第21話 楽しいお正月―初夢を見損なった?

今年の年末年始は二人で過ごすことになる。僕は28日(月)が仕事納めで29日(火)から年末休暇に入り、仕事始めは1月4日(月)からなので6日間の長期休暇になる。久恵ちゃんはもう学校が休みになっていて家事に精を出してくれている。


久恵ちゃんは綺麗好きなので、汚れているところが少しでもあると気に入らないみたいで、丁度良い機会だとキッチン、リビング、ベランダ、浴室、トイレ、玄関などあらゆるところの大掃除を毎日していた。僕が休みになると、僕の部屋の大掃除をさせられた。


僕はここを購入して以来、大掃除なんかしたことがなかった。僕もどちらかというと綺麗好きだから、目に見えるところに汚れなどあるとその都度すぐに綺麗にしていた。トイレももちろん毎週掃除していた。


でも久恵ちゃんに指摘されてよく近づいてみると、汚れが溜まっている。「だから、中年の独身男は不潔と言われるのよ」と手厳しい。


僕は久恵ちゃんがここへ来てからアルバイトをさせなかった。学校へ通って、家事をして、その上アルバイトなんて休日に限っても到底できないのは分かっていた。


身体でも壊したらそれこそ大変だし、兄貴に申し開きできない。それよりも休日は二人でゆっくり過ごしたかった。


そのかわり家事のお手当として毎月2万円を渡していた。そう提案した時には受け取らないと言っていたが、衣服や化粧品を買ってお洒落して僕のために綺麗でいてほしいと言ったら、それならと受け取ってくれた。


お手当は言われたとおりに使っているようで、いつも可愛い身なりでいてくれている。それを見ているだけで十分に元が取れていると思っている。


「お正月用におせち料理を作る」と言って30日に買い出しに付き合わされた。「ママがいつも作っていて私に作り方を教えてくれていたので作ってみたい」と言っていた。


◆ ◆ ◆

「そろそろこちらへきて一緒にテレビをみないか?」


「これですべて出来上がりです。年越しそばを作りました。それに作ったお節を食べてみてください」


座卓に天ぷらそばと小分けしたお節料理が並んだ。僕は買ってきておいた日本酒を冷蔵庫から出してきて、小さなグラスを2個用意した。


「せっかくだから、お酒も飲んでいい。こんなに美味しそうなつまみもあるから」


「ゆっくり飲んでください。お酒に合えばいいいけど」


「久恵ちゃんもどう?」


「酔っぱらってしまいそうだから、止めておきます」


今日は飲まないときっぱり断られた。僕も飲みすぎないようにほどほどにした。日本酒は後で回るから注意しないといけない。


テレビを見ているとあっという間に12時になっていた。テレビからは除夜の鐘の音が聞こえる。久恵ちゃんが立ち上がってベランダに出た。


「除夜の鐘が聞こえないかな?」


「どう聞こえる?」


「聞こえない」


「前のお家では聞こえたのに」


「この近くにお寺はないと思う。テレビの音で我慢して」


「それなら初詣に行こう」


「今から?」


「テレビでは皆、初詣をしているから、私もしたい。一昨年は3人で近くの神社へお参りに行ったから」


「ここなら洗足池まで行けば神社があってお参りできるけど、どうしても行く? 明日の朝じゃだめ?」


「すぐに初詣に行きましょう。二人で」


久恵ちゃんにせがまれたら抵抗しないし、できない。すぐに出かける用意をする。紺のダウンジャケットに久恵ちゃんのプレゼントのマフラー、言われないうちに若向きの派手な柄を表にしてする。


久恵ちゃんも僕に合わせて赤のダウンジャケットにシルクのオレンジ色のマフラー、それに僕がプレゼントした紺のブーツを履いた。


歩いて行くことにした。外へ出ると冷気を顔に感じる。久恵ちゃんはすぐに腕を組んで身体を寄せてくる。悪くない。いい感じだ。


神社の前まで来るとこの時間なのにすごい人出だ。もうすでに長い行列ができている。並んでいると前へ進むので10分ほどでお参りができた。2礼2拍手1礼でお参りを終えた。


「おみくじを引きたい」というので、久恵ちゃんが代表して引いてくれた。「末吉」だった。


「末吉って、後々良いというけど」


「そのとおり、今は悪くてもこの後良くなるということ」


「今も結構いいから、この後はもっといいことがあるということね。安心した」


「今も結構良いって思っている?」


「当り前でしょう。こんないい生活をさせてもらって、それにとっても楽しいし」


「そう思ってくれているのなら言うことはない。じゃあ帰ろう」


帰りも腕を組んで帰ってきた。まるで恋人同士みたいだった。マンションに着くとさすがに久恵ちゃんも疲れたみたいで、お風呂には入らずにすぐに寝たいという。僕も疲れたので、そのまま寝ることにした。


◆ ◆ ◆

キッチンで音がするので目が覚めた。外はすっかり明るくなっている。時計はもう10時を指していた。


「おはよう、いや、明けましておめでとう」


「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」


「こちらこそ。何時に起きた?」


「9時、今起きたばかりです。昨日の後片付けが終わったばかりで、これから準備します」


「ゆっくりして、朝昼兼用でいいから」


「そのつもりです。お雑煮とお節でお願いします。お餅はいくつですか?」


「3つでお願いします」


顔を洗って身繕いをすませると、すっかり座卓に準備がされていた。お雑煮とお節をゆっくり味わって食べていると、久恵ちゃんがまた初詣に行きたいという。


今度は明治神宮へ。いつもニュースに出てくるので一度行ってみたいと思っていたそうだ。それで午後から出かけることにした。


原宿駅を降りるともうすごい人出だった。こんなに人が多いとは思わなかったと久恵ちゃんが言った。


「テレビに映るのは拝殿前だけだから、こんなに人が多いと今分かった」


確かに想像を絶する人出だった。でも久恵ちゃんは文句も言わずに僕の腕につかまっている。二人は少しずつ前進していった。ここまであんなに長い時間かかったのにお参りはあっという間に終わった。後ろが続いているのでゆっくりできない。


帰りに久恵ちゃんはまたおみくじを引きたいと言った。


「また、引くの?」


「もっと、良いくじが出るかもしれないから」


「昨日は末吉で満足していたのに、凶が出るかもしれないよ」


「縁起の悪いこと言わないで」


怒らせてしまった。でもやっぱり引いた。


「やっぱり、末吉だった」


「そうなると思った。僕は昔おみくじを引いて凶が出たことがあった。それで縁起が悪いからもう一度引いたらやっぱり凶だった。もう、ぞっとした。それからおみくじは2度と引かないことにしている」


「それで私に引かせていたの?」


「そういう訳でもないけど」


「それでその1年は悪いことはあったの?」


「まあ、それもあって気を付けていたので何事もなく1年が過ぎた」


「当たっていなかった?」


「引かなければ注意しなかったから何かあったかもしれないけど、注意していたからか無事何もなかった。それで凶は出るとよいと言う人もいる。それに凶は最悪なので次に引くときは良くなるから」


「でも、その次も凶はありえるね」


「だから、それからは引かないことにしている」


「結構、信心深いんだ」


「毎日、毎日、気を付けて、一生懸命に生きればいいことだし、神様だけが知っていればいいことを僕が知る必要はないと思うようになったからね」


「私もおみくじはもう止める。せっかく末吉が出たのだから」


◆ ◆ ◆

帰りはスムースに帰れた。「どこかで初売りの福袋でも買おうか?」と誘ってみたけど「私は福袋を買わないことにしている」とそっけない返事だった。


「どうして?」


「福袋はお得かもしれないけど何が入っているか分からないし、必要ないものも入っているかもしれない。欲しいものを欲しい時に買えばいいから、無駄な出費はしたくありません」


久恵ちゃんはしっかりしていて堅実だと感心した。


マンションに着くと案の定、久恵ちゃんはブーツを脱ぐとトイレに駆け込んだ。短いブーツにしてやっぱり良かった。


人ごみの中を歩いてきたせいか、マンションに戻るとどっと疲れが出た。久恵ちゃんは「夕食はお節を食べて下さい」というので、お節を二人で食べた。お節も飽きてきたので、明日は何か作るという。


二人はお風呂から上がるともう眠くてしょうがない。「おやすみ」といって部屋に入って眠りに落ちた。


◆ ◆ ◆

次の朝、二人が目覚めたのは9時を過ぎていた。


「おはよう。初夢どうだった?」


「初夢?」


「見なかったの?」


「ぐっすり眠れて目が覚めたら朝だった」


「実をいうと僕もみなかった」


「昨日は初詣に行って疲れ過ぎました。来年は初詣に出かけるのはやめましょう」


「でも年が明けて初めて見る夢が初夢だから、今夜を楽しみにしよう」


「そうね、今夜も早めに寝ましょう」


これじゃあ、あっという間に三が日が過ぎていく。

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