第三十六話 ミミック、追跡する
「改めてよろしく、ドラン」
頭の上まで来ると、かつてのダイヤトータスと同じおおらかな声で、島クジラは言った。
「ああ、よろしく。助けてくれてありがとな」
「気にすることはない。最初に助けられたのは、間違いなく私の方なのだから」
ダイヤトータスは、無事フェニックスに勝っていた。
島クジラに宿ったのはあいつの人格の方で、あの荒っぽいフェニックスは消えてしまったらしい。
それはそれで少し気の毒だが、仕方のないことだ。
「早速で悪いんだけど、魔王城に向かってくれ。案内する」
マチルダとロベリアの行き先、それはきっと、魔王城だ。
あの二人の記憶を受け取った俺には、それが分かる。
あいつらは、何かあれば魔王城で落ち合うと決めていた。
この緊急事態には、そこで一度体勢を立て直すはずだ。
たとえ違っても、俺たちにだって新しい拠点が必要だ。
いずれにせよ、魔王城には用がある。
「承知したよ。それじゃあ進路を変えるから、落ちないようにね」
言って、島クジラは大きく旋回した。
魔王城のある方角は知っているらしい。
さすが長生きの元ダイヤトータスだ。
「そう言えば、名前を決めないとな」
「名前なら、もう貰ったよ。ハルコがね、『ミスター』が良いと」
「ミスター? それはまた、なんで」
「ミスリルとトータスをもじっているらしい。紳士なところがぴったりだ、とウルスラも言ってくれてね」
そうだったのか。
それにしてもハルコのやつ、なかなかセンスあるじゃないか。
思えば自分の名前が決まる時も、けっこう文句言ってたもんなぁ。
改めてよかったな、ハルコって名前が気に入ってもらえて。
「じゃあミスター、安全運転で頼むよ」
「任せておくれ。快適な空の旅を楽しむといい」
◆ ◆ ◆
魔王城は周りを山脈に囲まれて、溶岩の上に静かに浮かんでいた。
正確には、浮かんだ岩の上に佇んでいた。
どういう仕組みでこうなっているのだろうか。
城は黒と深緑を基調にしたゴシックのつくりで、青い炎やガーゴイルの石像、周囲を飛び回る小型の魔物はまさしくという感じだ。
いくつもある尖塔の先には十字架が立てられ、いたるところから獣の叫び声が聞こえる。
うーん、さすが、雰囲気あるな。
「いち魔物としては、魔王城に来れたというのは光栄だね」
「陰気臭いところじゃな。家主の気質が知れるのう」
「おいこらツバキ」
「カッコいいですー!!」
そんな言葉を交わしている間にも、ミスターはどんどんと魔王城に接近し、城がある岩の真横で身体を止めた。
四人で一緒に飛び移り、魔王城を見上げる。
近づいてみると、案外そこまで大きくはない。
この中にあの二人がいればいいんだが。
「でもミスターのような魔物が近づいてきたら、中の二人も気づいているんじゃないかな」
「そうじゃな。最悪、妾たちを撃退するために待ち伏せしておるやもしれん」
「たとえそうでも、ここまで来たら行くしかないだろ」
言いながら、俺は城門を潜って城の中に足を踏み入れた。
入ってすぐは大きなホールになっていて、シャンデリアや派手な絨毯、不気味な絵画や骨董品、二階へ続く大きな階段と、普通の城とあまり変わらないような内装だった。
正直、魔王感はほとんどない。
そして、思っていたよりずっと綺麗だった。
もっと荒れてる様子を想像していたんだけれど。
「人の気配は無いな」
「待ち伏せもなし。これは、ハズレかな?」
「マチルダさーん! ロベリアさーん!」
「こら、やめろハルコ!」
慌ててハルコの口を抑えるが、ハルコは不満そうに騒ぎ立てた。
「いいじゃないですか! 会いに来たんですから、いるなら出てきてもらえば!」
「バカ! まだ心の準備ができてないんだよ!」
我ながら情けない理由だった。
でも、これが本音だ。
謝って、それからなんて言おう。
なんて言われるんだろう。
何を言われても仕方ない。
それだけのことを、俺はやってきたんだから。
「とりあえず、城の中を探索してみるしかないね」
「うむ。二手に分かれるとするか。ウルスラ、来い」
「おいおい、大丈夫なのか? もし襲われたら……」
「ぬしはともかく、妾たちに攻撃してくるとは考えにくい。ハルコがいれば、たとえ罠があっても逃げられるじゃろう」
「なるほどね。それじゃあハルコ、ドランくんを頼むよ」
「任せてください!!」
頼りになりすぎる俺の仲間たちは、あっさり方針を決めてさっさと二階へ上がっていってしまった。
俺とハルコが一階を担当するわけね、はいはい、了解。
中央階段の脇にあった通路を通って、ホールから出るドアを開ける。
ハルコがふよふよと飛びながら後に続いた。
長く伸びる廊下や、多くの部屋をしらみつぶしに見ていく。
一階だけでもかなりの広さだ。
迷わないように気をつけなければ。
「ドランさん」
「ん、なんだよハルコ」
「もしお二人が攻撃してきたら、その時はどうするんですか?」
「うーん、どうしようなあ。とりあえず、話し合える状態に持ち込むしかないとは思うけど」
「僕はですね、ドランさん。お二人はきっと、ドランさんのことが好きだと思うんですよ」
「……どういう意味だ、それ」
「そのままの意味ですよ! だって、魔王かどうかは別にして、ドランさんは優しいですから。あの二人だって、それは分かってるはずですよ」
「……だと良いけどなぁ」
ハルコと話しながら、俺は城の探索を続けた。
広い食堂、図書室、空っぽの倉庫。
一階には誰もいなさそうだった。
「あ、ドランさん!」
「どうした?」
ハルコが器用に腕を上げて、前を指差した。
不自然な下り階段と、それを隠すように置かれた本棚。
本棚の方には動かした形跡がある。
ホコリのつき方を見るに、まだ新しそうだ。
「地下へ降りる階段があるんですね」
「怪しいな……よし、行ってみよう」
俺とハルコは頷き合い、ゆっくりと階段を下った。
壁面には燭台が設置され、中はそれなりに明るかった。
かなり長い間、螺旋状の階段を下っていく。
もうけっこうな距離を降りてきたんじゃなかろうか。
ひょっとすると、そろそろツバキとウルスラが、俺たちを探している頃かもしれない。
「どうする? 一度戻るか?」
「いいえ、何かあれば僕のちからですぐに戻れます。このまま進みましょう」
「なるほど、確かにそうだな」
ハルコが意外と冷静で、俺は少し驚いていた。
こんなに落ち着いたやつだったか。
「あっ! ドランさん、広場です!」
俺たちの行く先に、広く開けた場所が現れた。
階段はずっと石だったが、ここだけ床が赤い絨毯になっている。
一際大きな燭台が四隅の柱に付けられ、奥の壁には一枚の扉があった。
「階段はここまでか」
「ドランさん、あの扉、なんだか変じゃないですか?」
「変って、どこが?」
「見覚えがあるんです。ここへ来るのは初めてなのに……」
言われてみると確かに、その扉にはどこかで見たような覚えがあった。
俺が魔神になってからの、短い生活の中で、どこか……。
「あ、書斎だ。書斎の扉と同じなんだ」
「ああ! そうです! ドランさんの部屋の!」
正しくは魔王の部屋だ。
つまり、ここが魔王城時代の、魔王の私室か。
その時、ガチャリという音と共に、ドアノブが動いた。
ゆっくりと扉が開き、中から人影が現れる。
ルーンの刻まれた純白のローブと、赤い瞳。
漆黒の鎧と白銀の鉄仮面、白い翼。
「ロベリア……」
「マチルダさん!」
二人は横に並んで、俺たちの前に立っていた。
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