第三十三話 ミミック、消滅する


 焼けるような熱さと、全身の骨を砕かれるような衝撃。

 俺は悲鳴も上げずただ、その場に倒れていた。


「遅かったか……」


 朦朧とする俺の視界の端に、緑色の鎧が見えた。

 特徴のない黒い髪の隙間から、同じく緑色の瞳が覗く。


 おいおい、今度は一体誰なんだ。

 もう勘弁してくれ。


「オズワルド、生きてるかい」



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『パーシヴァル・ノースローズ』

種族:人間 勇者


HP(生命力):SS

MP(魔力): SSS

ATK(攻撃力):SSS

DEF(防御力):SS

INT(賢さ): SS

SPD(俊敏性):SS


固有スキル:【勇者の覚悟】【光の加護】【天啓】【英雄】

習得スキル:【冷静沈着】【カリスマ:自軍ステータスアップ中】【勇気:対上級モンスター与ダメージアップ大】【正義の心:闇属性軽減大】



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 まあ、そうだよな。

 そうに決まってる。

 この場面で出てくるのなんて、勇者の他にはいない。


「……パー……シヴァル」

「よかった。今、治すよ」


 勇者は倒れたオズワルドに左手を翳した。

 その手がぼんやりと白く輝き出し、オズワルドの傷がゆっくりと消えていく。


「なぜ……来た」

「君が相手の正体を突き止めるだけで終わるわけないだろう。万が一を思って来てみれば、やっぱりこれだ」

「……余計な真似を」

「余計なもんか。僕が来なければ君は死んでた。弟子の後を追う気かい?」


 勇者がそこまで言うと、オズワルドは目を閉じて黙った。


 まずい。

 向こうは体力満タンの回復魔法持ちが一人と、バケモノが一人。

 こっちはボロボロの俺だけ。

 身体は動かない。

 意識も薄い。

 打開策が浮かばない。


「『記憶交差クロスメモリー』」


 勇者とオズワルドの額から出た光の筋が光球を作り、再び二人の頭に戻っていく。

 あれはあの時、マチルダが俺にかけた記憶共有魔法だ。


 勇者は深く息を吸うと、驚いたような目で俺を見た。


「君は……魔王、なのか? いや、しかし彼は……」

「……魔力は間違いなくやつのものだ。が、やつのような覇気はない」

「……なるほどね。しかも一緒にいたのは、間違いなく魔王の手下だ。魔女帝とフォールヴァルキリー。あの二人が付き従っているなら、やっぱり彼は魔王なのか」


 ここ最近の記憶の共有。

 これは、良くない展開だ。

 勇者にとって、俺はもう完全に敵確定。

 アンドレアを殺したことも知れてしまった。

 さっきの雷もこいつの仕業なら、俺に勝ち目はない。


「仕方ない。正体が分からないままというのは気が引けるけれど、生かしておくのも危険だ。いいね、オズワルド?」

「……俺は負けた。好きにしろ」


 勇者は神妙な顔で、ゆっくりと俺に近づいてくる。

 それでも、俺の身体は動かない。

 弁論の余地もない。

 確実に殺されるだろう。


 だが、不思議と俺は恐怖も後悔も絶望も、何一つ感じていなかった。

 あるのは冷静さと諦観と、それから満足感だった。


 ずっと、辺境のダンジョンで宝箱を演じていた。

 勇者や旅人には発見されず、住処を変えることもできず、仲間もいない、家族もいない、知り合いすらもいない中で、俺は生きてきた。

 しかしある時、俺は魔神になった。

 人型になって、自由を知って、仲間を知った。

 不安だった。

 ドキドキした。

 それでもどうしようもなく、楽しかった。

 これが、これこそが生きるということだった。


「魔王と同じ魔力を持つ、見知らぬ魔物よ。本当は、もっと互いに知り合って、理解し合ってから殺したかった。けれど、すまない。友のために、その弟子のために、そして人間のために。今、ここで死んでくれ」


 たとえ殺されたって、俺は幸せだった。

 あのままダンジョンで生きるでもなく生きていくよりも、この結末の方がずっと、ずっと。


 いい時間を過ごすことができた。

 仲間を守ることもできた。

 思い残すことも、ないわけじゃないけれど。


 でも俺はもう、もう充分に。


「『天の』」



 ウォォォォォォォォォオオオオン!!!



 耳をつんざく轟音が、地面を激しく揺さぶった。

 仰向けの視界の端に、空を泳ぐ巨大な影が映る。

 上体をぐぐっと持ち上げたそれは、大きな口をガバッと開き、黄色く輝く小惑星のような球体を口先に発生させた。


 眩しくて、影の正体は分からない。

 勇者も、オズワルドも、俺も、ただ呆気に取られてその影を見上げていた。



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『』

種族:島クジラ SSS


HP(生命力):SSS

MP(魔力): S

ATK(攻撃力):SSS

DEF(防御力):SSS

INT(賢さ): S

SPD(俊敏性):B


固有スキル:【ヘビー級】【要塞】

習得スキル:【状態異常無効】【全属性軽減】【ステータスダウン抵抗大】【覚醒:全能力アップ大】



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 光の塊から、超速で閃光が伸びた。

 その光は俺たち三人の中心に着弾すると、一瞬の無音の後に割れるような爆音を上げて、黄色い火柱を作った。


 動けない俺はただ、呆然とそのエネルギーの波に身体を灼かれていた。

 オズワルドと勇者の姿は、視界を覆う激しい炎で見えなくなっていた。


 痛みや熱さは、もはや感じていなかった。

 身体が消滅する感覚だけが全身を支配する。


 なぜ、島クジラがここにいたんだろうか。

 ダイヤトータスは、無事フェニックスと配合されたんだろうか。

 だとすれば、配合したのは一体誰なんだろうか。

 あいつらは、ちゃんと生き残っているのだろうか。

 ああそう言えば、どうして島クジラは、俺を攻撃したんだろうか。


 次々と浮かんでくる疑問のどれにも、答えが与えられることはなかった。


 俺は死ぬ。

 最後に少しモヤモヤが残ったけれど、概ね満足だ。

 いい人生だった。願わくば。


 願わくば、また人型として生まれたい。

 今度は魔神なんかよりももっと、弱い魔物で良い。

 そうして誰にも恨まれず、誰も憎まずに生きていこう。

 平和な世界を自由に生きて、笑って泣いて、食べて歌って、最後は静かに死ねればいいな。

 うん、それでいい。


「ドラン!!」


 消えゆく意識の中で声を聞いた。

 仲間にもらった、俺の名前。

 この声は誰のものだろう。

 いや、俺を呼び捨てにするのは、あいつしかいない。


 傷はもう平気なのか。

 ここは危ないから、ずっと逃げていてくれよ。

 俺はもう助からないから、戻ってこなくていいんだよ。

 一番頼りにしてるんだから、俺の代わりにみんなを守ってやってくれよ。


 

 なあ。



「ツバキ」

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