第一話 ホットミルク
第一話 ホットミルク〈1〉
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美久は男に肩を掴まれたまま、唖然として横を見上げた。
少し癖のあるさらりとした黒髪に、均整の取れた顔立ち。繊細なフレームの眼鏡と背筋の伸びた姿勢が知性と気品を漂わせる。まさに非の打ち所のない美少年だ。
夢で見た、王子様──。
そんな単語を思い浮かべてしまう自分に
夢じゃなかったんだ……。ものすごく奇麗な男の子に出会ったのも、助けてもらったのも、ゴミ捨て場に放り込まれたのも、全部現実。……ていうか。
犯人コイツじゃない──!!
「ご依頼内容を伺いたいので、ひとまず手を離されてはいかがですか?」
男は目を瞬き、ぎょっとした様子で美久から手を引いた。
「すみません! そんなつもりじゃあ……!」
「ああ、
謝罪は美久に向けられたものだったが、少年は勝手に答えて男をテーブル席へ案内した。それからカウンターへ戻って来ると、グラスに水を注いで何事もなかったように美久の横をすり抜けた。
「ちょっとー! 待ちなさい!」
美久が呼び止めて初めて少年の足が止まった。
「何だ、まだいたのか」
「なっ、失礼だよ!? 君は誰なの、なんでここにいるの!」
「それは俺の
「湧いてません!」
少年は「へえ」と実にどうでもよさそうに呟いて踵を返そうとした。
「こら、待ちなさいってば! 君、私のことゴミ捨て場に捨てたよね!? すごく非道なことしたよね!? 忘れたなんて言わせないから!」
「ゴミをゴミ捨て場に捨てるのは市民の務めだろ」
「はい!?」
「スーツでバスを追いかけるバカがいると思えば、いきなり店先で行き倒れやがって。飲食店の前に人が倒れていたら周囲からどう見えるか考えたか? 食中毒だと思われたら変な噂ぐらいじゃ済まないんだ、保健所に立ち入りでもされてみろ、それだけで店の評判はがた落ち、最悪営業停止だ。お前はそこまで考えて倒れたんだろうな」
「それはっ、……考えて、なかったけど……」
「その上店に上がり込んで使えない店員ぶりを発揮しやがって。お前は店を潰しに来たのか? ああ、いい、言い訳は結構だ。どうせ脳味噌が詰まってない分、面の皮の厚さでカバーしてる天然どじっ子なんです、ごめんなさいテヘヘとか抜かすんだろ」
「いっ!? 言わないよそんなこと! ていうかさりげなく悪口だよねそれ!」
「わかってるならさっさと失せろ」
営業妨害だ、と吐き捨てて少年はテーブル席へ戻っていった。美久は呆然として、その背中を見送るしかなかった。嵐のような暴言がぐるぐると頭の中を巡る。
何なの……?
そりゃあ所構わず行き倒れたけど、ちょっとひどくない?
何であそこまで言われなきゃいけないの、どうしてそこまで
「おい」
いきなり少年が振り返ったので、美久はびくっと肩を弾ませた。
今度は何……、さっさと帰れ? 消えろ? どんなひどいこと言うつもり──
「アイスコーヒー二つ」
さらりと入ったオーダーに、美久はあんぐりと口を開けた。
「はあ──!? 今私のこと使えない店員って言ったくせに!」
「なんだ、本当に使えない店員なのか」
失笑交じりに返ってきた言葉に美久は口をぱくぱくさせるしかなかった。
「どうしたの小野寺さん?」
「何でもありません! アイスコーヒー二つだそうです!」
美久が
「ああ、依頼人か」
依頼人? その言葉に美久ははっとした。
腹の立つ男の子のせいで失念していたが、客は探偵を探してやってきたと言っていた。どんな不可解な出来事でも話を聞くだけでたちどころに解決してしまうという、凄腕の探偵を探して。
「じゃあ探偵って本当なんですか、真紘さん探偵だったんですか!」
美久が勢い込むと、真紘は笑った。
「そんな
それと探偵は俺じゃなくてあっち、と真紘が客席を指差した。
店内には依頼人の男とあの少年がいるだけだ。という事は……。
「あの男の子が探偵!? ていうか誰なんですかあの失礼な人!」
「そうか、小野寺さんに紹介していなかったね。弟の
「弟!?」
あんなに口が悪くてひねくれてて性格が悪い人が真紘さんの弟! しかも探偵!? でも、今高校生って……??
もはや何に驚いていいやらわからず、美久は目を白黒させた。
「気になる? うちのもう一つの顔の事」
真紘が微笑んだ。
「説明するとややこしいから自分の目で確かめるのをお勧めするけど」
あんなムカつく人と関わりたくありません! そう思う一方、美久は強く関心を引かれている自分を認めた。好奇心に負けて美久は
「それじゃあアイスコーヒーができたらテーブルに運んでくれるかな。それを出したらカウンターに残って話を聞いてごらん」
真紘はグラスを戸棚から出しながらにこやかに言った。
【次回更新は、2019年6月28日(金)予定!】
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