第二十話 ミミック、失敗する


 低く、それでいて澄んだ声だった。

 思いのほか、黒龍の声音は落ち着いている。

 まだドラゴンだったツバキと対面した時と同様、声が頭の中に直接響いてくる。


 ツバキを含め、みんなが俺を見た。

 あれか。

 俺が話すのか。

 やっぱりそうか。

 嫌だなあ、本当に。


「あー、お前は黒龍、だよな?」

「こちらの質問に答えろ。ここは我の領域だ」


 完全な正論。

 穏便に済ませるためだ。

 この場は従うしかないだろう。


「俺は魔神ドラン。元魔王だ。残りの四人は配下のマチルダ、ロベリア、ウルスラ、ツバキだ」


 そう言いながら、俺はウルスラとツバキの様子を伺った。

 配下と言われて怒っているかと思ったが、二人とも平然としていた。

 ウルスラはともかく、ツバキは意外だな。


「元魔王の魔神が、ここへ何しに来た」

「あー……ちょっと、頼みがあって」


 訝しげな目でこちらを見る黒龍。

 まあ、そりゃあそうだろうな。


「俺たちは勇者を倒すために、強い魔物を集めてるんだ。お前にもちからを貸して欲しい」

「勇者……あの人間の小僧か」


 黒龍は少し黙った後、俺たちを順番に睨みつけた。

 最後のツバキのところで目の動きが止まり、ツバキと視線がぶつかり合う。


「久しいな、黒龍」

「お前は……なんだ、その姿は」


 黒龍はツバキの正体に気づいたようだった。

 やっぱりドラゴン同士、通じるものがあるんだろう。


「ちときまぐれでな。人型になって、今はこやつに手を貸しておる」

「配合されたか。物好きめ」

「案外、悪くないぞ。まあ簡単には戻れんが、あの姿に執着はないのでな」

「ここへ来たのも配合が目的か」

「鋭いのう。その通りじゃ」


 おいおい、そんな簡単にこっちの思惑をバラしていいのかよ……。


「なるほど、目当ては次元龍か」

「さすがに聡いな」

「我に何の得がある」

「得などあるものか。力ずくで捕縛されるか、自ら妾たちに与するか、選ぶがよい」


 ツバキは宙に浮かんだまま、ビシッと黒龍を指差した。

 不敵な笑みと、自信たっぷりな眼差し。

 かっこいいぞツバキ。

 でもあんまり相手を煽るのはやめてください。


「ふむ、よいな。実に分かりやすい」


 黒龍は少し仰け反り、大きく息を吸ったように見えた。


 途端、俺の魔神としての本能が危険を感じ取った。

 咄嗟に身構えつつ、他の四人の様子を確認する。

 これは、まずい。



 ギァァァァァァァァァアアアアア!!!



 黒い波動を伴う咆哮。

 絶大な威力を誇る衝撃波が襲いかかる。

 俺とツバキ、それからマチルダは全身バリアで防いだが、ウルスラとロベリアは反応が遅れていた。

 二人が後方に吹き飛び、城壁のような瓦礫に衝突する。

 身体がめり込んで身動きを封じられ、呻き声を上げた。


「ロベリア! ウルスラ!」

「次が来るぞドラン! 構うでない!」


 言われて前を向くと、既に黒龍の爪が目の前まで迫っていた。

 さすがは俊敏性SSS、これは今までのどんな相手より、速い!


「ドラン様!」


 体勢を立て直したマチルダが、黒龍の腕を下方から蹴り上げた。

 軌道の逸れた斬撃が空を切る。


 長刀を抜いたツバキが黒龍の懐に潜り込んだ。

 そのまま上昇しながら斬り上げるが、鱗に弾かれ刃が滑っている。


 マチルダが虚空から大剣を出現させ、急接近して黒龍に袈裟斬りを放つ。

 黒龍は微動だにせず、マチルダの横腹に強靭な尻尾を叩きつける。

 剣でガードしたマチルダはそのまま吹っ飛び、浮遊する岩石に激突した。


 明らかに、やばい。

 広範囲攻撃もあるし、打撃も重い。

 何より、やつの動きが速い。

 ツバキが相手の時みたいに手加減はしてられないぞ、これは。


「『地獄の業火ヘルブラスト』!」


 突き出した右手から、紫炎の極太レーザーを撃つ。

 黒龍は口を大きく開け、黒い炎を吐き出した。

 衝突した二つの炎がせめぎ合い、巨大な火球が出来る。

 俺の魔法が、止められている。

 やっぱりこいつは、強い。


「充分じゃ!」


 ツバキが急降下し、黒龍の脳天から刀を突き刺した。

 鮮血が飛び散り、口の中に刀が貫通しているのが見えた。

 黒龍は口を閉じて暴れ、ツバキを振り落とす。

 しかし、そこに俺の炎が襲い、黒龍は紫炎に包まれた。

 黒龍は鳴き声を上げて翼を閉じ、一気に開いて炎をかき消した。


 俺はその隙にマチルダの方に飛び、岩に埋まった彼女を引っ張り出した。


「マチルダ! 大丈夫か!」

「へ、平気です……。すみませんドラン様……足手まといになってしまいました……」

「何言ってるんだ。良かった、無事で」

「ぼさっとするでない! マチルダは捨て置け! 有効打はぬしにしか撃てん!」

「そういうわけに行くか!」

「愚か者が! 来るぞ!」


 再び咆哮。

 今度は更に勢いのある黒炎が吐き出され、俺とマチルダを襲った。


「させませんわ!」


 いつのまにか復帰したロベリアの防御魔法が、間一髪で俺とマチルダを覆った。

 視界が真っ黒に染まり、バリアの外の様子が分からなくなる。

 すぐに黒炎は消え、バリアも消滅。

 俺とマチルダは散開し、別の位置から黒龍を視界に捉える。

 ウルスラも合流し、五人で黒龍を囲んだ。


「諦めろ。五対一では無理じゃ」

「一太刀入れたくらいで勝ったつもりか」


 黒龍は力強く羽ばたき、超速で滑空した。

 体当たりをまともに喰らい、妙な呻き声を上げてツバキが吹っ飛ぶ。

 あれは、かなりまずい。


 黒龍はその勢いのままロベリアを襲う。

 身構えるが、間に合わない。

 庇いに駆けつけたマチルダ諸共尻尾で打ち付けられ、体制の崩れたところに爪の斬撃が襲った。


「ぐわぁああ!」

「きゃぁああ!」


 ロベリアのローブが裂け、マチルダの鎧が砕けた。

 血飛沫がとび、瓦礫に衝突して気を失った。


 やばい、一気に劣勢だ。

 それどころか、このままだと命が危ない。


「ウルスラ、治療だ!」

「任せてくれ」


 ウルスラが三人のところに飛ぶ。

 黒龍がその隙を突いてウルスラを狙うが、今度は俺が受け止める。

 振り下ろされた爪をがっちり掴み、身体を捻って投げ飛ばした。

 翼の開閉でバランスを整えた黒龍が再び滑空し、最初と同じ波動の咆哮を飛びながら放った。


 ウルスラたちが危険だ。

 とにかく、何かやってみるしかない。

 俺は魔神。最強の魔物。

 どんな魔法だって使えるはずだ。


「『魔法障壁マジックバリア』!!」


 両腕を広げて、魔力を放つ。

 ガラス状になった魔力の壁が広がり、黒龍の波動とぶつかる。

 防御なら手加減なんて不要だ。

 全力の魔法で防ぎ切ってやる。


 更に魔力を上乗せする。

 衝撃波を受けてバリアはビリビリ震えるが、割れることはない。

 ウルスラたちのところに波動は届かない。


「もう、いい加減に!」


 両手に魔力をまとう、いつものスタイル。

 ツバキ曰く、『地獄の業火』と同じ要領でこれを行えば、もっと威力を上げられるらしい。


 『業火の鉄拳ブラストナックル』。

 単純が故、純粋な威力だけなら、全魔法の中でもトップクラスの技だ。


 これ以上長引けば、仲間たちが傷つく。

 最悪、黒龍は殺してもいい。

 仲間が死ぬより、よっぽどマシだ。


「大人しくしろ!」


 突進してきた黒龍の顎に、アッパー気味のパンチを放つ。

 黒龍の頭がかち上がり、口から炎が漏れた。

 露わになった首にストレート。

 吹っ飛ぶ黒龍の尻尾を掴み、再び引き寄せて腹部を打ち抜いた。

 悲鳴はもう聞こえない。

 念のためもう一発。


 脳天への拳骨を最後に、黒龍は白目を剥いて動かなくなり、重力嵐の外へ流れて行った。


 やばい、本当に殺してしまったかもしれない。

 ただ、今はそれどころじゃない。


「ツバキ! マチルダ、ロベリア!」

「大丈夫だよドランくん、みんな無事さ。気を失ってはいるけれどね」


 漂う岩石に寝かされた三人は、悲痛の表情で目を閉じていた。

 頭から血を流し、身体には無数の傷が出来ている。


「あとは私に任せるといい」


 言って、ウルスラは三人にまとめて回復魔法をかけた。


「『完全治癒フルヒール』」


 三人の傷がゆっくり塞がり、徐々に顔に血色が戻っていく。

 さすが【回復マスター】のスキル持ちだ。


「ありがとう、ウルスラ。ごめんな」

「何を謝ることがあるんだい。君は私たちを守ってくれたのに」

「いや、そもそも巻き込んだのは俺だ。相手がここまで強いとは思わなかった……」

「私たちは自分の意志でついてきたんだよ。油断していた自分たちが悪いのさ」

「だけど……」

「ほら、せっかく倒したのに、このままだと黒龍を捕獲できないじゃないか。私が見ておくから、ドランくんは黒龍を」


 後ろ髪を引かれる思いのまま、俺はウルスラの言う通り、黒龍が流れて行った方に向かって飛んだ。


 黒龍の姿を探しながらも、俺の脳裏にはさっきの光景が蘇ってきていた。

 ツバキ、マチルダが、ロベリアが血を流し、気を失う。

 あの巨体の攻撃だ、きっと骨も折れていただろう。


 もうこれっきりだ。

 この先は手加減なんてしない。

 もっと強くなって、仲間を守るんだ。

 でないと、新しい仲間を作るなんて言っていられない。


 俺は密かな決意を胸に、見つけた黒龍の尻尾を掴んで、ウルスラのところに戻った。

 既に意識を取り戻していたみんなの笑顔が、今は目に痛かった。

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