第三十五話 ミミック、露見する


「ふん、やっと目覚めたか、愚か者め」


 第一声は、ツバキの憎まれ口だった。


 俺たちは島クジラの背に乗り、空を飛んでいた。

 視界は鬱蒼と生い茂った草木の緑と、目に痛いほどの大空の青に支配されていた。

 島クジラは身体全体を魔法のバリアで覆っているらしく、風は感じなかった。


 一際柔らかそうな草原の上で目を覚ました俺は、ツバキとウルスラ、それからハルコに囲まれていた。

 身体はもう、なんともなかった。

 傷もなければ、痛みもない。

 疲れすらも感じていなかった。

 【不死身】の蘇生効果で、全ての身体異常が解消したのかもしれない。


「ドランざぁぁぁぁああん!!!」


 ハルコが胸に飛び込んでくる。

 泣き声がものすごくうるさいが、受け止めて頭を撫でてやった。

 無事でいてくれたことは、俺も嬉しかったのだ。


「よかった。心配したんだよ、ドランくん」


 ウルスラは酷く安心したような表情をしていた。

 珍しく額に汗をかいている。

 いつも涼しげで、飄々としているウルスラが。

 悪いことしたなぁ。


「みんな、ごめんな」

「謝罪は良い。何があったのか、話してもらおうか」


 ツバキは相変わらずだった。


 ツバキの話によると、やっぱり俺は、あの時一度死んでいたらしい。

 【覚醒】をダイヤトータスから引き継いだ島クジラの、超威力の魔法の砲撃。

 それで屋敷があった一帯を吹き飛ばし、オズワルド達は行方不明。

 俺の死体を拾って、ここで復活を待っていたと、そういうことらしい。


 ハルコのトンネルで逃げた後、ツバキたちはもう一度ハルコのちからを使い、フェニックスとダイヤトータスを回収。

 ロベリアが屋敷で見つけていたミスリルを触媒に、島クジラを配合した。

 それに乗って屋敷上空に移動し、ツバキの独断であの攻撃を実行したそうだ。

 まあ、そこは予想通りというか、絶対そうだと思っていたけれど。


「オズワルドにはなんとか勝ったんだけど、勇者が来たんだ。オズワルドの相手で疲れ切ってたところに雷を食らって、動けなくなってた。助かったよ、ありがとな、みんな」


 お礼を言うと、ツバキはそっぽを向きながら、小さく吐息をついた。

 ツバキの傷も、もうすっかり塞がっていた。

 さすがウルスラの回復魔法だ。


「お前たちも無事でよかったよ。特にツバキとロベリア、それからマチルダは、本当に殺されるかと思ったからなぁ」


 俺の言葉に、なぜかハルコとウルスラは暗い顔をした。

 ツバキだけはどちらかと言えば険しい表情で、俺を見つめてきた。


「お、おい。どうした?」


 尋ねても、誰も何も言わない。


「そう言えば、あの二人は? マチルダとロベリアはどこだ? 無事なんだよな?」


 思えば、あの二人の姿がどこにもない。

 二人とも傷が深かったはずだが、やられたなんてことは考えにくい。

 ツバキ同様、回復していると考えるのが自然だ。


「ドランくん……」

「……ドランさん」

「な、なんなんだ? 一体どうしたんだ?」

「ぬしは長いこと寝すぎじゃ。その間に、あやつらはぬしに『記憶交差クロスメモリー』をかけた。ぬしの頭の中にも、あやつらの記憶があるはずじゃ」


 ツバキの言葉で、俺は頭を強く殴られたような衝撃を受けた。


 あの二人が、『記憶交差クロスメモリー』を使った。

 つまり、俺の正体が、あいつらにバレた。

 言われてみれば、まだぼんやりとしている意識の隅の方に、二人の記憶らしきものがある。

 気づいたのを合図にしてか、その記憶が一気に俺の頭の中を駆け巡った。


 勇者を倒すため、魔神である俺に従う。

 魔物の配合に取り組みながら、屋敷の部下たちを働かせる。

 時には二人で話し合って、今後の行動を模索する。

 そしてその中で、一つの疑惑が浮かび上がる。


『あれは本当に、魔王様なのか?』

『……分かりませんわ。ですが、では誰だと言いますの? まさか魔王様が、ミミックなどに敗れたとでも言うつもりですか?』

『それこそあり得ない! あの魔王様が、何故そんなことになる!』

『では、わたくしたちのこの違和感は、一体なんですの?』

『それが分かれば苦労はせん!』

『……やめましょう。それにマチルダ、あなたは配合後の魔神の記憶を見たのでしょう。そしてそれは、紛れもなく魔王様の記憶そのものだった。それが、あの方が魔王様である何よりの証拠ですわ』

『……そうだな。今は何より、勇者を殺すことだけを考えるべきだ。魔王様も、きっとそれを望んでおられる』

『……ええ、そうですわね。……きっと』


 激しい頭痛に頭を抱え、俺はその場に蹲った。

 ウルスラの手が優しく背中に触れるのを感じ、俺はゆっくり深呼吸をして、心を落ち着かせた。


「……それで、あの二人はどうしたんだ?」

「どこかへ消えた。じゃが、ぬしをどうにかしようとは、考えておらんようじゃったぞ」

「話したのか?」

「少しね。私たちは彼女たちを仲間だと思っている。幸いそれは、向こうも同じだったようだよ」

「はい。マチルダさんは黙っていましたけど、ロベリアさんは落ち着いていました。僕の頭を撫でて、ごめんなさい、って、言ってました」

「『あなたたちのことは好きですが、一緒にはいられませんわ』ということだそうだよ。ドランくんを恨むと言うよりも、ただ、自分たちの忠誠の対象だった魔王の消滅に、ショックを受けている、という様子だったね」


 そうだったのか。

 まあ、そうだよなあ。

 二人とも、魔王のことはずいぶん慕っていたみたいだし。


「まあ、無理もあるまい。じゃが、ぬしが危惧しておった、あの二人との敵対、という展開は避けられたわけじゃ。不幸中の幸いじゃな」

「ツバキさん! そんな悲しいこと言わないでください!」

「ツバキはどこまでもドライだね。寂しくないのかな?」

「あの場で戦闘になってもおかしくなかったのじゃ。妾たちだって、あやつらを騙していたのじゃからな」

「それは、たしかにそうかもしれないけれどね」


 ツバキの言う通りだ。

 俺だけじゃない。

 ツバキやウルスラ、ハルコ。

 この三人にも片棒を担がせてしまった。

 全部、俺のせいだ。


「……追いかけよう」


 俺が言うと、三人は驚いた様子で俺の方を見た。


「追いかけて、それからどうするつもりじゃ」

「謝るんだ。そして一緒に勇者を倒す。たとえもう仲間に戻れなくても、そこまではやらなくちゃいけない。魔王にそう約束したんだ」


 俺の言葉に、ツバキたちは不思議そうな顔をしていた。

 俺が魔王に会ったことをこいつらは知らないから、それも当然のことだった。


「まあ、謝るというのには私も賛成だよ」

「僕はまた、みんなで仲良くお話ししたいです!」


 俺たちが一緒になってツバキを見ると、ツバキは呆れたような表情で首を振っていた。


「気が変わるまでは付き合ってやる」

「ありがとう、ツバキ!」

「ツバキさーん!!」


 ハルコに突撃されて、ツバキは後ろに倒れて頭をぶつけた。

 飛んで逃げるハルコを、喚くツバキが追いかける。


「ドランくん」

「ん、なんだ? ウルスラ」

「もう、死なないでくれよ。絶対に、だ」


 ウルスラはいつになく真剣な表情で、俺を見つめていた。

 目がかすかに潤んで、瞳が揺れて見えた。


「……ああ、分かったよ。ごめんな」

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