第二十一話 ミミック、泣く


「おぉー」

「これは、凄いね」


 高い天井から、岩の棘が無数に下に伸びている。

 眼下には地底湖が広がり、幻想的な青い光が俺たちを照らしていた。

 ボコボコとした石灰の岩壁の白が、湖の瑠璃色を反射してぼんやりと輝いている。


 綺麗だ。


「さすが世界最大の鍾乳洞ウロンだね。心が洗われるような光景だ」

「いやあ、俺、ほんとに感動してるよ。ミミックの頃は絶対にこんな景色、見られなかったからなあ」


 ウルスラと俺は、ウロン大鍾乳洞での絶景に圧倒されていた。

 黒龍捕獲の帰り道、ついでにここに寄ったのだ。

 他の三人はまだ万全じゃないので、先に屋敷に帰ってもらっている。

 捕まえた黒龍は鍾乳洞の入り口に置いてきた。

 三人に連れて帰ってもらうことも考えたけれど、もし俺がいない間に黒龍の意識が戻れば、三人が危ない。


 最悪黒龍には逃げられても良い。

 今はみんなの身の安全が大切だ。

 とは言っても、せっかくなら次元龍配合まで漕ぎ着けたいので、今のうちにオリハルコンスライムを見つけられればラッキー、というところだ。


「私もだよ。森には緑ばかりだったからね。あるとすれば、空の色だけ。けれどそれも、霧で隠れてしまっていたからね」

「俺のいたダンジョンにも洞窟はあったけど、普通の薄暗い穴だったからなあ」


 って言っても、いつまでも見とれてはいられない。

 俺とウルスラは別れて飛び、洞窟内を隈なく探した。

 オリハルコンスライムは小さく、鉱物に擬態しているので見つけるのが難しい、と魔物図鑑にある。

 黒龍の意識が戻らない間に見つけられるかが鍵だ。


「ドランくん」


 少し離れたところから、ウルスラに呼ばれた。

 洞窟内に声が反響し、どこから話しているのかが曖昧になる。


「どうした」

「さっきのこと、気にしているのかな」


 ウルスラの姿は見えない。

 そのせいか、俺は本音を話すことができそうだった。


「ものすごく気にしてるよ」

「だと思ったよ」

「……一人で行けば良かったんだ、俺が」


 それなら、ツバキたちが傷つくこともなかった。

 俺さえしっかりしていれば、黒龍には一人で勝てた。

 ドラゴンを舐めすぎてた。

 覚醒なんてものも知らなかったし、力を使いこなせてないのだって、俺が未熟だからだ。


「寂しいことを言うね。みんなで楽しく過ごすというのが、君の目的なんじゃないのかな」

「別に危ない目に合わせる必要はないだろ。仲間を集めるために危険を冒すのは、俺だけでいい」

「私たちは足手まとい、ということかな」

「そうは言ってないだろ!」


 怒鳴り声が、虚しくこだました。

 みっともない気持ちに襲われて、俺は空中に仰向けになって寝そべった。


「君は魔神だからね。君にできることも、他のみんなにはできない。それは当然のことだと思うよ」

「大変だな、強いっていうのも……」

「魔神は特別だよ。ましてや君は、ミミックから一気に魔神になってしまった。困るのも無理ないさ」

「……はあ」


 困るのも無理ない、か。


 無理がなければ、じゃあ、どうすればいいんだろうか。

 どうして、魔王は消えてしまったんだろうか。

 あんたが残ってれば、全て丸く収まってたんじゃないか。

 マチルダとロベリアだって、きっと報われたんじゃないか。

 こんな風に迷うことなく、自分の目的のために、このちからを使えたんじゃないか。


 なあ、魔王。


 あんた今、どこで何してるんだよ。


「ツバキに言われて、けっこう、楽しくなってきてたんだよ、俺は」

「ほお、あの子にね」

「どんな形であれ、今のちからを勝ち取った以上は、自分の好きにしろって。確かにそうだなって思った。それで、この配合計画を始めた。ウルスラとも仲間になれて、うまくいってると思ってた」

「私も楽しいよ、この生活は。アルラウネだった頃よりも、ずっと」

「ありがとな。でも、すぐにこうしてボロが出た。俺の考えが足りなかったせいで、仲間を危険に晒した」

「君はそのために、私を仲間にしたんだろう。事実、今回だって私がいたから、みんなを救えたじゃないか。君の判断は正しかった、違うかな」

「たまたまだろ。最初にウルスラが狙われてたら、今頃は誰か死んでたかもしれないんだぞ」


 目に涙が滲むのを感じて、仰向けのまま、俺は腕で目を覆った。


「正直今は、怖いんだ。何もしない方がいいんじゃないかって。うまくいかないんじゃないかって。たとえちからがあっても、ミミックに相応しい生き方があるんじゃないかって。俺じゃなく、魔王が生き残れば良かったんじゃないかって」


 突然、頭を何かに包まれる感触がした。

 顔に誰かの息がかかり、声がものすごく、近かった。


 俺はウルスラに抱きしめられていた。


「魔神が君じゃなければ、私はここにはいないよ。だから私にとって、君は君でなければならなかったんだ。他の誰がなんと言おうと、私は魔神が君で良かったと思っている。その私の気持ちを、君は否定するのかな」

「……それは」

「いいじゃないか。君は何も、他人に強制したわけじゃない。私もツバキも、マチルダもロベリアも、自分の意思で君に従っている。君だけが責任を感じる必要なんて無いんだ。私たちが弱かった。それが今日の、全ての原因なんだよ」

「でも……俺がもっとちゃんと考えていれば……」

「考える必要があったのは、私たちも同じだよ。自分で決めて、自分で傷ついた。だから自分で反省して、自分で次に活かすんだ。それにドランくんは、最後に私たちを守ってくれたじゃないか。つい最近までミミックだった君が。それだけで充分だよ」

「ウルスラ……」

「それでも君が満足できないなら、もっと強くなろう。訓練して、ちからの使い方を覚えて、みんなを守れるようになろう。それでいいじゃないか。私が協力する。だから、ね」


 俺はしばらくの間、何も言えなかった。

 ただ歯を食いしばって、ウルスラに抱きしめられたまま宙に浮いていた。


 ミミックの癖に。


 ミミックの癖に、ステータスが一気に上がったからって、魔神になったからって、なんでもできると思ってた。

 できるはずだから、できないのは自分のせいだって思ってた。

 だけど、俺はずっと宝箱のふりをして、ダンジョンでただ、待っていただけなんだ。

 そんな俺が、完璧に立ち回れるはずがないんだ。

 やりたいことをやるために、もっと考えて、練習して、ちからを使いこなさなくちゃいけないんだ。


 帰ったら、鍛えてくれってツバキに頼もう。

 ウルスラに、魔法の使い方を教わろう。

 そしてみんなを守れるように、強くなろう。


「……もう大丈夫だ。ありがとう、ウルスラ」

「元気は出たかな」


 言いながら、ウルスラは俺の頭から離れた。

 もう少しそのままでも良かったかもしれない。


「早くオリハルコンスライムを見つけて帰ろう。やりたいことだらけなんだ」

「そうか。それは何よりだね。じゃあ、これをどうぞ」


 そう言って差し出されたウルスラの手のひらには、いつの間にか一つの鉱石が置かれていた。

 サファイアと翡翠の混じったような、硬そうな石だ。

 その石は急にプルプル震え出し、「ピキーー!」と甲高い鳴き声を上げた。



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『』

種族:オリハルコンスライム S


HP(生命力):D

MP(魔力):S

ATK(攻撃力):D

DEF(防御力):SSS

INT(賢さ):S

SPD(俊敏性):S


固有スキル:【擬態】【逃げ足】【魔法反射】

習得スキル:【鉄壁】【属性攻撃無効】【状態異常無効】【ステータスダウン無効】



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「オリハルコンスライム! いつの間に……」

「君と話している間にね。隅の方で震えていたのを見つけたんだよ」

「ピキー! ピキーー!」

「なんか、思ってたより騒がしいな」

「かわいいじゃないか。さあ、黒龍を連れて帰ろう。次元龍は黒龍より、ステータスだけならずっと低い。配合してしまえば、危険は薄まるからね」


 なるほど、たしかに黒龍をさっさと次元龍にしてしまえば、もう黒龍を警戒しなくて済む。

 このまま研究所に直行して、配合してしまおう。


 ウルスラはオリハルコンスライム、俺は黒龍の尻尾をしっかり掴み、俺たちはウロン大鍾乳洞を後にした。


 帰ったらきっと忙しくなる。

 やりたいことが、たくさんあるんだ。

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