第二十五話 ミミック、指導される


「さっきも言ったけれど、魔法とは魔力と技術だよ。ドランくんの場合、もう魔力量は充分以上だから、あとは技術だね。魔力を扱う技術を磨いて、魔法として完成させるんだ。じゃあ、もう一度」


 ウルスラに言われて、俺は意識を彼女の身体に集中する。

 ウルスラを自分の魔力で包み込み、硬化させるイメージを強く描く。

 そして、唱える。


「『包囲障壁(ラウンドバリア)』!」


 ウルスラの身体を魔力の膜が覆う。

 その膜は何層にも重なっていき、強固そうなバリアになった。

 いつも自分に張っていたバリアを、他の対象に発動。

 しかも強度も数倍まで増してある。


「うん、いいね」

「黒龍との戦闘で、これが使えていたらなあ」

「まあそれはたしかにそうだけれど、バリアが発動している間は、もちろん攻撃もできなくなる。戦闘中に味方に使うのは、相手とよっぽど息が合っていないと難しいんじゃないかな。どちらかと言えば、一方的に相手を守るという目的に向いているだろうね」

「なるほど。まあでも、これでみんなを守ってる間に、俺が相手を倒せばいいんだよな。うん、そうしよう」

「そうだね。それが最善手だと思うよ。本来は難しいことだけれど、君ならきっとできてしまうだろうから」


 そう、きっとそれが一番いい方法だ。

 理論上最高。

 理想的。

 そしてその理想を実現するだけの能力が、この魔神の身体にはある。

 それを実行できるかどうかは、俺次第。

 だから練習して、学習して、成長するんだ。


「それから、この魔法にはもう一つ、おもしろい使い方があってね」

「おお、どんな?」

「例えば私が君の敵だとしようか」


 言いながら、ウルスラは自分の周りに張られたバリアを、中からコンコンと叩いた。


「この魔法は中からでも、ある程度の威力があれば破壊することができる」


 ウルスラが右手に風の魔法をまとい、手刀を振り抜く。



 バリィィイン!!



 大きな音を立てて『包囲障壁(ラウンドバリア)』は砕け散った。

 割れたガラスのように飛散したそれは、まるで霧のように消えてしまう。


「では、もう一度やってみてご覧」

「お、おう」


 再び、『包囲障壁(ラウンドバリア)』をウルスラに使う。

 魔力のバリアに包まれたウルスラが、人差し指をピンと立てた。


「うん。もうすっかり上手いね。それじゃあ今度はそのまま、もう一度同じ魔法を、私に使って」

「もう一度?」

「ああ。これを維持したまま、『包囲障壁(ラウンドバリア)』ごと私を、再び包むんだ」


 言われた通り、ウルスラに魔法を重ね掛けしてみる。

 一度目よりほんの少しだけ大きな魔法の球体で彼女を包み、硬化させた。


「うん。バッチリじゃないか」

「それで、これからどうすればいいんだ?」

「もちろん、これを何度も繰り返すんだよ」

「何度も? なんでそんなことを」

「いいから、やってご覧」


 半信半疑ながら、ウルスラの言うように『包囲障壁(ラウンドバリア)』を何重にもかけてみた。

 複数の魔法を持続させるのが難しいかと思ったけれど、意外と簡単だ。

 とりあえず、ウルスラのストップがかかるまで続けてみよう。


「……」


 ……もう二百回は繰り返しているはずなんだが、ウルスラからはなんの反応もない。

 もしかして、まだ足りないのか?


 不安なので、とりあえず一度やめて、俺はウルスラに声をかけてみた。

 『包囲障壁(ラウンドバリア)』の塊は今や、かなり巨大な球体になっていた。

 五メートルくらいはあるんじゃなかろうか。


「おーい、ウルスラ。いつまでやればいいんだ?」


 コンコンとノックしながら呼びかけるが、やっぱり反応はない。

 これって、もしかしてバリアが分厚過ぎて中まで届いてないんじゃないか?


「おーい! 大丈夫か? ウルスラー!」


 バリアに耳をつけて音を聞いてみる。

 すると、物凄く小さな声で、何かを叫んでいるのが聞こえる、ような気がする。

 それと、ちょっとだけバリアが振動している、ように感じる。


 まあいいか、もし怒られたらまた作り直せばいい。


 幾重にも重なった『包囲障壁(ラウンドバリア)』を、一気に解除する。

 辺りは数秒間、濃い霧に包まれた。霧が晴れると、髪を乱して肩で息をするウルスラが現れた。

 目が明らかに、怒っている。


「う、ウルスラ……? どうした?」

「こ、こ、怖かったじゃないか! 君は融通が利かなそうだから、一生出られないかと思ったよ!」

「えぇ……。でも、お前が何度も繰り返すって言うから……」

「そんなに繰り返すと思わないだろう! 言ってなかったけれど、『包囲障壁(ラウンドバリア)』はそれなりに難易度の高い魔法なんだ。消費魔力だってばかにならない。なのに、あんな硬度でそんなに無理して!」

「え、そうなのか。でも何ともないぞ? たぶん、まだまだ増やせたと思うし……」

「な、なんだって……!」


 いつも余裕のウルスラが、珍しく驚いていた。

 話によると、ウルスラは狭いバリアの中で、何とか自力で脱出しようと魔法で攻撃していたらしい。

 だが、一枚の時と違って強度が何倍にも増しており、うんともすんとも言わなかった、と。


「なるほど、これが魔神のちから、というわけだね」

「そうなんだろうなぁ、たぶん」

「改めて実感するよ。やはり魔神というのは、私たち並みの魔物とは格が違うらしいね」


 ウルスラが腕を組んで、深く頷く。

 俺は何となく、自分の手のひらを見つめた。

 軽く握ってみると、当然動く。


 この身体は、紛れもなく俺のものなんだ。


「しかし、これは良い誤算だ。配合素材モンスターの生け捕り手段は、これでいこう」

「生け捕り?」

「さっき私にやったように、魔物に『包囲障壁(ラウンドバリア)』を重ねがけするんだよ。展開するスピードをもっと早めれば、即席かつ最強の檻になるはずだ」

「おーー! なるほど、さすがウルスラ!」

「単純だけれど、こんなに効果的な方法も他にはないだろう」

「ああ! ありがとうウルスラ!」


 これでずっと課題だった配合素材モンスターの捕獲が、グッと楽になる。

 しかもハルコの【次元渡り】と組み合わせれば、配合の手間をめちゃくちゃ削減できるぞ。


「そうと決まれば、もっと早く重ね掛けする練習だね」

「おう! じゃあ、早速」

「いや、今日はもう勘弁しておくれ。さっきので疲れてしまったよ」

「ありゃ、そうか」

「すまないね。汗もかいたし、私もお風呂に行くとするよ」


 言って、ウルスラは小走りで大浴場の方へ去って行ってしまった。

 結局、四人で仲良く風呂か。

 どんな話してるんだろうな、あいつらは。

 今度、ツバキに聞いてみよう。



 さて、一人か。



 ハルコ、早く帰ってこないかな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る