第十六話 ミミック、提案される
声のした方に視線を向ける。
そこには巨大な薔薇があった。
真っ赤な薔薇。
その花の中心から、女の身体が生えている。
緑色の肌と、それより少し明るい緑の長い髪。
女性的な大きな胸と身体のラインが眩しい。
驚くほど整った顔から、眠そうな目がじっとこちらを見ている。
不思議と敵意は感じなかった。
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『ウルスラ』
種族:アルラウネ S
HP(生命力):A
MP(魔力):SS
ATK(攻撃力):D
DEF(防御力):B
INT(賢さ):SS
SPD(俊敏性):D
固有スキル:【魔性】【幻惑】【擬態】
習得スキル:【MP自動回復中】【状態異常無効】【全補助魔法使用可】
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やっぱり、こいつがアルラウネか。
図鑑で見た姿と同じだが、思っていたより薔薇がデカい。
ツタは、そいつの身体から伸びていたらしかった。
「私に何の用かな」
口元が、ニヤリと小さく吊り上がった。
霧は未だ深いのに、なぜかアルラウネの顔はよく見える。
「え? えーっと……」
「ずっと、私の話をしていただろう? 私を弱らせるとか、捕まえるとか」
「き、聞こえてたのか?」
「この森にはいたるところに、私の根が張ってあるからね。ずっと聞こえていたし、見えていたよ」
「なるほど……。マチルダとロベリアを逸れさせたのもお前の仕業か?」
「ああ。少しの幻覚と地形操作で、分断させてもらった。安心してくれ、危害は加えていない。サムライエルフの女の子も一緒に、今頃は霧の外に出ているよ」
アルラウネは不敵な笑みを浮かべながら、小さく手招きした。
花びらに手が届きそうなところまで近づくと、アルラウネは満足そうに頷いた。
「聞いての通りだ。俺たちは『ダークシルフ』を作るために、配合素材であるアルラウネ、お前を捕まえにきた」
「ウルスラ、と呼んでくれていいよ」
アルラウネは表情を変えずに言った。
ホルスの時とは、随分と相手の反応が違う。
不思議な魔物だ。
「じゃあ、ウルスラ。悪いけど、一緒に来てもらう」
「嫌だ、と言ったら?」
「力ずくで連れて行くしかない。お前は良いやつそうだから、できればそれはしたくないんだ」
「優しいんだね、ミミックの魔神くんは」
ウルスラは驚くべきことを言った。
魔神はともかく、どうして俺が元ミミックだと知っているんだ。
「簡単なことだよ。魔神は魔王とミミックを配合することでしか生み出せない。けれど君は、魔王ではない」
「魔神の配合レシピを知ってるのか……」
「たまたまね。魔王が生きていたことも、なんとなく分かっていたよ」
ウルスラは目を細めて、妖しく笑った。
俺の心は完全にミミックに戻ってしまっていた。
相手が自分より弱い魔物だと、どうしても思えない。
もしかして、なんか凄いやつをターゲットにしてしまったんじゃないか、俺たち。
「あのサムライエルフだって、クリムゾン・ドラゴンとコスモ・フェアリーの配合だろう。中身がどちらなのかは分からないけれどね」
「お前は配合に詳しいのか?」
「だから、たまたまさ。特殊配合のレシピを知っている魔物だっている、ということだよ」
うーん、そういうものなのか。
「それで、ミミックくんはなぜ、私を『ダークシルフ』にしようとしているのかな」
「勇者を倒すのに、回復魔法の専門家が欲しいんだ。魔王軍の戦力アップになるからな」
「それは魔神としての理由だろう。私はミミックの君に質問しているんだよ」
何もかも見透かしたように、ウルスラは言った。
「君に勇者を倒す理由があるとは思えないからね」
「うっ……。いや、まあお前の言う通りなんだけどさ……。難しいんだよ、実際は」
「そうだろうね。わざと意地悪なことを言ってみただけだから、気にしないでくれ」
本当に悪いと思っていそうな口調で、ウルスラは謝ってくれた。
なんだか、掴み所のないやつだ。
「正直、俺はただ仲間が欲しいだけなんだ。配合で頼れる仲間を集めて、みんなで楽しく、平和に暮らせたらそれで良いって今は思ってる。なにせミミックでいた頃は、俺にはそれが無かったからさ」
「だけど、自分には魔神の力があり、そのために魔王が犠牲になってしまった。だから身の振り方に悩んでいる、ということだね」
「そう! まさにそうなんだ。俺はどうすればいいんだろうか……」
配合素材を捕まえに来ただけなのに、いつの間にか俺はその素材に人生相談を持ちかけてしまっていた。
なんと情けない。
けれど、ミミックであることを隠さなくていい相手というのは、俺にとってはツバキ同様、つい甘えてしまう対象になってしまうのである。
「周りは知らないのかな、君が魔王ではないということを」
「サムライエルフのツバキ、あいつだけは知ってるよ。魔王の友達で、俺を助けてくれることになったんだ」
「なるほどね。つまりその子以外に怪しまれないために、回復魔法の使い手という建前でダークシルフを作りたいわけだ」
「そういうことだ」
一から十まで、全てバラしてしまった。
これはきっと、俺の心の弱さなのだろう。
秘密を抱える過酷さと心細さに耐えかねて、打ち明けることで楽になろうとしている。
あぁ、これは、もうだめだ。
「でも、いいよ。もう諦める。そんなこと言われて、ついて来たいわけないもんな。ありがとう、話を聞いてくれて。すごく楽になった」
「私を連れて行かないのかな?」
「ああ。みんなには、なんとか適当に誤魔化して、分かってもらうよ」
言ってから、ウルスラに背を向けて俺は歩き出した。
仕方ない。
第二候補の魔物もいるし、そっちを当たろう。
ホルスはまたほかの魔物の配合に使えば良いだろう。
「ダークシルフは男なんだよ」
突然の背後からの声に、俺は振り返った。
見ると、ウルスラがじっとこちらに視線を向けていた。
「……ああ、そうらしいな」
「だから私とホルスを配合したって、残るのはホルスの方なんだ」
「えっ、そうなのか? 精神力の強い方が残るって、そう聞いてたんだけど」
「それはあくまで基本ルールだよ。特例として、種族自体に性別が定められている場合は、配合素材に同じ性別の魔物がいれば、その精神が優先されるんだ」
「捕まえたホルスは男だったから、つまり、そういうことか」
「ホルスには男しかいない。そして私たちアルラウネには、女しかいない。だから男だけのダークシルフには、ホルスの精神が宿るんだよ」
ウルスラはどこか含みのある話し方でそう告げた。
彼女は、一体なにが言いたいんだろうか。
「触媒に『エメラルドオーブ』」
ウルスラはそう言って、花びらの奥に手を入れて、一つの丸い石を取り出した。
森のような深い緑色が妖しく輝き、魔力の流れを感じた。
「ダークシルフと同じ素材二体に、触媒はエメラルドオーブ。これで『シルフィード』が生まれる。そしてシルフィードには女しか存在しない」
ウルスラがエメラルドオーブを指で弾くと、それはフワフワとこちらに飛んできて、ゆっくりと俺の手の中に収まった。
ウルスラは眠そうだった細い目を大きく開いて、いっそう透き通る声で言った。
「エメラルドオーブでシルフィードを作る。その条件を飲んでくれるなら、私を配合しても構わないよ」
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