第20話 クリスマスプレゼント—思い出の赤いブーツと新しい青いブーツ

もうクリスマスが近くなってきた。光陰矢の如し、時の経つのは早い。久恵ちゃんとの楽しい生活が続いているからそう感じるのかもしれない。もう少しゆっくり時間が過ぎていってほしい。


クリスマスが終わると新年、また歳を取る。まあ、二人とも同じように歳を取るので歳の差が開いてゆくことはない。縮まるに越したことはないけどそれは無理だ。


歳の差は相対的なものかもしれない。幼いころは1歳の歳の差は大きい。僕が大学を卒業するとき久恵ちゃんは僅か5歳だったことになる。とても今のように対等、いや僕がたじたじになるように話などできなかっただろう。


でも歳をとるうちに歳の差を感じなくなるようになってくる。僕は今39歳だけど、同じ部で29歳の男性社員がいるがこれが優秀で仕事が良くできる。10歳も年下だけど仕事は僕と同じようにこなしている。敬意は払ってくれているが議論は対等にしてくる。高齢になればなるほど歳の差なんて個人差の中に埋没してしまうものなのかもしれない。


クリスマスはどうしようかと久恵ちゃんに聞いてみる。


「外食すると高くつくので私がクリスマスの料理を作ります。ケーキを買ってもらえればそれで十分です。それに家でした方が落ち着くし、ゆっくり二人でクリスマスを祝いたい」


僕は久恵ちゃんと二人でどこかのホテルのメインダイニングでの夕食を考えていた。意外な返事でがっかりした。でもここで二人っきりも悪くない。


「クリスマスプレゼントは何がいい?」


「お誕生日に高価な指輪を買ってもらったのでクリスマスプレゼントは必要ないです」


「クリスマスはクリスマス、誕生祝いとは関係ないから」


「じゃあ、冬のブーツを買ってください」


「ブーツ?」


「みぞれが降っても、雪が降っても歩けるブーツ、安いものでかまいません」


「分かった」


「一緒に買いに行く?」


「選んでいただければそれでいいです」


「サイズは確か23㎝だったね」


「そうです」


「そういえば、久恵ちゃんは赤のブーツを持っていなかった?」


去年の兄夫婦のお葬式の時、久恵ちゃんが濃い赤のブーツを履いていたのを思い出した。お葬式の時に赤いブーツが不釣り合いだったので覚えていた。


「あのブーツ、もう履きたくないんです」


「どうして?」


「あの赤いブーツは前の年の崇夫パパからのクリスマスプレゼントだったんです。短大生になったので、もう少しおしゃれしてほしいと言って。それまではゴムの赤い長靴を履いていましたから」


「兄貴からのプレゼントだったのか。それで分かった。お葬式の時に履いていた訳が」


「あの事故の日、私はその赤いブーツを履いて友達と町へ出かけました。出がけにパパがそれを見て、嬉しそうに『似合っている』と言って送り出してくれました」


「そうなんだ」


「パパから今年のクリスマスプレゼントは何がいいと聞かれていましたが、あれが最後のクリスマスプレゼントになりました」


「だから、もう履く気になれないの?」


「あの時の嬉しそうな顔が忘れられません。だから大切に箱に入れてしまってあります」


兄貴の貴重な思い出の品か? 僕からすると早く履きつぶして兄貴のことは忘れてしまった方がいいと思うけど。これは嫉妬? かもしれない。


「分かった。今度は僕が久恵ちゃんに似合うブーツを選んでプレゼントしよう」


◆ ◆ ◆

あの約束の日から僕は会社を早めに退社してデパートなどの婦人靴売り場を見てまわった。なかなか気に入ったブーツが見つからない。丈も長いものから短いものまで様々だ。


長いものは久恵ちゃんに向かないと思っている。これまでも久恵ちゃんが外から大急ぎで帰ってきて、玄関を入るやいなや、トイレに駆け込むのを何度も目撃している。


長いブーツはすぐには脱げないから、大変なことになりかねない。それが目に浮かぶ。それもありかな、面白そうだなと思うけど、絶対にやめよう。履かなくなると困る。やはり、すぐに脱げる短いものにすべきだ。


色は? 赤も深い赤からエンジなどいろいろあるけど、兄貴と張り合うようだから赤系はやめよう。そうすると黒? 無難だけど地味で面白みがない。茶系? オバサン臭い。難しい。


紺色のすっきりしたデザインのブーツが目に入った。深い青と言っていい。これならと思った。丈も短いのですぐに脱げる。サイズもぴったりだ。すぐに買い求めた。プレゼント用に包装もしてもらった。


気に入ってもらえるといいけど。持って帰って部屋のクローゼットにしまっておいた。クリスマスの1週間前だった。これで久恵ちゃんと二人だけの初めてのクリスマスが迎えられる。


◆ ◆ ◆

今年のクリスマスイブは木曜日、クリスマスは金曜日だから23日水曜日の祝日に早めのクリスマスをすることになった。


小さなクリスマスツリーが12月のはじめごろからリビングの端の台の上に飾られていた。これだけでもクリスマスの雰囲気が出るから不思議なものだ。


朝のうちに二人でスーパーへ買い物に出かけて料理の材料を仕入れてきた。久恵ちゃんのためにノンアルコールのシャンパンも1本買ってきた。


それからケーキは駅の近くのケーキ屋さんで、いわゆるクリスマスケーキはやめて、ショートケーキを2個ずつ、それぞれの好みのものを選んで買った。


久恵ちゃんはそれぞれを半分ずつ食べれば、4種類も食べられると言うのでそうした。確かに合理的だ。ついでにローソクを仕入れた。それぞれに1本ずつ立てることにした。


3時過ぎから久恵ちゃんは料理に取り掛かった。メインは鶏料理で若鳥の照り焼き、サーモンのカルパッチョ、生ハムとチーズの野菜サラダ、それにポタージュスープという。「雰囲気だけ出ればいいでしょう」というのが彼女の言い方だった。


確かに僕たちはキリスト教徒でもない。これでクリスマスの雰囲気を楽しめれば十分だ。二人ならこれで十分過ぎるほどだ。まして、こんなクリスマスは初めてだ。その方に価値がある。


4時過ぎには準備がすっかり整った。もう暗くなってきているので始めることになった。


座卓の上に準備した料理、シャンパン、ケーキがすべて並んだ。こうすればもう久恵ちゃんが立つ必要もない。ジャンパンの栓を抜いてグラスに注ぐ。そして乾杯!


久恵ちゃんはすごく楽しそう。すぐに「これ食べてみて」「どう?」と聞いてくる。美味しいに決まっている。黙って食べていると「美味しい?」とまた聞いてくる。


「返事できないくらいに美味しい」というと気が済んだのか、自分も食べて頷いている。


「ポタージュスープも美味しいね」


「色々混ぜたから味に深みがあると思うけど」


「これまた作ってくれる」


「気に入ってもらえたのならいつでも作ります」


料理を食べ終わったころ、外はすっかり暗くなっていた。ケーキに蝋燭を立てて火を点す。部屋の明かりを落とす。


蝋燭を見ている久恵ちゃんの表情は明るい。あれから1年経ったけど、ようやく立ち直れたようで安心した。僕の顔を見てニコッと笑う。僕は幸せな気持ちでいっぱいになった。


「吹き消して」


「しばらくこうして見ていたい」


久恵ちゃんも感慨深げに蝋燭の火を見ていた。


「蝋燭もいつかは燃え尽きてしまうのね」


1/3ほど燃えたところで1本1本ゆっくり吹き消していった。


真っ暗になったのですぐに部屋の明かりを点けた。久恵ちゃんが泣いていた。


「どうしたの」


「こんな幸せ、いつまでも続かないのね」


「続くさ」


「明日のことなんて分からない。でも今は確かにあるから今を大切にしたい」


「そうだね」


久恵ちゃんの気持ちが沈んできたので、すぐに話題を変える。


「プレゼントを受け取ってほしい。気に入るか分からないけど、リクエストにはお答えしたつもりだけど」


そう言うと部屋に行ってクローゼットに隠してあったプレゼントの箱を持ってきた。久恵ちゃんも部屋に行ってプレゼントを持ってきた。僕のために買っておいてくれたんだ。何だろう? プレゼントを交換する。


「まず、私のから開けてみて」


薄い箱の中はシルクのスカーフだった。とてもセンスがいい。


「そのスカーフ、リバーシブルで、両方のデザインが好きだけど、私と歩くときはその青と水色の柄にしてほしいの、若く見えるから。会社へ行くときは反対側のシックなデザインにして」


「分かった。そうする。ありがとう。こんなスカーフが欲しかった。ウールのマフラーは外ではいいけど、暖房が効いている電車の中だと暑苦しいから」


「気に入ってもらえてよかった。お小遣いをためたかいがあった」


「僕の選んだブーツも見てくれる?」


「ええ、本当に買ってくれたの、ありがとう」


すぐに開けてみてくれた。


「すごくいい色。派手過ぎず、地味過ぎず、センスいい。履いてみていい?」


ソファーに腰かけて、足を入れる。立って2、3歩歩く。


「でもいつでも履いてくれるね」


「二人で出かける時しか履きません。一人で履いて出かけて、パパに何かあるといけないから。二人なら一緒に事故にあっても思い残すことはないから」


もう、言葉が出なかった。あんなに明るく振舞っているのに、あの事故から完全に立ち直れていないことがはっきりと分かった。何とか癒してやらないといけない。そう誓ったクリスマスだった。


次の日、僕はプレゼントにもらったマフラーを言われたとおりにシックなデザインを表にして会社へ出かけた。首元が暖かいけど、心はもっと温かい。

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