第十五話 ミミック、道に迷う


 『ダークシルフ』の配合素材その二、『アルラウネ』。


「アルラウネは特に知能が高く、状態異常系の補助魔法を得意としますわ。皆さん、お気をつけください」


 マチルダを先頭に、俺たち四人は密林を進む。


 ここは世界最大の樹海『モルグラード』。


 獣型をはじめ、植物型、昆虫型の魔物の巣窟だ。

 生態系も複雑怪奇。

 自然現象の坩堝。

 アルラウネはこの森の中心にある、広大な花畑にいるらしい。


 花畑の上空には濃い霧がかかっていて、飛んで近づくことはできなかった。

 俺たちはみんなで地上に降り立って、霧の中を草木を掻き分けながら進んでいた。


「今回も弱らせて睡眠魔法でいいのか?」

「いえ、アルラウネにはスキル【状態異常無効】がありますわ。物理的に拘束するしかありませんわね」

「そうなのか。拘束具はあるのか?」

「マチルダが鎖を持っていますわ」

「私にお任せください!」


 前を歩いていたマチルダが、虚空から黒鉄の鎖を出現させてこちらを見た。

 便利なもんだな、そのちから。


「……ところで、ロベリアよ」


 しんがりを務めていたツバキが声を掛けた。

 なんとなく、神妙な雰囲気を感じる。珍しいな。


「なんですの」

「ぬしは気づかぬか」

「何に気づくというのです?」

「……いや」


 顎に手を当て、ツバキは黙り込んでしまった。

 ロベリアを見ると、彼女も首を傾げていた。

 どうしたんだ、ツバキのやつは。


 またしばらく、黙々と歩いた。

 霧は濃くなる一方だ。

 背の高い草を避けながら、ひたすら前に進む。


「……いや、やはり気のせいではないぞ」


 突然、ツバキが立ち止まった。


「どうしたんだ、ツバキ」

「臆病風に吹かれたか」

「あほうめ。これだけ歩いて、いっこうに花畑に辿り着かぬのは明らかにおかしい。地上に降りた時の目測では、それほど距離は無かったはずじゃ」

「迷ってるってことか?」

「いや、迷わされている、と言った方が適切じゃろうな」

「魔物の仕業か?」

「アルラウネの術やもしれんな。ホルスの時もそうじゃったが、地の利が相手にあるというのは厄介なものじゃ」

「ここら一帯を吹き飛ばせば解決するだろう」

「アルラウネを全滅させてしもうたらどうする。相手が見えぬ以上、下手な実力行使は愚策じゃ」

「でも、それじゃあどうするんだ、ツバキ」

「単に迷っているだけならまだマシじゃ。幻覚の類であればかなり難儀するぞ、これは」

「うーん、困ったな。ロベリアはどう思う?」


 言いながら、霧が立ち込める周囲をぐるっと見渡す。

 返事どころか、ロベリアの姿はどこにも無かった。


「おい、ロベリアは?」

「知らぬぞ。いつの間にやら消えておるな」

「はぐれたのかな。無事だといいんだけど……」

「ふむ、マチルダ。ぬしは見ておらんか?」


 マチルダの返事は無かった。

 ついさっきまで、たしかに近くにいたはずだ。

 これは、もしかしてヤバいんじゃないか。


「どうする?」

「一旦引き返すべきやもしれんな。まあ、今やどっちが前で、どっちが後ろか分かったものではないが」

「えぇ……。大丈夫なのか、俺たち」


 永遠に出られなくなって飢え死に、なんてごめんだぞ、さすがに。


「案ずるな。真上に飛び続ければ、いつかは霧を抜ける。あやつらもそれくらい気づくじゃろう」

「ああ、なるほど。全然思いつかなかった」

「ミミックのぬしとは経験値が違う。仮にも魔王の側近じゃからな、あやつらは」


 ツバキは意外にも、あの二人のことを信頼しているらしかった。

 いつもいがみ合っているのに。

 これはいわゆるツンデレというやつか。

 違うか。


「相手の懐に入るには、状況が万全とは言えぬ。出直すか?」

「そうだな……。霧の外で二人と合流して、改めて対策を練ろう。すぐに落ち合えるといいけど」


 俺とツバキは頷き合い、一緒に飛び上がった。

 地面と垂直に飛び続ければ、いずれは霧を抜けるはずだ。


 ツバキは器用に木々を避けてするする上がっていく。

 俺もなるべく離されないように後を追う。


「……おわっ!」


 俺は突然右足を誰かに掴まれてバランスを崩した。

 下方に向かって引っ張られ、みるみる高度が落ちていく。

 ツバキの姿はもう見えなくなってしまった。

 見ると、俺の右足首には、どこからか伸びたツタが巻きついていた。


 咄嗟にバリアを張って、落下の衝撃に備えた。

 背中から地面に落ちたが、おかげで痛みはない。


「な、なんなんだこれは……」


 ツタはゆっくり足からほどけると、蛇のようにニョロニョロ動いた。

 右手に紫炎の魔力を纏わせて身構えるが、どうやら、襲ってきたりはしないようだ。


 ツタはその先をぬうっと持ち上げると、こちらを見つめるようにゆっくり揺れていた。

 それから、まるで手招きしているように先を二度曲げると、霧の中に吸い込まれるように消えていった。


「……呼ばれてる、のかな?」


 とりあえず、追いかけてみることにした。

 ヤバかったら最悪、さっきみたいに上に飛ぼう。

 まあでも魔神だし、大丈夫だろう。たぶん。


 ツタを追ってしばらく歩くと、突然開けた場所に出た。

 霧であまり見えないが、どうやら、辺りには一面赤い花が咲いているらしい。


 ここはもしかして、目指してた花畑なんじゃなかろうか。


「やあ」


 俺の耳に、突然透き通るような声が響いた。


 

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