第十四話 ミミック、捕獲する

 結果として。


「……ダメだな」

「ダメですわね」

「ダメじゃな」

「ダメですね」


 ホルスは全然見つからなかった。


 スカイバレーは、雲に突き刺さる大山脈に囲まれた、圧倒的な渓谷だった。

 鳥型や獣型の魔物がたくさんいて、強そうなモンスターも多かったのだが、肝心なホルスはどこにもいなかった。


 魔物図鑑によれば、ホルスはかなり高いところに生息し、優れた視力で遠距離から狙いを定め、獲物を狩るらしい。

 しかし、ロベリア以外の三人でバラバラに飛び回って探してみても、見つけられなかった。


 俺たちは渓谷の中腹の崖に降り立って、四人で話し合っていた。


「絶滅したのか?」

「ホルスはスカイバレーの食物連鎖の頂点。それは考えにくいですわ」

「妾たちの魔力を感じ取って、隠れているのやもしれんぞ。なにせSSランク三人と、SSSランクが一人じゃ」

「ふん、怖気付いたか」

「仕方ありませんわ。ひとまず出直して、作戦を立て直しましょう」

「それが良いかもしれないな」


 ダークシルフ配合に必要な魔物は、もちろんホルスのほかにもう一体いる。

 あまりホルス一体だけに時間をかけてもいられない。


 俺たちは一旦諦めて、山を降りることにした。

 バリアを張り、崖から飛び降りながら飛行する。

 先頭を切る俺。


 うーん、それにしても困ったな。

 当然と言えば当然だけれど、なかなかうまくいかないもんだ。

 この調子だと、次の魔物もどうなるか分かったもんじゃないぞ。


 ヒュンッ!!


 四人もいるわけだし、二人ずつ手分けした方がいいかもれないな。

 ロベリアの睡眠魔法以外に、拘束する方法があれば良いんだけれども。


 ヒュンッ!!


 でもそうすると、人数が増えれば捕獲の効率も上がりそうだな。

 むしろ捕獲に特化した魔物を優先的に仲間にしても良いかもしれない。

 屋敷に戻ったらロベリアに相談してみるか。


 ヒュンッ!!


「……ん?」


 鋭い風音と、微かな風圧。

 振り返ると、俺の後ろには誰もいなかった。

 たしかにさっきまで、三人がついてきていたのに。


「……なんだ?」


 刹那。


 研ぎ澄まされた殺気が急速に接近してきた。

 今まで攻撃を受けた時と同じように、俺の周囲の動きが極端に遅くなる。


 何かに狙われている?


 これは、上か。


「キィィィィイイっはぁ!!」


 獰猛さと知性が混じり合った声。

 急降下してくる、猛禽類のような大きな影。

 図鑑で見たのと同じ。

 間違いない、ホルスだ。


 向こうから襲ってきたわけか。

 三人はこの奇襲で攫われたに違いない。

 たしかに超速だ。

 並みの魔物なら気づきもできないだろう。

 けれど俺には、見えている。

 さすがは俊敏性SSS+だ。ありがとうミミックの頃の俺。


 ついでに【魔王の慧眼】も発動。ステータスが見える。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『』

種族:ホルス S


HP(生命力):A

MP(魔力):B

ATK(攻撃力):S

DEF(防御力):B

INT(賢さ):A

SPD(俊敏性):SS


固有スキル:【加速】【鷹の目】

習得スキル:【風属性無効】【麻痺無効】【クリティカルアップ大】



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 ステータスも図鑑で予習した通りだ。

 なんら問題はない。


 右の拳に魔力を纏わせる。

 伸びてくるホルスの爪をかわしながら、クロスカウンター気味に嘴を殴りつけた。

 吹っ飛んだホルスは向かいの岸壁に激突し、めり込んで動かなくなる。


「あ、やばい。殺しちゃったかも」


 咄嗟のことで力加減ができなかった。

 まあ自衛のためにも、今のは仕方ない。

 許してくれ、みんな。


 ん?

 今のがホルスなら、みんなはどこへ行ったんだ?


 

 キィィィィィイイイイイ!!!!



 突然、耳を突く鳴き声が渓谷にこだました。

 しかも、いくつも重なって聞こえる。


 これは、まさか……。


 さっきと同じ突き刺すような殺意を感じ、俺は宙に浮かびながら辺りを見渡した。

 間違いない、これは。


「キィィィイっはぁ!!」


 鳴き声と同時に、絶壁や岩場の陰から数匹のホルスが飛び出してきた。

 そのままの勢いで急接近してくると、爪を突き出して俺を狙ってくる。


 なるほど、そりゃあそうだ。

 向こうだって生き物。

 群れを組んで集団で生活していてもなんらおかしくはない。

 しかも渓谷はやつらの庭。

 俺たちはここに来てすぐに、ホルスの群れの標的にされていたんだ。


 繰り出される無数の斬撃を紙一重でかわしながら、対策を練る。

 倒すだけならなんとかなるが、一匹は確実に捕獲しなければならない。

 それに、攫われたであろう三人も助けたい。

 おそらくは俺たちを分断して、各個撃破するつもりなんだろう。


 だけどこのままじゃあ、そのうちやられる。

 数は……ずいぶん増えたな、十八体か。

 なら、十七体は殺しても問題ない。


 突進してきた一体の嘴を掴み、ホルスを武器にして他のホルスを叩く。

 十七体倒すまで手加減はいらない。

 左手には魔力を纏わせて、さっきと同じ要領でカウンターパンチ。

 崖下や空の彼方に数匹のホルスが飛んでいく。


 『地獄の業火ヘルブラスト』は地形を変えてしまう可能性があるから使えない。肉弾戦で一体ずつ、確実に制圧する。


 再び一体を殴りつけ、ついに残り三体。

 とうとうホルスたちは突っ込んで来るのをやめ、俺から距離を取った。

 並んで羽ばたきながら、こちらを睨んで来る。

 どうやら力の差に気がついたらしい。


 普通ならここで、一旦膠着状態になったりするんだろう。

 だが俺も、かなり身体が温まっている。

 間髪入れずに、終わらせよう。


 可能な限りの速度で距離を詰め、ホルスが回避行動に入る前に翼を鷲掴みにする。

 もう一体に向かってそのホルスを投げつけ、二体ダウン。

 これで、あと一体。

 こいつだけは、殺せない。


 逃げられないように射竦めながら、どうやって弱らせたものか、考える。

 うーん、上手く手加減できるだろうか。


 すると突然、ホルスが恐怖に塗れた顔で、震えた声をあげた。


「なななな、なんなんだ貴様……!! 俺たちアルファチームは、このスカイバレーのホルスの群れの中でも最強の部隊だぞ!! その俺たちが一瞬で壊滅させられるなんて……そんなことがあってたまるか!!」

「うーん、いや、まあ、正当防衛だよ、ごめんな」


 あまりにガクブルなので、思わず謝ってしまった。

 ちょっとかわいそうだな、このホルス。


「ごめんで済むか!! こうなったら、残りの三チームが捕らえたやつらを人質に……」


 その時、三方向からほぼ同時に爆音が響いた。

 崖崩れが起こり、砂煙が上がる。

 煙の奥からはすぐに、バリアを纏ったマチルダ、ロベリア、ツバキがそれぞれ飛んできた。

 ホルスは嘴をパカっと開けて呆然としていた。

 やっぱり気の毒なやつだ。


「ドラン様! ご無事で!」

「うるさかったので、わたくしのところのホルスは全滅させてしいましたわ。お許しください、ドラン様」

「妾の方ももう残っとらんぞ。マチルダ、ぬしはどうじゃ?」

「当然皆殺しだ。魔物の分際でドラン様の命を狙う愚か者はみな、斬る」


 ダメだこりゃ……。

 まあでも、全員無事でよかった。

 さすがはSSランクの三人だ。


「俺が一体、残しておいたよ」

「まあ! さすがドラン様ですわ!」

「では、あやつを弱らせればよいのじゃな?」

「翼を切断しよう。私がやる」


 マチルダの物騒な発言に、ますますホルスは震え上がった。

 なんという不憫なやつ。


「部位が欠損していると配合に問題がでますわ。おやめなさい、マチルダ」

「そうなのか。仕方ないな」

「く、くそっ!! 貴様らなんかに捕まってたまグフっ!!」


 まだ話しているホルスの腹部を、マチルダが長剣の柄で殴打した。

 そのまま気絶したホルスの首根っこを掴み、ロベリアに向けて突き出す。


「『昏睡ディープスリープ』」


 ロベリアの手のひらがぼおっと桃色に光る。

 彼女の魔力なら二、三日は起きないだろう。


「さあ、帰るといたしましょう」


 最後まで哀れなやつだった。

 そんなホルスも、配合して相手の魔物に精神力で勝てば、俺たちの仲間になる。

 その時はできるだけ労ってやろう。



 まあ、勝てばね。

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