第十九話 ミミック、邂逅する


「重力嵐?」


 新たにウルスラを加えた人型五人組で、固まって飛行する。

 次元龍の配合素材である黒龍は、かなり遠いところにいるらしかった。

 一番飛行速度の遅いロベリアに合わせて飛んで、片道三時間ほど。

 今までにない長旅だ。


「うむ。重力の方向が狂い、岩や瓦礫が浮遊している場所がある。そこに、重力を操る龍、黒龍はおるはずじゃ」

「重力嵐なら私も一度見たことがあるが、あそこに黒龍がいるなどという話は初耳だぞ。確かなのだろうな」

「妾は心当たりがある、と言っただけじゃ。やつが見つかる保証などしておらん」


 ツバキは何食わぬ顔で答えた。


「貴様、ドラン様を三時間も連れ回しておいて、いませんでしたで済むと思っているのか?」

「まあまあ、いいよマチルダ。気にするな。情報があるだけでもありがたい」

「で、ですが……」

「マチルダは本当にドランくんが好きなんだね。かわいいじゃないか」

「ふん、当然だ。ドラン様は私の全て。私はドラン様のために生き、ドラン様のために死ぬのだ」


 ウルスラのからかうような言葉にも、マチルダは一層胸を張るばかりだった。

 本当に慕われていたんだな、魔王。

 ごめんな、ミミックになっちゃって。


「マチルダのドラン様への気持ちは『盲信』ですわ。それにひきかえ、わたくしの気持ちは『愛』。つまり、わたくしの方がドラン様をお慕いしているのです」

「ふぅん、なるほどね。ロベリアは愛、か」

「勝手なことをほざくなロベリア。盲信だと? この想いは『忠誠』だ。貴様の薄っぺらい『思慕』と一緒にするな」


 舌戦。

 飛びながら黒と白のオーラを放ち、ロベリアとマチルダは睨み合った。

 すっかり見慣れた光景だ。

 ウルスラはおもしろそうにニヤニヤしているが、俺とツバキは既に飽きてしまっている。


 ふと気づくと、眼下には広大な砂漠が広がっていた。

 随分遠くまで来たらしい。


「ここを越えれば、重力嵐はすぐじゃ」

「黒龍に会って、それからどうするんだ?」

「弱らせて捕獲か、説得して連れてくるか、どちらかじゃろうな。まあ、後者の方は望み薄じゃが」

「……黒龍ってどんなやつなんだ? 会ったことあるんだろう?」


 恐る恐る聞いてみた。

 ツバキがこれなんだから、黒龍はもっと気難しいやつなんじゃなかろうか。

 聞くところによると、クリムゾン・ドラゴンよりも黒龍の方が、魔物としては格上らしいし。


「無気力な男じゃ。しかし、実力は折り紙つき。一番厄介な組み合わせじゃな」

「な、なるほど……」

「言ったじゃろう。説得は望み薄じゃて。さあ、見えたぞ」


 ツバキが指差す方に、俺たちは一斉に顔を向けた。

 空の一部が、渦を巻くようにドス黒く歪んでいる。

 建物の残骸や瓦礫、巨大な木や岩石が不気味に漂う異様な空間だ。


「あれが重力嵐。そしてその最奥に、やつがおる」

「近づいても平気なのか?」

「ある程度のちからがあれば身体に問題はない。そのまま飛んで入れるはずじゃ」


 言いながら、ツバキが重力嵐の中に飛び込んだ。

 はたから見ても、特に異変はない。

 俺たちも頷き合ってから後を追う。


「お、おおお……」

「ふ、不快ですわ……」


 身体中があらゆる方向に引っ張られる感覚に襲われる。

 行動に支障はないが、なんとなく気持ち悪い。

 マチルダとウルスラも苦しそうな顔をしていた。


「なぜ黒龍はこんな場所に居座っている?」

「偏屈じゃからな。それにこの重力嵐は、黒龍自身が作り出しているものじゃ。つまり、そこにはほぼ確実に、あやつがおる」


 マチルダは呆れながらも、先頭を行くツバキに追いついていった。

 俺はウルスラ、ロベリアと一緒に、ゆっくりと追いかける。


「戦闘になる、のでしょうか?」

「黒龍はSSランクらしいから、それはマズそうだね。かと言って説得も難しいようだから、どうなることやら」


 言いながらも、ウルスラは楽しそうだった。

 こういう怖いもの知らずなところは、同じ擬態系の魔物としては見習いたい部分ではあるなあ。


 ただ正直、俺も黒龍との戦闘は極力避けたい。

 SSランクと言えばクリムゾン・ドラゴンと同じランクだ。

 こっちはSSが四人にSSSの俺がいるからさすがに負けることはないにしても、相手はドラゴン。

 激戦は必至だろう。

 怪我人が出ないとも限らないし、できれば話し合いで解決したいところだ。

 まあ、「配合素材にさせてくれ」なんて言われれば、黒龍じゃなくても納得しなくて当然だろうけど。


「いたぞ、やつじゃ」


 ツバキが指差す方向を、全員で見る。


 漆黒の巨大な球体が、歪んだ虚空に浮かんでいる。

 その半透明な魔力のバリアを通して、中にいるそいつの姿が見えた。


 大きな翼と、だらんとした腕。

 刺々しい鱗が全身を覆い、爬虫類然とした頭部はまさしくドラゴンだ。

 外皮を見るだけで強靭な筋肉の存在を確信できる。

 それらの全てが真っ黒に染まり、この重力嵐に溶け込んでいた。

 瞳を閉じ、黒龍は脱力した姿勢でただ、浮かんでいた。



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『』

種族:黒龍 SS


HP(生命力):SS

MP(魔力):S

ATK(攻撃力):SSS

DEF(防御力):SS

INT(賢さ):S

SPD(俊敏性):SSS


固有スキル:【龍の加護】【逆鱗】

習得スキル:【HP自動回復大】【状態異常無効】【プレッシャー】【闇属性無効】【支配者の眼光:低級モンスター無力化】【覚醒:全能力アップ大】



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 なんか、全体的にステータス高くないか?

 魔物図鑑で見たステータスは、もう少し低かったと思うんだけど……。


 ひょっとして、習得スキルの【覚醒:全能力アップ大】ってやつが原因か? 


「まずいな、覚醒しておる」


 ツバキがちょうど、それっぽいことを言ってくれた。


「なんですの、それは」

「ドラゴンや一部の魔物は長く生きると、全ての能力が上がる覚醒状態になる。今のあやつは、SSSランクと同等のちからを持っていると考えて間違いないじゃろう」

「SSS……俺と、魔神と同じ……」


 自分以外に見るのは初めてだ。

 ステータスでは勝るけれど、果たして勝てるのか……。


「動かないけど、生きてるのか?」

「多くのドラゴンは基本的に、いつも眠っておる。そして、外敵の存在を感知した時だけ……」


 突如、黒龍の目がギロリと見開かれた。

 黒いバリアが割れ、鋭い音が耳に突き刺さる。

 と同時に、突風のような衝撃が俺たちを襲った。


「何者だ、お前たち」

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