第十八話 ミミック、考察する


 屋敷で夕食を終えて、深夜。


 魔王の書斎でデスクにつき、俺は魔物図鑑をめくっていた。

 明かりは数本のロウソクだけ。

 備え付けのデカいベッドにはツバキが寝そべり、同じく配合図鑑を眺めている。


 今回のウルスラの配合で、色々と学んだことがある。


 一つ、配合先の魔物によっては、素材のどちらの人格が継承されるのか、確定できるということ。


 二つ、同じ素材でも、触媒の有無で配合結果が変わるレシピが存在すること。


 そしてここからは、知識ではなく認識の問題だ。


 三つ、素材どちらかの人格が残る以上、少なくとも片方には、協力に肯定的になってもらう必要がある。


 力ずくで連れて来れば配合まではできる。

 でも俺がしたいのは軍事力増強じゃなく、コミュニティの構築だ。

 参加する側にもモチベーションが無ければ、その目的は果たせない。

 事実、もしダークシルフを配合してしまっていたら、残ったのはホルスの人格だった。

 あいつはきっと俺たちを憎んでいただろうから、そのあとが大変だったに違いない。


 それに、あいつを捕獲するために殺してしまった、ほかのホルスたちにも悪いことをした。

 弱い者が消える。

 それが摂理。

 そうは言っても、俺だって元はそっち側だ。

 無用な殺生は、できれば避けたい。


 そして四つ、新しい仲間に俺の素性を明かすかどうかは、慎重に決めなければならない。


 そもそも魔王の俺とミミックの俺、二つの立場における目的が違う以上、どちらを新しい仲間に説明するか、場合によって変える必要がある。

 ウルスラにはあっさりバレてしまったから今回は例外だが、今後の配合では難しい問題になってくるだろう。


 まあ、こんなところか。

 ツバキもこれには同意見らしく、自分なりに考えておく、と言ってくれた。


 で、今は二人で、次の仲間を見繕っているところだ。

 ロベリアが選んでくれたリストもあるが、当然ながら彼女は戦力拡大に重点を置いていたから、俺たちの基準も踏まえた別のリストも作らなければならない。


「単に仲間を増やすのも良いが、これからの配合に役立つ魔物を、いち早く作っておくべきじゃろうな」

「俺もそれは思ってたよ。モンスターを生け捕りできるやつが欲しいな。殺すのはできるだけ避けたい」

「ふん、生ぬるいやつめ。まあしかし、それで恨みを買ってもこちらが困るだけじゃからな。生け捕りの手段は確保せねばなるまい」

「それと、捕獲した魔物を目立たず運べるようにできないか? ウルスラを運ぶ時に思ったけど、アルラウネよりデカいモンスターを運ぶのは、サイズ的にキツいぞ。人間に見られるのも良くないし」


 しかもアルラウネは、花がやたら大きくて色も派手だったから、きっと飛んでいるところを誰かに見られただろう。

 今思えば、もっと高く飛べばよかった。


「ふむ。ならばこやつはどうじゃ? 『デスカメレオン』。固有スキル【透明化】は、触れたものも透明にできるようじゃぞ」


 ツバキはスキル名鑑と魔物図鑑を交互に見ながら言った。

 明かりを持ってベッドの方に移動して、図鑑を覗き込む。

 うーん、見た目がグロいなあ。


「もっとかわいいやつはいないのか? 同じスキルで」

「【透明化】はデスカメレオンだけが持つ固有スキルじゃ。諦めい」

「そうかぁああ」


 脱力感に襲われて、俺もベッドに倒れこむ。

 よく考えたら、ツバキと二人で横並びか。


 ツバキはそのことには特に言及せず、そのまま次の魔物を探し始めてしまった。

 ちょっとでも意識した俺が馬鹿だった。

 俺もページをめくるとしよう。


「夜更けに何をしているかと思えば、君たちはそういう関係なんだね」


 突然の入り口からの声に、ツバキはドアの方へ振り返った。

 俺はと言うと、後ろめたさのあまり、反射的にベッドから立ち上がってしまった。


 この声は……。


「妬けてしまうじゃないか。邪魔をさせてもらうとしよう」

「う、ウルスラ……」

「ぬしこそ何をしておる。贅沢にも、ぬしには自分の部屋が与えられておるじゃろう」


 部屋に入ってきたウルスラは、暗い書斎の中でもぼんやりと翠色の光を放っていた。

 部屋が少しだけ明るくなる。


「何やら楽しそうな話し声が聞こえたものでね。私も混ぜてもらおうとここへ来たのだけれど」

「勝手に入ってくるなよ……」

「寂しいことを言ってはいけないよ。それに配合の話なら、私だって役に立てるかもしれないよ」


 ウルスラはそう言って、さっきまで俺が持っていた魔物図鑑を手に取った。

 そのままベッドに腰掛ける。


「要するに、素材の魔物を誰にも見られずに回収したい、ということだろう?」

「何か良い案があるのか?」

「一つだけね。まあ森にいた頃に旅人の話し声を聞いて得た情報だから、真偽の程は不明だけれど」

「もったいぶらずに早う言わんか」

「そう焦らないでくれ。私だってうろ覚えなんだよ」


 あーでもないこーでもないと言いながら、ウルスラは魔物図鑑をめくる。

 どうやら覚えているのは、なんとなくの名前の響きだけらしい。


「どんな魔物なのじゃ?」

「短い名前だったよ。その魔物は一度訪れた場所と場所を、次元のトンネルで繋ぐことができるんだ。たとえば、そう、屋敷の庭と配合場を一瞬で行き来できる。もちろん、素材の魔物を捕獲した地点から、すぐに屋敷に戻ることもできる。トンネルは、かなり大きなサイズでも通せると言っていたね」

「す、凄いじゃないかそれは!」


 夢のような能力だ。

 それならまず目立たないし、捕獲する魔物の大きさも気にならない。

 一人で何役もこなしてくれるわけだ。

 是非、仲間に欲しいぞ。


「ああ。けれど、名前がどうにも思い出せない」

「『次元龍』じゃ」


 ツバキが呟くように言った。

 ウルスラと俺の視線が彼女に集まる。


「次元龍、龍型の魔物の中でも極めて特殊な存在じゃよ」

「知ってるのか、ツバキ」

「龍型は大抵、互いに存在を認知しておる。会ったことはないし、個体が現存しているかどうかも定かではないがな」

「さすがはクリムゾン・ドラゴンだね」


 ウルスラの言葉に、ツバキははっとして口に手を当てていた。

 まあ、ウルスラはもともとツバキの正体には気づいてるから、今更なんだけども。


「名前が分かればあとは早いね」


 ウルスラが魔物図鑑から『次元龍』の項目を見つけ出す。

 俺も配合図鑑で、同じ名前のページを開いた。


「SSSランクじゃないか。これは、骨が折れそうだね」

「素材は……『黒龍』と『オリハルコンスライム』か。触媒は無し、と。ウルスラ、生息地を見てくれ」

「ああ。オリハルコンスライムは……『ウロン大鍾乳洞』と書いてあるね」

「鍾乳洞! 神秘的な響きだな。どこにあるんだ?」

「そこまで遠くではないようだね。飛んでいけばすぐだろう」

「じゃが、オリハルコンスライムは滅多に見つからん魔物じゃ。個体数も少ない。手を焼くかもしれんぞ」

「そうか……。まあ、それは向こうで考えよう。見つけるしかないしな」


 魔物図鑑にもあまり役立ちそうな情報は載っていないようだし、ここは行き当たりばったりしかなさそうだ。


「じゃあオリハルコンスライムは良いとして、黒龍の方はどうなんだ?」

「それが、少し困ったことになってね」


 ウルスラはそう言って、魔物図鑑のページを俺に見せてくれた。


「生息地……不明?」

「ああ。少なくとも魔物図鑑には、黒龍の居場所の情報はないみたいだね」

「そんなぁ……」


 項垂れる俺。

 ウルスラが肩を叩いてなぐさめてくれるが、元気は出ない。

 うーん、次元龍、欲しいのになぁ。


「ぬしらは阿呆か。さっきの妾の言葉をもう忘れたのか」


 ツバキが呆れたようにそんなことを言った。

 ああ、そうか。

 黒龍もドラゴンじゃないか。


「知ってるのか? 黒龍の居場所」

「何度か会ったことがあるからな。心当たりがある」


 言いながらも、ツバキの表情はイマイチ冴えなかった。


「何か、嫌な思い出でもあるのかな?」

「……ふん、さあな」


 どうやら話したくないらしい。

 ドラゴン時代のツバキにも、やっぱり色々あったらしい。

 まあ、こんな性格だからなぁ、こいつ。


「じゃあ明日から早速、次元龍配合計画始動だな」

「ふふふ。なんだかワクワクするね」

「ぬしは気楽で羨ましいわ」

「せっかく人型になれたんだ。楽しまなきゃ損というものだよ」

「うん、それはたしかにそうだ」


 俺がウルスラに同調すると、ツバキは呆れたように手を広げ、肩を竦めた。


 いいじゃないか別に。



 ミミックなんだから。

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