアでは、一般的に表音文字を主体とする共通言語が使われている。不思議なことに亜人種も同一の言語を用いているようで、通じない単語がそこそこ散見されるくらいで、意思疎通には苦労しない。同様に、言葉を理解している彼女は、文字を十分覚えた時点で比較的しっかりとした文章が書けるようになっていた。


「そこは『まりく』じゃなく、『まりく』だ」


 ただ、綴りは時々間違っている。

 予備の蝋石で訂正しながら、カイトは続けた。


「でも、それ以外は完璧じゃないか。『守る』はまだ教えてないのに、よく書けたね」


 たとえ訂正が入っても、褒められると嬉しいものだ。えへへとはにかむアナンシは、先生が言ってたもんと答えた。


「『文字』と『音』が、一緒だって教えてもらったから」


 表音文字の作用を押さえて、会話から自分で単語を表記する。試行錯誤から学びを得ようと取り組む姿は、いっそ感心するほどだった。カイトが彼女の茶髪を撫でると、嬉しそうに両眼を細める。

 これがアナンシ一人だけなら、彼女の意欲がすごいという話で終わる。だが実際は、カイトの授業に参加する全員がこうだ。……もしかすると、蠍人族は下手なラナンより地頭がいいかもしれない。


(〝導く神〟、かぁ)


 先日のククリの言葉を思い出す。なんとなく、キョトーが目指した民の在り方、その根本部分を見た気がしたのだ。

 きっと、ラナンではこうはいかない。彼らが何かを知ろうとするとき生じる努力は、水盆にコインを投げることだけなのだ。

 いけない。

 また少し、ネガティブな考えの中に落ちてしまった。


「よし、アナンシが出来てるなら、みんなもたぶんできてるな。じゃあ復習はここで終わって、水に属する言葉を今日から覚えていこう――」


 言いながら、後ろに聳えるモストーラの姿を見る。

 そう。

 モストーラは、既に半分以上の修復作業を終えていた。

 とはいえ、想像以上に継ぎ接ぎだらけで、接ぎに当てた材料もまた、荒野由来の脆いもの。無茶を重ねて傷んだせいか、出力さえも半分以下に落ちている。

 加えて、今いるオアシス・マトラは、藍鯨が壊滅した戦場よりかなり東に位置していると聞いている。

 猶予期間の半年以内に境界都市にたどり着くには、修繕を終えたらすぐに発つ必要があると、ウルスはカイトに説明していた。

 残り時間は限られている。

 こうして文字を教えることも、あと数日出来るかどうか。



 同日、夕刻。


「腕で振るな、腰を入れろ! それじゃ威力が保てないッ」

「はいっ」


 かぁん、かぁん。

 オアシスから少し離れた、小さな丘の麓にて。


「予備動作がまだ大きい、狙いすぎるな!」

「っ、はい!」


 木剣を構えたカイトとククリが、熾烈な打ち合いを行っていた。

 攻め手はククリ。

 ラ族としての下半身は一旦仕舞って、ラナンと同じ二本の脚で剣を振るう。

 守りはカイト。

 積極的に彼女を打ちに行きはせず、あくまでも防御と反撃のみを行う。

 いま、この鍛錬で課されているのは、ククリがいかに攻め手として力を付けることが出来るか、その一点だ。


 あの日。

――カイトとキョトーが、白い世界で対峙したとき。

 ベル・ゴが有する神器について、カイトのその特性の多くを学んだ。

 曰く、甲翅の民は守りに優れた種であったこと。

 そのために、『斧』の神器は、その意味合いを『行く手を阻む仇の守りを断ち砕く』ことに置いていること。

 そして、その力に頼るあまりに、代々の所有者達は、攻め手としての資質にひどく欠けてしまっていること。

 つまり。


『勝つだけならば、


 魔力を変じ、権能を顕わした神器であれば、極論殴るだけでも勝利しうると、キョトーはカイトに教示したのだ。

 そのことをククリに話して、今。カイトはキョトーの助言に従い、ククリに剣の鍛錬を施していた。


 カイトには、エンジュによって植え付けられた道具についての知識とセンスが備わっている。そんな彼が徹底して守りに走れば、ベル・ゴほどとは言わずとも、相当な守りの名手に変わるだろう。

 ククリに求められるのは、それだけの防御を一瞬でも突破できる、そんな技量だ。

 そして、それはまもなく達成される。


「――ッ、疾!」

「ん、ゴホッ」


 彼女の一撃をいなした瞬間。

 強烈な回し蹴りがカイトの腹部に突き刺さる。

 多少鍛えているとはいっても、やはりカイトは術士に過ぎない。重いダメージにたたらを踏んで、一瞬。


「――チッ」


 強く舌打つ。

 いなしたはずの鋒が、小さな一点として彼の眉間に差し込まれていた。

 ぱぁん、とククリの剣が砕け散る音。

 刺突の力を支えきれずに、白木の剣が裂けたのだ。


「……合格」


 ヘッドガードを額に巻いていなければ、カイトはおそらく死んでいた。それを予期することも、気づいてから避けることも、既に出来なくなっていた。

 カイトに教えられることは、最早欠片も残されていない。


 カイトは以前、彼女を鍛えることは難しいと判断していた。剣を振るう基礎練習から、術理を学ぶ型の模倣に至るまで。実際に仕合うほどになるまで、ラナンであれば優に数年は要する話になってくる。彼の感覚で言えば、数週間では付け焼き刃にもならないことが明らかだった。

 よもや基礎練抜きにして実践的な試合形式だけで足りるだなどと、思いつこうはずもない。

 ラ族のセンスは、相手を見て実力を識り、情勢を見て機を識る力――いわゆる「かん」の才能に特化していた。

 つまりククリは、連日がむしゃらに攻め立てるように見せかけながら、実際にはカイトの動きを研究し、その守りを突き崩す最高の瞬間だけを狙い続けていたのだ。

 狩人。その一言が脳裏をよぎる。

 ひとところに長くとどまり、果ては極限の飢えに耐えつつ、確実な時を狙って己が毒尾を突き入れる。

……紛うことなき蠍だと、カイトは今更実感していた。



「……筆記紙を貸して欲しい?」


 カイトの言葉に応えるように、パチリとたき火が小さく爆ぜた。はい、と答えるククリの手には、湯気の立つスープを湛えた黒いカップが包まれている。陶器の釉薬ともどこか異なる、てらてらとした色合いのそれだ。

 荒野の夜はよく冷える。汗を拭くのもそこそこに、カイト達は手頃な岩場にふたり並んで腰掛けていた。

 さわさわと、丘に生えた低木たちの木の葉が揺れる音がする。昼間はあれほど爽やかなのに、いざ日が落ちると、途端にうそ寒く感じるのはなぜなのだろうか。

 それはさておき。カイトはククリを見返した。


「またどうして?」

「何か、残せるモノを作らせてあげたくて」

「残せるモノ?」


 意図を図りかね、問いを重ねる。ククリも何か価値観の齟齬があるのを感じたのだろう。んー、と思案してみせながら、手元のスープを一口飲んだ。


「以前、兄様とお話ししたときのことを覚えていますか?」

「モストーラの修理をお願いしたときの?」

「ええ」


 ククリは頷く。

 なんだったか、としばし黙考。それからなんとなく後味の悪い感覚を思い起こして、そう言えばそんな話もあったなと言葉を零した。


「『この世に証を残せることが、生きる意味へと繋がった』、だっけ?」

「ええ。私達蟲人族の、共通の感覚です」


 それは、いわゆる死生観と呼ぶべき価値観。正直に評するなら、あまり踏み込みたくない話題だった。

 それでも、理由を問うたのは確かにカイト。

 ならば、話は最後まで聞くべきだろう。

 別に実害があるわけじゃないし。


「ラナンの方は」


 ククリがこちらを静かに見やる。


「死した同胞を、どのように弔いますか?」


 淡々とした問い。

 海色の凪いだ瞳が、深い湖を彷彿とさせる。

 どうって、とカイトは口ごもる。


「神サマの教えに従った葬礼をして、それから遺体を墳墓の中に収めるね」


 カルセドニアには、都市ごとに共通の墓地が備えられている。葬礼を終えた死者はその墳墓に上納されて、神サマのもたらす奇蹟の炎で焼き払われるのだ。

 炎の後には、灰粒ひとつ残らない。


「それから、当人の資産や商売道具が、それぞれ神殿と同じ天職を持つ仲間同士で分けられるかな」


 神サマによって生かされる大帝国では、財産分与は意味を持たない。誰も住まなくなった家は清められて新たな家族に割り当てられるし、貨幣は元々、よほど特殊な嗜好品か水盆にしか用いられない。だからこそ、資源の再利用という名目で、商売道具が仕事仲間に振る舞われるのだ。


「氏族――いえ、家族には、何も残されないのですか」

「ああ。本人が生前に申し出でもしていない限り、何かが残ることはない」


 そして、そこまでして何かを遺そうという臣民もほとんどいない。結果的に、残るのは葬礼と炎だけなのだ。

 寂しいですね、とククリが零す。


「私達は、特定の墓を持ちません」

「じゃあ、どこに埋葬するんだ?」

「埋葬なんかしないんです」


 カイトの問いに、ククリが苦笑する。


「私達蟲人族は、死したむくろを氏族の仲間に分け与えます」

「……むくろを?」

、です。ほら、蟲人族って、骨なんかよりよっぽど丈夫な外骨格そとがわを持ってるじゃないですか」


 例えばこことか、と自身の尾節を叩いてみせる。

 たき火の色に照らされて、てらてらとする彼女の外側。


(――うん?)


 ふと、ごく最近同じ色合いを見た気がすると思い出す。

 視線を動かし、彼女の手元へ。

 正解です、とククリは小さく微笑んだ。

 、黒いカップをさすりつつ。


「私達の肉体は、死ねば当然朽ちて消えます。骨もまた、風化して崩れていきます。

 でも、こうした殻は割と長く残るんです」


 私達はよく塒を移しますから、と続く。


「弔う場所を作るより、かつての仲間を悼みつつ、その殻や生きた証を生活に取り込み続ける。……それができる生き様こそが、蟲人族にとっての幸せなんです」


 そう言えば、と思い出す。



『一太刀にて死ねると思うな。

――



 ベル・ゴとの戦闘の折発せられた、怒りにまかせた件の罵声。その中にも、似たようなニュアンスが含まれていた。

 おわかりですよね、とククリ。


「カイトさんがこの集落を離れたら、もう二度と会うことはかなわないでしょう。今生の別れというのは、死とほとんど同意義なんです」

「だから、あの子たちに何か作らせてあげたいって?」


 はい、とククリは頷いた。


「折角、『文字』を教えていただいてるんです。それにまつわる何かをカタチに遺したいと思うのは、きっとあの子たちも同じですから」


 それに、と加えて、ククリはカップを一口啜る。


「出来れば、その。……私も何か、作れたらいいなって」


 ご迷惑でしょうか? と尋ねるククリ。

 そこまで言われて、はいそうです、などと誰が言えるだろうか?


「そういうことなら、筆記紙と言わず、もっと色々分けてあげられると思う」


 カイトの店舗にして倉庫でもあるモストーラには、商品として紙や文具が仕舞われている。もとより商売なんて出来る状態ではなくなっているし、ここで多少放出しても、誰も咎めはしないだろう。


「記念に何かを作ってくれるなら、これほど嬉しいこともないよ。うん、嬉しい」


 でも、とカイト。


「あくまで、みんなの厚意として受け取るよ」

「それは……どういう意味ですか?」

「生きた証、とまで言われると、ラナンの僕には少し重い」


 死を見据えた誰かが、生きる誰かに何かを託す。

 ラナンにとって、それはすなわち、『形見』を意味する。

 そして、託された『形見』には、それ相応に人生を歪ませうる意味が籠もってしまうのだ。

――

 そんな気持ちの方が先に立ってしまうのは、カルセドニアに住むカイトにとっては当然の反応だった。


「ラナンはあまり、死を見ることを良しとしない。死を恐れるより、恐れた結果に出る行動を忌んでいるんだ」


 死を恐れるから、よりよい結果にしがみつく。

 死を恐れるから、他者から奪う。

 死を恐れるから、死を恐れるから。

――ラナンから死を取り除けない神サマを疑ってしまう。


 そう。ラナンはひたすら、死という概念を無視することを良しとしたのだ。……何より、自分たちの救い主たる神サマを否定してしまわぬように。

 くだらないことだと思う。それでもカイトは、この価値観に染め上げられてしまっているのだ。


「だから、ククリ」

「はい」

「出来れば、死ぬだなんて言わないで欲しい」


 ここまで一緒に過ごした彼らが、ただでさえこれから戦地に赴くという状況で。


「僕は、死ぬ人たちに『文字』を教えたつもりはないんだ」


 


「……っ、はい」


 わずかに気圧された様子で、ククリが応えた。


(ああ、ダメだ)


 少し、感情的になりすぎてしまった気がする。


「冷えてきたね。そろそろ、戻ろうか」


 他に言える言葉もなく、彼はおもむろに岩場を立った。


「私は火の始末をしますから、お先に戻っていてください」

「いや、僕も手伝うよ」

「いいえ、大丈夫です……少し、一人にさせてください」

「そっか」


 もしかしなくても、少し言い過ぎた。


(明日にでもまた謝ろう)


 そう思いつつ、カイトは丘を後にした。



「怒られてしまいました」


 独り言つ。

 当然ながら返答はなく。

 たき火の跡も、既に消えて熱気すらない。


「いえ、多分私の浅慮ですよね」


 ベル・ゴに一矢報いたいと願っているのは自分の方だ。

 早晩滅びると、方針を固めているのも私の方だ。

 カイトさんはそれを聞いてなお、先に進む途だけを探そうとした。……それを今しがた踏みにじったのも、私だ。

 それは、彼が不快感を示すには十分だったことだろう。

――自らキョトーに会ってまで、神器について調べてくれもしたというのに。


「『死ぬだなんて言わないで欲しい』、ですか」


 なんとなく、彼が死生観の話題を避けているのは知っていた。それが、ラナン特有の価値観であることも、同様に。

 それでも、私は知っていて欲しかったのだろう。

 誰にも知られず、生きた証も残せずに死ぬ。それだけは耐えられなかった。

 今度の戦で――玉砕するのが見えているから。

 申し訳なさを感じつつも、私は今、えもいわれぬ達成感を覚えていた。

 どうしてかは分からないけど、彼はきっと私達のことを忘れないでいてくれるだろう――そう確信できたから。

 あるいは、そのためにわざと怒らせたのかもしれない。


「――トリ」

「はい、ククリ様」


 一呼吸置いて、その氏を呼んだ。

 返答は、丘の木の上。現れたのは、カイトの授業に出席していた、トリ氏の少女だ。――名は、アナンシ。

 蜘蛛の半身を有するトリ氏は、強靱な糸と粘液でものを繕うことを得手としている。彼女はその一党の頭目だった。

 幼い見た目だが、これでも歳は、私とさほど変わらない。

 彼の授業でああまで幼く振る舞う意味は分からないけど。


「モストーラの修繕はいかほどですか?」

「はい。あと四夜もあれば」

「三夜です」


 アナンシの言葉に私は応える。


「三夜で仕上げてください」

「はい」


 抗弁せずに、アナンシは頭を垂れた。


「貴方も気づいているでしょう? 地平の疼きに」

「……八夜ですね」


 応えるは、

 地を這う脚を多く持つラ氏の一派は、脚を介して大地の音を聞き取ることに長けている。

 その脚が、軍勢の到来を告げていたのだ。


「カイトさんは、『私達の死』を知らないことを願いました」


 先の問答で、カイトさんが私達の生存を願っていることが明白になった。最悪、一人でも助けようと戻ってきてしまうかもしれない。それこそ、先の自分がそうしたように。

 そうなる前に、戦場から遠ざけてしまわなければ。


「側の子達と、兄様にも伝えてください。

……三日後に、別れの宴をいたしましょう」


 寂しいとは思う。けれど、こうして私の願いを叶えてくれようとした恩人を、みすみす死なせるわけにはいかない。

 私の目的は、彼を無事にカルセドニアへと送り出すこと。

 そのためならば、多少の搦め手にも手を染めよう。

 背後を見る。アナンシは既に姿を消していた。

 さてと、と息をつく。あんまり長くとどまっていても、心配させてしまうだろう。


「彼へのを、考えないといけませんね」


 独り言つ。まるで誕生の祝いでも迎えるような気軽さで。

 


 その声色に――死への恐怖は滲まなかった。

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