0ー20【風邪】


「くちゅんっ!」


「乙音、またくしゃみデス!」

「これで三十回目ナノ。大丈夫ナノ?」



 あの日から乙音の体調は悪い。そのくせ俺ん家の居酒屋に入り浸りやがる。ま、晩飯はいつも食いに来てるし、もはや日常だがな。


「妹達に風邪をうつすんじゃねぇぞ、乙音。」

「くちゅんっ、は、はひぃ……」


 あ、リーゼントの先に鼻水がっ!?


「兄ちゃん兄ちゃん、先っちょしっとりデス。」

「兄たん兄たん、ぷらんぷらんしてるノ。」

「す、すみましぇん悠一郎さん……くちゅんっ!」


 ったく……仕方ないやつだぜ。


「乙音ちゃん、このスープ、身体温まるから飲んでみて。季節の変わり目だからねぇ。かわいそうに……悠ちゃんが温めてくれたらすぐに治るのにね〜?」

「……は、はい……」


 ……はい、じゃねぇよ。


「それを飲んだら少し奥で横になりやがれ。体調治して練習復帰しねぇと。あの小野寺早希とかいう女、相当強いんだろーが?」

「はい、恐らく全国制覇も夢じゃないと思います。中学の時は関西の方に住んでたみたいで……インターハイの初戦で対戦したんですよ。確か中学一年の時です。それから毎年一回戦で当たっては何とか勝ってきたんです。二年の時についつい優勝しちゃいましまつて、恨まれちゃいました。」


 そ、そりゃ恨まれるわ。つうか乙音は中一から全国常連かよっ!


「高校になって、関東の学校に入学したとは聞いてましたが隣町だったんですね。」


 乙音はスープを何とか飲み干して奥の和室で横になる。完全に自分の家みたいだな。

 お袋は客の対応で忙しいみたいだし、仕方ねぇから俺がついててやるか。


 か、勘違いするんじゃねぇやい。

 別に乙音の寝顔が見たいとかじゃないぞ。



 額の氷がすぐに溶けちまいやがるな。どれ、変えてやるか。

 俺は新しく氷水を作り乙音の額に当ててやる。乙音は身体をピクンと震わして、やけに艶っぽい声を漏らした。


 俺が部屋を後にしようとしたその時、乙音の手が俺の手を握った。


「……悠一郎さん……寒いです……」

「も、毛布がいるか。待ってやがれ今取りに……」

「悠一郎さん……」

「お、乙音……お前……」



 そんな目で見るんじゃねぇやい。反則だぜ。



「お、お前が眠るまでだ。ほら。」


 俺は乙音の隣で背を向けて横になる。すぐに乙音のやつが背中にピタリとくっついてきたのが分かる。

 甘えやがって。まさか妹以外の女と一緒に布団に入るなんて思ってもなかったぜ。

 心なしか心臓とリーゼントの脈が早くなっちまう。




 ……


 翌日。



「治りましたぁっ!」


 乙音、完治。しかも昨日は地味にお泊り。


 そして、


「ブルラァックシュンッ!」


 しっかり俺が風邪引いちまったぜ。乙音は一人学校へ向かって行きやがった。

 俺は休もう。ヤンキーでも風邪には勝てん。


 ……この布団……アイツの匂いがするな……




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