第十三話 ミミック、釘を刺される
「ドラン様、失礼しますわ」
持ち帰った本をなんとなく眺めながら自室でまったりしていると、ドアがノックされて、ロベリアが入ってきた。
ロベリアは俺を見つけるとにっこり微笑み、俺の隣のツバキを見つけて、般若のような顔になった。
「なぜツバキさんがここにいらっしゃるのかしら? ここはドラン様のお部屋ですことよ?」
「昨日から妾とドランの部屋になったのじゃ。それで何用じゃ、ロベリアよ」
途端、ロベリアが白いオーラをまとった。
やめてくれ、本が燃える。
「姿が見えないと思えば、ずっとここにいらしたのですね」
「ドランがいて欲しいと言うものでな」
こら、火に油を注ぐな。
楽しそうな顔をするな。
「ロベリア。それで、どうした?」
「ああ、はい。今日屋敷の倉庫を整理をしていたんですが、こんな本が出てきましたの。もう必要なければ処分してしまおうかと思ったのですけれど」
ロベリアは言いながら、ローブから分厚い本を取り出した。
豪華な装丁で、かなり大きい。
「『配合図鑑』と書いてありますわ」
「なんじゃと!」
ツバキは勢いよく立ち上がり、ロベリアから本を奪った。
正直、俺も驚いている。
まさか、屋敷の中にあったとは。
通りで見つからないわけだ。
「見ろドラン! 紛れもなく本物じゃ」
「やったな! ありがとうロベリア!」
あまりの嬉しさに、思わずロベリアを抱きしめてしまった。
ロベリアは固まったまま、「ひゃ、ひゃい!」とおかしな声を出している。
そう言えばロベリアは魔王ラブだった。
ちょっと罪悪感が湧く。
「これで、めぼしい本は全て揃ったわけじゃな」
「ああ。あとはどこで配合するか、だな」
ロベリアがやっと復活し、飛び跳ねていた俺たちに近づいてきた。
「配合って、お二人は一体なにを……?」
「あ、いや、えーっと」
思えば、この計画をロベリアたちに話すかどうか、まだ決めていなかった。
まあ隠していてもどうせすぐにバレるだろうから、教えてしまってもいいのかもしれないが。
そう思いながらツバキを見ると、向こうも同じことを考えていたようで、一つ頷いた。
「配合で仲間を作る、ですの?」
俺たちの話を、ロベリアは不思議そうに聞いた。
「ですが、どうして仲間を増やす必要がありますの? ドラン様は魔神になられ、もう充分お強いですのに」
ロベリアの言うことは、彼女の立場からすれば至極、当然のことだった。
だがそこは頼れる相談役ツバキ。
「あほう。何をもって充分とみなす? この十年、勇者が更なるちからをつけておらんとなぜ言える? 万全を期すに越したことはなかろうて」
「まあ、それはたしかに、そうかもしれませんけれど……」
ツバキのカウンターにも、ロベリアはまだ不服そうだった。
まあ彼女はこの十年、ずっと魔王をそばで支えてきたわけだし、思うところもあるんだろう。
騙すようで悪いが、今はこれで納得してもらうしかない。
「それに勇者と戦うにしても、今回はこっちが、攻める側だ。勇者パーティだけじゃなく、周りを抑えないといけない。手数は必要だろ?」
「……そういうことでしたら」
なんとかロベリアを頷かせることができた。
打ち明けるかどうか迷いはしたけれど、こうして理解してもらえれば、かなり動きやすくなる。
後ろめたさも少しは消えるってものだ。
「ですが、やるからには徹底的にやりますわよ! 資料は何がありますの?」
「配合図鑑、魔物図鑑、スキル名鑑、触媒図鑑じゃ。これだけあれば完璧じゃろう」
「良いですわね。それで、施設はどこか確保していますの?」
「確保はまだだけど、心当たりがある。今度案内する」
案外凝り性なのだろうか。
ロベリアはかなり精力的に協力してくれるようだった。
計画を立てるのはまだ先の予定だったが、図鑑の中からどんどん役に立ちそうな魔物を見繕っていく。
俺とツバキは仲間づくり、ロベリアは打倒勇者なので、目的への意欲が違うんだろう。
うーん、頼もしい。
既に屋敷にいる魔物は使えないか。
捕獲しやすい魔物を素材にする配合はないか。
触媒をどうやって確保するか。
触媒なしの特殊配合で有用なものはないか。
などなど、さすがは魔王の参謀と言える手際だ。
「それで、肝心の最初の一体ですが」
「こやつはどうじゃ? 『地獄猛獣ケルベロス』。番犬に丁度良いぞ」
「却下ですわね。欲しいのは攻撃力ですわ。番犬は必要ありません」
「じゃあこれはどうだ? 『わたわたキング』。こいつの上で寝たら気持ち良さそうだぞ」
「……ドラン様、真面目にお願いしますわ」
ふざけていると思われてしまった……。
「この子にいたしましょう! 『ダークシルフ』! 風を司る精霊で、攻撃魔法のほかに回復魔法も得意とありますわ」
「攻撃力が欲しいのではなかったのかー?」
「何を仰いますか。回復魔法があれば、ダメージを恐れず戦えますわ。それは攻撃力の増大に直結する。違いますか?」
「なるほど、さすがロベリア。賢いぞ」
「えっへん、ですわ! それでは、さっそく素材の魔物の捕獲計画を立てましょう!」
「「おー!」」
「……あの、何をしておられるのですか」
突然の声に、俺たち三人は手を突き上げたまま、一斉にドアの方を振り返った。
そこには、ドアの隙間から怪訝そうな顔でこちらを見る、銀色の鉄仮面があった。
マチルダだ。
いつから覗いていたのだろうか。
「……はあ。つまり、配合で強力な魔物を集め、軍事力を増強する、ということですか」
「その通り。ぬしも乗るなら、混ぜてやらんこともないぞ」
「頼むマチルダ。協力してくれ」
「まあ、ドラン様がそう仰るなら、私は従うまでですが……」
マチルダはあっさり承諾してくれたが、乗り気ではなさそうだった。
ジト目で俺を見ると、恨めしそうに言う。
「だからと言って、これ以上女が増えるのは、私は嫌ですからね」
「あっ、それはわたくしも同意見ですわ。ただでさえツバキさんが来て、わたくしはおもしろくありませんのに」
「えーっと、それは、まあ、仕方ないんだ、うん」
「その通り。妾は頼み込まれて仕方なく来たのじゃからな」
いつものように俺に矛先を向けさせようとするツバキ。
まあ、正直否定は全くできないんだけども。
「人型の魔物はそんなに多くないし、もう増えないはずだ! ……たぶん」
「……本当ですかね」
「まあ、最初に狙う『ダークシルフ』は男性の姿をした魔物ですし、ひとまずは大丈夫でしょう」
「うむ。ドランの好色もここまでじゃな」
「人聞きの悪い言い方はやめろ」
べつに特別、女が好きなわけじゃないんだぞ、俺は。
……人並みだよ、人並み。
◆ ◆ ◆
『ダークシルフ』の配合素材その一、『ホルス』。
「ホルスは世界最大の渓谷『スカイバレー』に住んでいますわ。鷹のような頭と翼を持ち、身体は人間。知能が高く獰猛で、人語も理解します。機動力に優れ、竜巻を駆使した攻撃にも穴がありませんわ」
「さすがに強そうだな」
「ドラン様、機動力勝負なら私にお任せください。必ずや一瞬で、仕留めて見せます」
「あほう。ただ倒すだけなら誰でもできるわ」
「その通りですわ。素材にする魔物の必須条件は当然ながら、生きていること。ガサツなマチルダでは勝てこそすれ、殺してしまいかねません」
「なんだと貴様?」
「ま、まあまあ。落ち着け」
「つまり、捕獲する必要があるということじゃ」
「そうなりますわね。わたくしが睡眠魔法で眠らせるのが無難ですが、それにはある程度、向こうが弱っている必要があります」
「殺さないように弱らせて、ロベリアに眠らせてもらう、ってことか」
「あとはあっさりホルスが見つかるか、じゃな」
「ご安心くださいドラン様、マチルダが山を砕いてでも引きずり出します」
と、いうような感じで、ホルス捕獲作戦会議は幕を閉じたのだった。
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