第三十二話 ミミック、激昂する


 右から迫る長剣を、右手で弾く。

 間髪入れずに左から二撃目が来る。

 それも防ぐと、今度は正面から蹴りが襲う。


 見える。

 でも、かわせない。

 見えていても、態勢が崩れていれば身体は動かない。

 それにオズワルドのスピードは、さっきまでよりも一段と、速い!


「ぐっ!!」


 顎を強く蹴り上げられ、身体が仰け反る。

 そのまま首を鷲掴みにされ、地面に叩きつけられる。


「ぐわぁっ!!」


 マチルダが受けたのと同じだ。

 激痛が走る。

 脳が揺れて、意識が朦朧とする。


 咄嗟に自分と相手に『包囲障壁ラウンドバリア』をかけまくる。

 片方なら容易く破られても、自分と俺、二枚を破るにはどうしても時間がかかるはずだ。


「無駄だ!」


 オズワルドは両手の長剣を交互に振った。

 一撃で一枚ずつ。

 バリアが破られるのは一瞬だった。

 無防備な俺の身体が晒されて、二刀同時の横薙ぎをもろに受ける。

 鋭い痛みと鈍い痛みが同時に襲い、俺の身体は回転しながら吹っ飛んだ。


 まるで、動きを見られていることが分かってるみたいだ。

 俺の方が速い。

 それを承知の上で、それでも俺に攻撃を当てるために技を駆使してくる。


 頭部と脚を同時に狙う、両手からの斬撃。

 見える。

 頭を引っ込めて、脚を曲げる。

 それしか避ける方法が思いつかない。


「ぬうぅうん!!」


 丸めた身体に、強烈な回し蹴りが繰り出される。

 これだって、見えている。

 でも、この体勢から避けることはできない。


「ぐふっ!!」


 凄まじい力で弾き飛ばされ、俺は地面を転がった。

 紳士服が裂け、血が滲む。

 体勢を立て直そうとするが、オズワルドはその隙を与えてくれない。


 振り下ろされた右手の剣を、転がって避ける。

 避けた先にもう一撃。

 それも避けて、誘導された先でまた蹴撃の餌食になる。


 ツバキ、お前の言ってたことが、今分かったよ。

 俺の目線や筋肉の動きから、オズワルドは俺の細かな動作を予測しているんだ。

 そして経験と技術を生かした攻撃で俺を追い詰め、的確にダメージを与えてくる。

 要するにこれが、最強の剣士と辺境のミミックの、ステータスでは覆せない圧倒的なテクニックの差なんだ。


「『地獄の業火ヘルブラスト』!」


 ふっ飛ばされながらも、かろうじて魔法を撃つ。

 右手から放たれた紫炎の光線が、地面ごとオズワルドを焼きにかかる。

 が、オズワルドはギリギリで跳躍すると、爆風に煽られながらもこちらへ急接近。

 空中にいる俺に、大剣に戻した武器を叩きつけてきた。


 これならなんとかなる。

 正面から剣を受け止めて、力任せに振り回す。

 地面に向かって投げつけると、オズワルドは錐揉みしながら落下し、倒れていた石柱に衝突した。


「ぐわぁぁ!!」


 着地して、口の中に溜まった血を吐き出す。

 オズワルドはゆっくり立ち上がると、ひび割れた兜をはずして、ぞんざいに投げ捨てた。


 兜の下のオズワルドは、それまでの印象に反して中性的な顔をしていた。

 青い鎧に金髪が映える。

 ただ、目だけは未だ憎悪に満ち溢れていた。


「……やっと合点がいった」

「はぁ、はぁ、なんだって?」

「さっきの魔力には、覚えがある。貴様、魔王だな」


 数十分ぶりにオズワルドの足が止まっていた。

 どうやら、少し話す気になったらしい。


「はぁ、はぁ……だったらなんだよ?」

「貴様を殺す理由が、一つ増える」

「はぁ、そうかよ。まあ、俺は魔王じゃないけどなっ!」


 言いながら、『地獄の業火(ヘルブラスト)』を叩き込む。

 オズワルドが跳躍した先に、左手からもう一発。


「その魔力は紛れもなく魔王のものだ。貴様が魔王でないなら、何者だというのだ」

「関係ないだろ、お前には!」


 『地獄の業火ヘルブラスト』の乱れ撃ち。

 オズワルドには今のところ、接近戦しか手札がない。

 近づけさえしなければなんとかなる。


 オズワルドは二本に戻した剣で紫炎を弾き、身を翻して俺の攻撃をかわし続ける。

 それで良い。

 別にこいつを倒す必要はない。

 撤退さえさせれば、今はそれで充分だ。


「だが貴様の言う通り、やつとは口調も、雰囲気も、何もかもが違う。しかし魔力は、紛れもなくやつのものだ。一体、何が起こっている?」

「誰が素直に教えるんだよ、そんなこと!」

「やつは敵ながら、まさに魔の王たるにふさわしい男だった。だが貴様には」


 オズワルドが地面を蹴り、『地獄の業火ヘルブラスト』の隙間を掻い潜って来る。

 全身を回転させながら跳躍し、二本の剣が俺を襲う。


「威厳も、誇りも」


 神経を研ぎ澄ませる。

 避けたら今までと同じになる。

 攻撃は全て、『業火の鉄拳ヘルブラスト』で受け止めるしかない。


「技も」


 目にも留まらぬ無数の斬撃を、全て相殺する。

 反撃はしない。

 ただ凌ぐだけなら、俺の技術でもなんとかなるはずだ。


「気迫も!」


 一際力強い一撃が来て、俺は体勢を大きく崩された。

 がら空きの胴に、再び強烈な蹴りが来る。


「何もかも足りん!!」


 怯むな、迎え打て。

 両足に力を込めて、身体で押し返すんだ。

 自力なら負けない。

 魔神のちからを舐めるなよ。


 胴と蹴りの衝突。

 踏ん張った足が地面に埋まり、身体にとてつもない衝撃が来る。

 だが、今度はちゃんと身構えている。

 意表を突かれなければこれくらい、なんてことない!

 痛くたって平気だ!


「ぐおおお!!」


 逆にオズワルドは、想定外の反動で完全に体勢が崩れていた。

 倒さなくていい。

 でも、このチャンスを逃す手はない。


 左手でオズワルドの腕を掴んだ。

 そのまま引き寄せ、右手を胸に突きつける。


 魔王より威厳が無いって?

 誇りが、技が、気迫が無いって?


「そんなこと、俺が一番分かってるんだよ!!」

「ぬおおおお!!!」


 ゼロ距離、そして全力の『地獄の業火(ヘルブラスト)』。

 殺す気はないけど、死んだって構わない!


 オズワルドの身体を貫いて、紫の閃光が走る。

 遥かな雲をも突き抜けて、紫炎が空を切り裂いた。


 オズワルドは黒焦げになり、口から煙を吐いて倒れた。

 鎧は溶け、腹には大きな穴が開いていた。


「はぁ、はぁ、はぁ……終わった」


 地面に仰向けに倒れると、既に暗くなった空が見えた。

 いつのまにか夜になっていた。

 随分長いあいだ戦っていたらしい。


 そういえば、ロベリアたちはどうしただろう。

 今頃はウルスラの魔法で、傷が治っているといいんだけど。


 遠くに黒雲が見えた。

 ゴロゴロと音が鳴り、稲妻が見える。

 なんだ、雨か。


「『天の裁き』」


 聞いたことのない、澄んだ声がした。


 空から雷が、俺に向かって落ちて来るのが見える。

 避けられるはずなのに、身体が動かない。

 気づかないうちに、もう体力の限界だったんだろう。


 轟音を立てて、俺の身体を雷撃が貫いた。

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