第二十六話 ミミック、逡巡する
「マチルダ、ツバキ、次の魔物を装置へお入れなさい」
ロベリアの呼びかけで、二列に並んでいた魔物の列から、二人がそれぞれ先頭の魔物を配合装置のカプセルに押し込んだ。
ロベリアが装置のスイッチを押し、いつもの黒炎と稲妻。
奥の広場にはパイプから放出されたエネルギー体が、配合先の魔物の姿を形作る。
ロベリア主導の魔物配合計画は、生け捕り法の確立と移動時間の短縮により、着々と進行していた。
もともと頭の良いロベリアは、なんとも効率の良い手際で魔物たちを集め、ハルコのトンネルで各地を飛び回り、役に立つ魔物を手当たり次第に作り出していった。
俺とハルコを含め、同僚のマチルダはもちろん、ツバキとウルスラもとことんこき使い、ロベリアの魔神軍戦力増強活動は留まるところを知らない。
「次の魔物です、お二人とも」
俺はと言えば、ツバキとウルスラによる秘密の特訓に明け暮れながら、この先の行動について思いを巡らせる日々だった。
「はい、次ですわ」
「ぬしは楽な役回りで良いのう」
「まったくだ。いつもいつも、人に指図するだけではないか」
俺は仲間が欲しいと思った。
一緒に食べて、寝て、話す。
そんな仲間を作りたいと。
けれど今、マチルダとロベリア、ツバキにウルスラ、そしてハルコやほかの魔物たち。
そんな仲間たちに囲まれた俺は、正直もう充分に幸せだった。
今なら仲間を守ることだってきっとできるし、毎日が楽しくて仕方ない。
「文句を言わないで欲しいですわね。作る魔物を考えるのも、素材の捕獲作戦を立てるのもわたくしですのよ。言われたことをやるだけのあなた方とは、生産性が違いますわ」
「ならばウルスラにも手伝わせるべきじゃろうが」
俺は、これから先の目的を見失っていた。
今の生活と仲間には満足している。
これと言ってやりたいことは、何もない。
だとすれば、俺のやるべきことは何だろうか。
それは、当然。
「ウルスラは……まあ、いいんですわ」
「露骨に不公平じゃな、ぬしは」
「あ、あの人は回復要員ですから。常に万全の状態でいてもらいませんと!」
「どうせ貴様が命令しにくいだけだろう」
「ち、違いますわ! 失礼ですわよ!」
そう、当然、勇者の打倒だ。
いや、やるべきこと、というのは正しくはない。
厳密に言えば、「やるのかやらないのか、決めなければならないこと」だ。
ロベリアとマチルダは、俺の中身を魔王だと信じている。
俺と一緒に、憎っくき勇者を打ち倒す、それを生き甲斐にしている。
なのに俺は、まだ自分の正体を打ち明けられないでいる。
俺の今の幸せには、この二人の存在だって不可欠なのに。
「なんだいロベリア。私だって言ってくれれば手伝うよ」
「ロベリアさん! ハルコはもうヘトヘトなので休んでいますね!」
だから、そろそろ決めなければいけない。
二人のために、魔王としての役目を代行するのか。
それとも二人に真実を告げて決別し、ミミックとして自由に生きるのか。
そして俺は、まだどちらにするか、決められずにいるのだった。
「はい、今回の配合はこれで完了ですわ。みなさん、屋敷に戻りますわよ」
ロベリアの号令で、俺たちはハルコの作ってくれたトンネルを潜る。
新しく配合で生まれた魔物五体もそれに続いた。
「それにしても、随分増えたものだな」
「うむ。屋敷の庭も魔物だらけじゃな」
ツバキの言う通り、魔王の屋敷の周囲一帯には、今や三十体以上の魔物がウロウロしていた。
もともと屋敷に住んでいた魔王の部下達も含めると、その数は相当なものだろう。
そして、新たに加わった魔物達は、ほとんど全てがSランクだった。
軍事力拡大は大成功と言える。
これもロベリアの功績だ。
「ハルコとマチルダは新顔の教育をお願いしますわ。わたくしは、少し休みます」
言って、ロベリアはゆっくりと屋敷へ歩いて行った。
色んなことを考えて、気を配って、やっぱり意外と疲れているのかもしれない。
マチルダも、文句を言わずに魔物達のところへ向かった。
「おい、ドランよ」
突然、ツバキが俺に声をかけてきた。
「ん? なんだよ。どうした」
「少し話せるか?」
「あ、ああ。別にいいけど」
「ウルスラ、ぬしも来い」
「うん。構わないよ」
ツバキは俺とウルスラに手招きすると、屋敷の魔王の書斎のテラスに向かって、飛行魔法で飛んで行った。
俺とウルスラも顔を見合わせてから、一緒になって追いかける。
テラスから部屋に入ると、ツバキは既にベッドに腰掛け、寛いだ様子で伸びをしていた。
俺とウルスラも各々デスクと出窓に腰を下ろす。
「で、なんだよ、話って」
俺が尋ねると、ツバキは少しだけドアの方を見て、小さな声で話し出した。
「これからどうするつもりじゃ? このままでは、ただ魔物が増え続けるだけじゃぞ」
やっぱり、そういう話だったか。
現状を問題視していたのは、どうやら俺だけじゃないらしい。
なんだか、ちょっと安心した。
「……分かってるよ。今まさにそのことを考えてたんだ」
「ふむ?」
「正直、迷ってる。今の生活で、俺は充分幸せだ。お前達もいるしな。だけどマチルダとロベリア、あの二人は、それじゃあ納得しないだろうし」
「まあ、それはそうだろうね。彼女達にとっては、未だに勇者を倒すことが最終目的で、配合もそのためにやっているわけだろう」
「ああ。それに、そろそろ戦力的にも充分だ。ロベリアはきっと、近いうちに勇者討伐を画策すると思う」
俺の考えには、二人も同意見らしかった。
「じゃが、結局全てはぬしがどうするか、じゃ。妾達は名目上、あくまで魔神軍。ぬしの意思決定無くして、行動方針は決められぬ」
「そうだよなぁ、やっぱり」
「二人の望み通り、勇者を倒してはいけないのかな? 彼がどれだけ強いかは知らないけれど、さすがに今の戦力と君のちからがあれば、負けることはなさそうだけれどね」
ウルスラの言うことはもっともだった。
ツバキも黙って、俺の返答を待っている。
「それも考えたんだけどさ……。でも俺は、勇者になんの恨みも無いんだよ。直接何かされたわけでもないし、な」
「ふむ、なるほどね。それはたしかに、私も同感だよ」
「うん。だから、とりあえず倒すってのも気が向かないんだ。本当にそんな理由だけで、勇者を倒していいもんかってさ」
「ぬしは変なところで視野が広いな」
「うるさいな」
ウルスラとツバキがクスクス笑う。
二人は思ったより、俺に同調してくれているみたいだった。
やっぱり、こいつらがいてくれて良かった。
「ぬしの考えは分かったが、それでも問題の先送りには限界があるぞ」
「分かってる。だから困ってるんだよ」
「二人に正体を打ち明ける、というのはダメなのかな? そうすればあの二人も、勇者打倒は諦めずとも、君からは手を引かざるを得ないと思うけれど」
「いやぁ、たぶんそれが一番正しいんだよ。もっと言えば、最初からそうしとくべきだったんだ。だけど、今更なあ」
「煮え切らんやつじゃな」
「そんなこと言うなよ……。俺がいなくなったら、きっとあいつらは自分たちだけで、勇者と戦おうとすると思う。それだって、正直危険だろ? なにせ、一度負けてる相手なんだから」
「なるほど、情が移っておるのか、あやつらに」
「情っていうか……。まあ、そうなのかな」
「つまり、君はあの二人のことも大切に思っているんだね。手放したくもないし、無謀に走って欲しくもない、と」
「その通りなんだけど、なんかそう言われると、物凄くわがままなやつみたいだなぁ」
「まあいいじゃないか。望むこと自体は悪いことじゃない。実現できるかどうかは君次第、というだけのことだよ」
そこまで話して、俺たち三人は同時に言葉を切った。
しばらく誰も、何も言わない。
俺は考えていた。
どうすればこの状況を打破できるのか。
ウルスラは窓の外をジッと見て、ツバキはゴロンとベッドに横になっていた。
「ああ、そうだ」
「ん、どうしたんだい」
ツバキとウルスラが、こちらを見た。
「つまり、俺がいなくても二人が勇者に勝てればいいんだろ?」
「まあ、そうじゃな」
「なら、もっと増やせばいいんだ、魔神軍を!」
「と、いうと?」
「そのままの意味だよ。このまま魔神軍が強化されていけば、俺がいなくなっても二人は勇者に勝てるかもしれない。いや、いつかは絶対に勝てるようになる。だからこれからは、その手助けをするんだ」
「……ふむ」
「まあ、言いたいことは分かるね」
自分では名案だと思ったのに、二人はイマイチ乗り気ではなかった。
「じゃがそれは、直接手を下しておらんというだけで、ぬしが自ら勇者を倒すことと、本質は変わらんのではないのか?」
「うん。結局勇者が死ぬなら、君がやったって同じなんじゃないかな?」
「うっ……うーん。でも、やっぱりそれとはちょっと違うんだよ、俺にとっては」
「どう違うのかな」
「あの二人は勇者に恨みがあって、勇者だって魔王達を憎んでるはずだ。ぶつかるに値する理由がある。だけど俺にはそれがない。だから邪魔したくないんだよ。俺は、部外者だから」
それは包み隠さない、俺の本音だった。
理屈が通っているかどうかは問題じゃなくて、ただ俺が納得するための、拙い気持ちだ。
「お前たちは馬鹿だって思うかもしれないけど、変えられないんだよ、この気持ちは」
ウルスラとツバキは珍しく、二人で顔を見合わせた。
ウルスラはただニコニコして、ツバキはジト目だった。
「私は良いと思うよ。賛成だ」
「まあ、しばらく大目に見てやるわ。手遅れになる前には止めてやる」
二人の言葉に驚くほど喜んでいる自分に気づいて、俺は少しだけ恥ずかしくなった。
「それじゃあ、具体的な行動についてだけど」
俺たちはその日、日付が変わるまで三人で話し続けた。
そんな時間だって、俺は楽しくて仕方がなかったんだ。
この時間を守りたいと、やっぱり思ってしまうんだ。
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