26:新たな友情

 秋が深まり気温が下がり始めると、昼休みでも広場は寂しくなる。木々は赤く色づき、はらはらと落ち葉が降り積もりはじめていた。

 カーディガンを羽織ったところで肌寒いことに変わりない。シェリルとリタも、昼食は広場のベンチでとっていたものの、近頃は食堂へ行くようになった。


「ここの席、使ってもいいですか?」

 ちょうど空いていた席を見つけて、シェリルは隣に座っていた人物に声をかけた。

「……ええ、どうぞ」

 そこにいたのはヴィヴィアンだ。その隣にはパティ、向かいにモリーとエイミーが座っている。

「今日も食堂は混んでるんですね」

「ちょっと! ヴィヴィアン様に気安く話しかけないでくださる? あなたは友人でもなんでもないでしょう!」

 にこにことヴィヴィアンに話しかけたシェリルにすかさず答えたのはパティだった。立ち上がりそうな勢いでシェリルを睨む。

「友人でなくても世間話くらいはすると思うけど……」

「馴れ馴れしいと言っているのよ!」

 きゃんきゃんと犬のように吠えるパティが隣にいてヴィヴィアンはうるさくないのだろうかとシェリルは思った。

 普段からべったり一緒というわけではないようだけど、この騒がしさはシェリルならちょっと嫌になる。

「パティ、少し静かにしなさい。食事中でしょう」

「はい! 申し訳ございませんヴィヴィアン様!」

(やっぱりうるさかったのね……)

 そして返事もまたうるさいので、シェリルは苦笑した。

 ヴィヴィアンは表情を変えることなく、音もたてずに優雅にスープを飲んでいた。お手本みたいな姿にシェリルも少し背筋が伸びる。

「だいたい、子リスみたいなあなたはヴィヴィアン様に不釣り合いなのよ。近づくことすら許されないわ」

 パティもマナーは完璧なのだが、彼女は口を閉じるということがなかなかできないらしい。声量はおさえめになったものの、シェリルへの小言はなくならない。

「いつも思うんだけど、パティのその『子リス』は貶してるつもりなの?」

 どう考えても貶しているようには聞こえないので、シェリルはいつも反応に困るのだ。

「リスねー。かわいいよねリス。確かにちょっとシェリルっぽいなぁ」

「そう?」

 リタがサラダをつつきながら笑う。

 子リスっぽいなんて面と向かって言ってきたのはパティが初めてなので、リタにも同意されるともしかして本当に似ているのだろうかと信じてしまいそうになる。

(リス……かわいいし、わたしは好きだけど)

 喜んでいいのか悩ましい。

「ちっちゃくて、ちゃこまかしてる感じがシェリルに似てる」

「……ねぇリタ、それは褒めてくれているの?」

「褒めてる褒めてる。めっちゃ褒めてる」

 褒められている気になれない。相手がリタだからバカにしているのではないとわかるけど、シェリルをからかっている可能性は十分にある。

「私は子リスだろうと子ウサギだろう、鬱陶しいという話をしているのよ」

 子リスの次は子ウサギ。パティは悪口を考える才能がないのかもしれない。

「パティはこう言っていますけど、わたし、ヴィヴィアン様に嫌われてます?」

 思い切って始終無言だったヴィヴィアンに話しかけた。エイミーは食べることに夢中だし、モリーはびくびくとしているから二人が会話に参加しないのはいつものことだ。

「……好きか嫌いかわかるほど接してもいないと思うのだけど」

「そうですね」

 ヴィヴィアンがクライヴに栞を渡していた時に遭遇してから一ヶ月ほどが経っているが、こうして昼食で近くの席に座るようになったのはここ半月ほど。

 当然、ヴィヴィアンたちと約束しているわけではないので、毎日というわけにはいかない。回数にしてまだ両手で十分に足りる程度だ。

「でもわたしはけっこう好きですよ、ヴィヴィアン様のこと。白黒はっきりしていて気持ちがいいです」

 シェリルのまっすぐな好意に、ヴィヴィアンの青い瞳がまあるくなる。まさかここまではっきりと『好き』だと言われるとは思っていなかったのだろう。

「……そうね、わたくしもあなたのことは嫌いではないわ」

「本当ですか? それなら嬉しいです」

 えへへ、と少し照れながら笑うシェリルにヴィヴィアンも微笑み返す。

 シェリルの裏表のなさが心地いい。

 ああだから、彼はこの子を大切にするのだろうなと納得してしまうほど。




 物憂げな秋は足早に過ぎていく。

 朝晩の寒さに、そろそろ冬の足音が聞こえてくるかもしれないと思うほどだ。

 その日ヴィヴィアンはいつもより少し遅くに食堂に着いた。直前の授業の後片付けがあったのだ。

「ヴィヴィアン様! 席をとっておきましたわ!」

 ヴィヴィアンの姿を見つけたパティが誇らしげに確保していたテーブルにヴィヴィアンを呼ぶ。大きめのテーブルは六人分の席がある。

「……パティもあの二人のことけっこう好きよね?」

 きっちり六人分、席は確保されている。シェリルたちはまだ食堂にやって来ていないようだ。

 くすりと笑うヴィヴィアンに、パティは顔を真っ赤にして動揺する。彼女は本当に顔に出やすい。

「な、何をおっしゃっているんですか!? 私は別に……!」

「あら、わたくしの気のせいかしら。キープしている席が二つほど多いみたいだけど?」

 意地悪かと思いながらも、いつもならすかさず切り込むエイミーが食事を注文しに行っているので仕方ない。

「そ、それは! 普段はちょこまかしているくせにこういうときはノロマなので……! そ、そう! 恩を売っておこうと思っただけですわ!」

「パティのこれまでやってきたことを考えれば売るほどの恩にはならないと思う」

 小気味いいほどの斬れ味でパティをばっさり切り伏せたエイミーはトレイにたくさんの食事をのせて戻ってきた。その三分の一も食べないモリーに少しわけてあげるべきでは、というほど山盛りだ。

「あ、ヴィヴィアン様! パティ! 今日も一緒に食べてもいいですか!」

 手を振りながらやってきたシェリルに、ヴィヴィアンは微笑む。

「ええ、どうぞ。パティが席をとっておいてくれたの」

「え、本当に? ありがとうパティ!」

「え、う、お、お礼を言われるほどのことじゃありませんわ! ついでです! ついで!」

 つん、とそっぽを向きながらパティはあくまでもシェリルのためではないと主張したいらしい。

「はいはい、庶民臭くなって申し訳ありませんねぇ」

 ヴィヴィアンには聞こえない程度の声量でリタがパティに告げると、面白いくらいにその顔色は青くなる。

 リタもしつこく根に持っているわけではないが、パティに言われたことを忘れたわけではない。にっこりと微笑みながらリタはカタログを取り出した。

「ところで、冬物のオススメ商品があるんですけど食べながら紹介してもよろしいですかね?」

「え、ええ、もちろん、聞きますわ。聞きますとも!」

 ちゃっかり顧客を獲得しているリタの商売魂に心の中で拍手を送りつつ、シェリルはヴィヴィアンと共に注文へ行く。

 隣に立つと、どれほどヴィヴィアンが注目されているのかよくわかった。男女どちらにとっても目を引く美しい令嬢だ。

「ヴィヴィアン様がパティたちと仲が良いのって、ちょっと意外だなって思うんですけど、どうやって知り合ったんです? 親戚とかではないですよね?」

「ええ。でも実はけっこう幼い頃からの付き合いなの」

「そうなんですか?」

 シェリルは驚いて目を丸くした。ヴィヴィアン様、と呼んでいるくらいだから付き合いはそう長くないものと思っていた。

「昔からわたくしは友人ができなくて。八歳くらいだったかしら。ガーデンパーティでパティが女の子たちの輪に入れずにいたモリーとエイミーに構っているのを見て、わたくしが思い切って声をかけたのよ」

「ヴィヴィアン様は人望もあるから、友達もたくさんいるのかと……」

 教師からも信頼されているし、ヴィヴィアンを頼る女子生徒も少なくない。友達がほとんどいない点ではシェリルと同じでも、理由がまるっきり違う。

「お知り合いは多いわね。でも皆さんどこか距離があるから……」

(それはあまりにも高嶺の花すぎて緊張しているんじゃないかな)

 ヴィヴィアンは親しみやすいかと言われたら否と答える人は多いだろう。

 美しい外見に加えて中身まで完璧となれば、誰だって話しかけるのには勇気がいる。

(でもそっか、友達がいらないってわけじゃないのか)

 あえて交友関係を広めずにいるのかもしれないなんて思っていたけど、そういうわけではないらしい。ヴィヴィアンはシェリルが思っていたより不器用な人なのかもしれない。

「じゃあわたしとも友達になりましょう」

「え?」

 シェリルと目を合わせて、ヴィヴィアンは何度か瞬きをする。

(え、この反応はあまりよくない感じなの!?)

「え、えっと……ダメですか? そりゃパティの言うとおりわたしはいろいろと規格外ですけど、でも最近は大人しくしているんですよ?」

「え、いえ、ダメではないけど、あなたはいいのかしら」

 ヴィヴィアンの可愛らしい返答に、シェリルは思わず笑ってしまう。

「よくなかったら自分から友達になりましょうなんて言うわけないじゃないですか」

「ふふ、それもそうね」

 つられて笑い出したヴィヴィアンと一緒にくすくすと笑い合う。周りはなんだと視線を送ってきていたけど、二人は不思議とまったく気にならなかった。

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