第7話

***

 武広さんを拘束しバリケードを築いたぼくたちは、それぞれの部屋に戻った。犯人らしい人物を捕らえても、やはり完全には安心できないということだろう。

 ぼくと薫は外に出て、絵美さんと武広さんの部屋の真下を調べることにした。スマートフォンのライトで地面を照らしてみる。上から見たとおり、ベランダの破片や凶器などは見あたらない。

「……」武広さんと絵美さんの部屋のベランダを照らしてみる。夜にもかかわらず、ベランダの欠けは大いに目立つ。昼に見たときにはあんなふうにはなっていなかった頭だ。

 熱心に取り組むぼくとは対照的に、薫はホテルの出入り口の方を向いて立っている。

「『君も探したらどうなんだ?』って顔」背中を向けたまま薫が言う「焦りすぎてバカになってるね、執一くん。今、わたしたち絶好の標的なのに」

「……きみの語る犯人の武広さんは上で捕まってるじゃないか」

 薫はこちらを向き、

「本気で言ってる?」と微笑む。

「……」

と、そのときぼくらの目の前の部屋の灯りがともり、藤山老人が窓を開ける。

「ああ……いったいどなたかと思いました」とぼくらだとわかりほっとした感じに息をつく。

藤山老人の肩越しに見える部屋は、紙の書類であふれかえっている。

「外部との連絡はとれたのですか?」ぼくは老人に尋ねる。

「いえ」

「あなたの部屋に電話があるのでは?」

「いえ、電話ではなく、無線でございまして……あちらの応答する側の人間がいないことには、どうにも……」

「いつ頃、連絡が取れるのですか?」

「明日の、朝7時から9時頃には」

「なるほど……」

 ぼくと薫は、藤山老人と別れ、自室に戻った。

 横になる前に、ドアに侵入者に備えて仕掛けを施した。ひもと椅子をくくりつけただけの簡素なものだったが、ドアノブが動けば、もの音がする。侵入者を察知するには充分だろう。

 疲れが溜まっていたのか、ぼくは不覚にも少し寝てしまった。だが、腹の中で悶々とするなにかが、ぼくを短時間で目覚めさせた。

 そよ風が、部屋の中に向かって吹いている。開け放たれた窓の向こうを見やると、薫が、ベランダに顔を乗せて下を見ていた。その様子は、亡くなった絵美さんとよく似ていた。

 ぼくの覚醒に気がついて薫が、

「おはよう、執一君」振り返った薫目の下にはくまができていた。「まだ寝てて良いよ」

「……徹夜したのか?」

「ドアが封じられてるなら、『もう一人』がなにかするならこっちからでしょう?武広さんを助ける場合も。だったら、しっかり監視しておかないとね」そう言って、肩をすくめる。

「……薫」

「なあに?」

「きみ、武広さんを殺すつもりだな?」

「うん。そうだよ」

「正確には……、他のヤツらに殺させようとしてる、か」

「武広さんは、犯人の一人である可能が高い。なら、きちんと処理しておかないと。本当は昨日のうちに済ませておきたかったんだけど、普通の人たちだからね。しっかり時間をかけないと」

「武広さんが犯人じゃない可能性だってあるじゃないか」

「そのときはそのときでしょう?」薫はさも当然のことのように言う。

「……」

「どうしたの?」

 ぼくは息を吸い、吐く。

「何が言いたいの?執一君」

 ……薫は、順調に状況をコントロールしているように思える。このまま彼女の後をついていく方が、ぼくも彼女も安全でいられるかもしれない。

 だがそれは、恐怖のあまり、強い個性にすがっている連中と、何も変わらない。

 薫が目指す先は、ひたすらに不毛な、なにも無い荒野だ。それがわかっているのは、ぼくだけだ。ならばこのまま、なにもしないで終わるわけにはいかない。

 責任と、反感と――

「きみに、おんぶにだっこは、気にくわないんだよ」

「へえ」すべてを見透かしている目だった。

「きみの推理は、あのとき起こった揺れと、ベランダの欠けを説明してない。ぼくはぼくで、犯人を見つけ出してみせる」

「わかった」薫はにっこりと笑みを浮かべる。「がんばってね、執一君」

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