第十七話 ミミック、嘘をつく
ロベリアが装置のスイッチを入れると、ツバキの時と同じように、二つのカプセルを繋いだ管が激しくうねった。
奥の広いスペースにエネルギーが放出され、羽根の生えた人の形を取る。
四人一緒にその人型の前に集まり、配合が完了するのを見届けた。
触媒に使ったエメラルドオーブのような、深い緑の長い髪。
アルラウネの時とは違う、透き通るような白い肌。
薄い布地に金色の装飾が施された服の隙間から、身体のラインが見え隠れする。
エルフのように尖った耳と、緑色の目。
最後に実体化した背中の翼は、透明な蝶のような羽根だった。
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『ウルスラ』
種族:シルフィード SS
HP(生命力):B
MP(魔力):SSS
ATK(攻撃力):S
DEF(防御力):B
INT(賢さ):SS
SPD(俊敏性):SS
固有スキル:【魔性】【神風】【翡翠の加護】
習得スキル:【MP自動回復大】【状態異常無効】【全回復魔法使用可】【風属性無効】
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【魔王の慧眼】が示したのは、やはりダークシルフではなくシルフィードという文字だった。
名前はウルスラのまま。
特殊配合、成功だ。
結局、みんなにはエメラルドオーブのことは伝えなかった。
あの後、ウルスラには花びらの中にオーブを隠してもらい、二人して一芝居打ったのだ。
計画通り、ロベリアやマチルダ、それからツバキにもバレず、俺たちは無事、取引を成立させた。
「な、な、な! なぜダークシルフではないんですの!!」
ロベリアが配合図鑑をバラバラめくり、レシピを確認している。
マチルダもそれを横から覗き込み、ロベリアに文句を言い出した。
ツバキは不思議そうにしながらも、魔物図鑑でシルフィードの欄を確認していた。
「やあ、ミミック君。これで共犯だね」
「改めてよろしく、ウルスラ」
三人には聞こえないように、こっそり会話する。
心なしか、アルラウネの頃よりもウルスラの表情が豊かになっているように見えた。
もともとかなり美人だったけれど、これはますます眩しい。
「これですわ、エメラルドオーブ!! 同じ素材に触媒をエメラルドオーブにすれば、ダークシルフではなくシルフィードが出来る!!」
ロベリアが図鑑のあるページを指差しながら叫ぶ。
俺たちは顔を見合わせ、一緒にとぼけようという意思を確かめた。
「オーブ? そんなもの、ホルスもアルラウネも持っていなかったぞ」
と、マチルダ。
「妾たちが与えたわけでもない以上、隠し持っていた、と考えるのが妥当じゃな」
「ツバキさんの言う通りですわ! あなた、シルフィードのあなた! エメラルドオーブを隠していましたわね!」
「やあ、初めまして。私はウルスラ。何を隠そう、私も驚いているよ。てっきりダークシルフになって、私の人格は消滅してしまうと思っていたからね」
「俺がアルラウネを捕まえた時には、ウルスラは石なんて持っていなかったぞ。ホルスのやつが持っていたんじゃないのか?」
「……ほお、そうか」
ツバキはさらしの上で腕を組み、目を細めた。
幸いホルスの人格は消滅している。
ここはあいつに罪を被ってもらうのが得策だろう。
「まあまあ、良いじゃないか。私にとっては嬉しい誤算だ。それに、これを見てくれ」
ウルスラはそう言って、ツバキの手から魔物図鑑を取った。
ペラペラとページをめくり、ダークシルフの項目を指差す。
「シルフィードのステータスは、ダークシルフより一段高い。戦力拡大としては申し分ないじゃないか。君たちも嬉しい、私も嬉しい。これでよかったのさ」
「ただ強ければ良いというわけではありませんの!」
「貴様、ドラン様に手を出せば命はないと思え」
嬉しくなさそうな二人がすぐに噛み付いた。
ウルスラは不敵な笑みを絶やさず、二人の怒号を受け流している。
ところで、ウルスラが動くとそこには微かな風が生じるようだった。
さすが風の精霊。
「よかったな、女が増えて」
後ろから、ツバキが小さくも棘のある声で話しかけてきた。
こいつはウルスラのこと、どう思っているのだろうか。
「回復魔法も得意みたいだし、まあいいじゃないか。仲良くしてやってくれ」
「仲良く、か。ぬしのようにか?」
「え?」
「愚か者め。ぬしらの企みなど既にお見通しじゃ」
ツバキは恐ろしいことを口にした。
思わず露骨に狼狽て、仰け反ってしまう俺。
「エメラルドオーブが石だなどと、誰も口にしておらんよ。ミミックのぬしが知っているとも思えん。つまりぬしは、あそこでエメラルドオーブを見た。ならば考えられる可能性は一つじゃ」
「お、お見それしました……」
「ふん。以後また妾を謀ろうとしおったら、その時は、分かっておるな?」
「はい。反省しております。すみませんでした……」
ここは平謝り一択。
ツバキに協力関係を破棄されるのはさすがに痛すぎる。
しかし、やっぱりさすがは元ドラゴン、目のつけどころが鋭い。
「話したのか?」
「うん、だいたいは」
「なぜ、乗ってきた?」
ツバキの問いに、俺は数時間前のウルスラとのやり取りを思い出す。
『私は、君と同じだよ。』
あの時、ウルスラは言った。
「アルラウネは森の中でしか生きられない。花のふりをして旅人や魔物を襲い、養分にして生きるんだ。誰かに似てると思わないか?」
「……ふむ」
「あいつは、俺と同じだよ。仲間もいなくて、ただ一人で静かに、眠ったように生きていた。アルラウネは、森のミミックなんだ」
「だから?」
「だから、自分も行きたいって。普通の暮らしや、仲間がどんなものか知りたいって。アルラウネとしての生活に未練はないらしい」
『それに、私はね』
「信用できるのか?」
「さあ。でもいざとなっても、俺は魔神だ。それに、お前もいるだろ?」
「ふん。まあ、それはそうじゃな」
ツバキは満更でもなさそうに頷くと、まだ盛り上がっている三人のところに、ゆっくり歩いて行った。
これで、四人。
うん、賑やかだなあ。
『君のことが気に入ったのさ』
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