第二話 コーヒーシュガー〈3〉
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「使うのはこのカップと砂糖だ。好きなだけ調べろ」
数分後、悠貴がブレンドコーヒーを片手に言った。
向かいに座る美久の前には、ソーサー付きのティーカップと小皿が一枚。
小皿の上にはコーヒーシュガーと白糖の角砂糖が一つずつある。
美久が調べ終えるのを待って、悠貴はティーカップを取った。美久に見えないようにカップの中に何か入れ、カップをソーサーの上に伏せた状態でテーブルに戻す。
「今からお前に角砂糖かコーヒーシュガーのどちらかを選んでもらう。このカップの中にはお前が選ぶのと同じ種類の砂糖が入っている」
「そんなことできるはずないよ。私はまだ選んでもないんだから」
「いいから、好きな方の砂糖を選べ」
また偉そうなんだから……。
美久は内心で文句を言いつつ、小皿に目を向けた。
向かって左にコーヒーシュガー、右に角砂糖だ。考えるほどでもないので目についたコーヒーシュガーを手に取った。
すると、悠貴が口の
「ほらな。それを選ぶと思った」
カップが持ち上げられると、ソーサーの上にはコーヒーシュガーがあった。
美久は驚きに目を丸め、慌てて表情を引き締めた。
「こっ、こんなの偶然だよ、二択だし!」
「じゃあ難しくしようか」
悠貴は落ち着き払って言うと、テーブルに備え付けられたトレイからスティックタイプのダイエットシュガーを二本取った。
一本を紙ナプキンと一緒に美久に渡し、もう一本を自分の手元に置く。それから砂糖とティーカップをテーブルの下にひっこめると、先程と同じようにカップを伏せた状態でテーブルに戻した。
「要領はさっきと同じだ。好きな物を選んで紙ナプキンの上に移動させろ。もっとも、お前が何を選ぶか俺にはもうわかってるがな」
自信に溢れた悠貴の態度に、美久は少なからずたじろいだ。
こんなのハッタリだよ、ハッタリ……。
そう自分に言い聞かせ、テーブルに視線を戻した。
砂糖は、コーヒーシュガー、角砂糖、スティックタイプの三つだ。
美久は散々迷って、角砂糖を紙ナプキンの上に置いた。
「角砂糖でいいのか? 意見を変えるなら今だぞ」
「いっ、いいよ、このままで!」
悠貴は紙ナプキンの横にティーカップを寄せると、「開けろ」と美久を促した。
美久は慎重にカップを持ち上げ、一瞬呼吸を忘れた。
「……なんで?」
ソーサーの上には正方形に整った砂糖があった。純白の角砂糖はまるで宝石のようにきらきらと輝いていた。
カップに仕掛けがない事は確認済みだ。
そもそもカップも砂糖も店にあるものだし、悠貴は美久が砂糖を選ぶ前に触ったきり、どちらにも触れていない……。
一度じゃなくて二度までも。しかも今度は三択だったのに。こんなこと偶然で起きない、こんなことふつうの人にできるはずない。
「悠貴君、君って本当に魔法が使えたりするの……?」
恐る恐る尋ねると、悠貴が鼻でせせら笑った。
「バカか。これは典型的なマジシャンズセレクトだ」
「マジシャンズ……、何?」
「自由な選択
どうしよう、説明聞いたのに全然わかんない……!
美久が冷や汗をかいていると、幸いにも悠貴が解説を始めた。
「今の砂糖の三択で説明すると、俺はお前に角砂糖を選ばせたかったわけだが、実のところお前が何を選んで紙ナプキンの上に置こうがどうでも良かったんだ」
「え?」
「仮にお前が角砂糖じゃなくてコーヒーシュガーを紙ナプキンに置いたとする。その場合、俺はこう言ったはずだ。『せっかく選ぶチャンスをやったのに、自ら選択肢を狭めたな』ってな。そう言ってナプキンを端に寄せ、皿に残った角砂糖とスティックタイプの二択に持ち込む。そこで改めてお前に角砂糖を選ばせればいい」
「え……、ええっ??」
「じゃあ訊くが、俺がいつ紙ナプキンの上に置いた物が正解だと言った?」
「でも、それで三択から二択になったとして、私が角砂糖を選ぶとはかぎらないよ? スティックの方を手に取るかもしれないし」
「だから誰が手に取った方が正解だと言ったんだ? そうなったらテーブルに残った角砂糖を指して、これを選ぶと思っていたと言うだけだ」
確かに悠貴は『選べ』とか『分けろ』とは言ったが、『何をどうしたら正解』だとは言わなかった。それこそ手に取った物が正解だとか、テーブルに残っている物が美久の選んだ物だとも決めていない。
「お前は考えながら手を動かす事で、さも自分が物事を決めているように錯覚していただけだ。その意味は俺が決める」
ようやく理解が追いついて、美久は目を丸めた。
「ずるい! それって何を選んでも悠貴君の思いどおりだったってこと!?」
「それがマジシャンズセレクトだ」
「じゃあ最初も!? 私が何を選んでもコーヒーシュガーが正解だって思い込ませるつもりだったんだ!」
「いいや、お前は絶対にコーヒーシュガーを選んだね」
「また適当なこと言って!」
「人の視線は左から右に動くんだよ。結果、左にある物から手を出す傾向が強い。自動販売機でもよく左上の商品が売り切れてるだろ。同じ商品が並んでる場合も左の商品からなくなる。文字を書く時に左から書き出すからとか、道路が左側通行だからとか諸説あるが、要はそういう習慣が染みついてるという事だ。
「な……っ! 超能力全然関係ないじゃない!」
「俺は占い師と同じ事ができるとしか言ってない」
勝手に勘違いしたのはお前だろ、と切り捨てて悠貴はほくそ笑んだ。
「さて、約束は約束だ。一週間、きっちり無給で働いてもらおうか」
ひどい、こんなの詐欺だ。
そう思うが、反論のしようがない。
ぐうの音も出ず美久が唇を噛み締めていると、助けは思わぬところから入った。
「だめだよ、悠貴」
カウンターで後片付けをしていた真紘が、穏やかだがきっぱりとした口調で言った。
しかし悠貴も引かなかった。
「いいんだよ。こいつがバカだから悪いんだ。そのうち詐欺師にカモられる事を考えれば、勉強代として安いぐらいだ」
「だけどゲームなんだろう? だから今度は悠貴が当てられなきゃ」
何を言い出したとばかりに悠貴が顔をしかめると、真紘は朗らかに言った。
「今のゲームは悠貴が全部答えを知っていたから、今度は小野寺さんがルールを決めて、その状態で同じゲームをしたらいいと思うんだ」
「何でそんな事しなきゃいけないんだ?」
「ゲームってそういうものだろう? フェアじゃなきゃ」
悠貴は
悠貴は顔を動かさず視線だけ美久に向けた。
「どうする? 何をやったところでお前が俺に敵うとは思えないけどな」
「や、やるよ!」
「じゃあ、俺が勝ったらタダ働きは二週間だ」
「なっ!?」
「当然だろ、俺の貴重な時間を割いてお前にチャンスをやるんだから」
何よその言い方──!
そう思ったが美久はぐっと堪えた。
このまま黙って引き下がったところで、どうせ一週間はタダ働きだ。どんなに確率が低くてもやるしかない。
「わかった。いいよ、その条件で!」
【次回更新は、2019年8月5日(月)予定!】
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