第六話 ミミック、見破られる
シルバリオン騎士団をうっかり殲滅してしまった日の、夕食後。
「魔王様、明日にでも勇者抹殺へ向かいましょう。魔神の力は、やはり尋常ではありません。今度こそ、憎っくき彼奴等の息の根を止めるのです」
玉座に座る俺の前で、マチルダが跪いて言った。
白銀の短髪が瞳を隠し、表情は見えない。
「素晴らしいおちからでしたわ。さすがは魔神。ついに念願を遂げる時が来ましたわね」
玉座の隣に立っていたロベリアも嬉しそうだ。
確かに、あれだけのちからがあれば勇者はおろか、どんな相手でも互角以上に戦えるだろう。
なにせこっちは、勇者の血と魔王と、おまけにミミックを素材にした最強の魔物なのだ。
だが中身は、そのおまけのミミックだ。
すなわち、俺。
俺には志がない。
目的に、モチベーションが伴わない。
「少し、待て」
気づくと俺は、そんなことを言っていた。
「まだ、疲れが取れない。身体は良いが、気分が優れないんだ。悪いが、もう少しだけ時間が欲しい」
俺の言葉には、昨日まではなかった落ち着きがあった。
【冷静沈着】の効果もそうだが、何より、俺には自信と余裕が生まれ始めていた。
「ですが!」
マチルダは勢いよく立ち上がり、燃えるような瞳を俺に向けてきた。
「マチルダ、おやめなさい。わたくしたちはただ、魔王様の意志に従っていればそれでいい。進言は構いませんが、反論は悪ですわ」
ロベリアが、いつになく真剣な面持ちでマチルダを窘めた。
マチルダは目を伏せて、拳を強く握りしめる。
肩が少し、震えていた。
「……申し訳、ございません」
呟くようにそう言って、マチルダは再び膝をついた。
ロベリアは俺の側まで来ると、なぜか俺の頬に手を当てて、じっと見つめてきた。
美しい瞳が潤んでいる。
「お気持ちは、よく分かります。ロベリアはいつでも、魔王様の味方ですわよ」
彼女の言葉は、魔物とは思えないほどひどく優しかった。
俺は顔が赤くなるのを自覚して、思わずそっぽを向いてしまった。
「あら、いやん、なんて可愛らしい」
ロベリアがクスクス笑って、からかうようにそう言った。
すかさずマチルダが噛み付く。
「ロベリア、貴様、無礼にもほどがあるぞ」
「けれど、マチルダも見てごらんなさいな。この魔王様のお顔」
「なに……? ぬわっ! なんて愛くるしい!」
上半身をのけぞらせて、マチルダは赤面した。
本当にやめてほしい。
ますます恥ずかしくなるじゃないか。
二人は依然、俺を見て頷き合っていた。
すごく満足そうだ。
やっぱりこの二人、絶対仲良いだろ。
◆ ◆ ◆
その日の夜、俺は一人で屋敷を出た。
側近の二人には、一応断りを入れてある。
屋敷の扉の前で、自分の身体に精神を集中してみる。
俺はゆっくりと宙に浮き上がり、その場で浮遊した。
やっぱり、できる。
思っていたより、ずっと簡単だ。
今度は少し高度を上げ、屋敷の周りを飛び回ってみる。
手足の時と同じだ。
考えるだけで、もともとできたみたいに自然に飛行できる。
少し練習していると、空を飛ぶ感覚にもすぐに慣れた。
それにしても、なんて便利なんだ。
手足があるだけでも充分凄いのに、これは大変な進歩だぞ。
ふと思いついて、直接風圧を受けないように、身体の周りに魔力のバリアを発生させてみた。
うん、これもいける。イメージ通りだ。
さらに高度を上げる。
どんどん上げる。
屋敷が小さくなり、星が近くに見えた。
それから一気に東へ飛んだ。
目的地である世界最大の火山『ヴィオラウス』には、あっという間に到着した。
想像していた以上の飛行速度が出たことと、魔王の記憶のおかげで道がはっきり分かったことが幸いした。
火口上空にまで来ると、灼けるような熱気がバリア越しにも伝わってきた。
奥深くではオレンジ色のマグマがぼこぼこと煮え滾っている。
突然、マグマの中から巨大な何かが勢いよく飛び出してきた。
真紅の鱗と、より一層紅い大きな翼。
白い爪。
黒い瞳。
目の前に現れたそれは、見れば見るほど、ドラゴンだった。
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『』
種族:クリムゾン・ドラゴン SS
HP(生命力):SS
MP(魔力):S
ATK(攻撃力):SS
DEF(防御力):S
INT(賢さ):S
SPD(俊敏性):SS
固有スキル:【龍の加護】【逆鱗】
習得スキル:【HP自動回復大】【状態異常無効】【プレッシャー】【火属性無効】【支配者の眼光:低級モンスター無力化】
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いつも通り、【魔王の慧眼】がステータスを教えてくれる。
さすがに龍型、バケモノだ。
龍型のモンスターには、人型を超えるちからを持つ魔物もゴロゴロいる。
もちろん、だからこそここに来た意味があるんだ。
「やあ」
とりあえず一言、挨拶をしてみる。
魔王の記憶によれば、クリムゾン・ドラゴンは魔王の友達だったらしい。
いや、喧嘩仲間、と言った方が実態には近いか。
さすがは魔王、喧嘩のスケールが違う。
「何者じゃ。その魔力、覚えがあるな」
ドラゴンは直接頭に響くような声で言った。
見た目のイメージに反して、気位の高そうな女の声だった。
「俺は魔神、元魔王だよ」
「元魔王だと? ……なるほど、ついに魔神になりおったか」
ドラゴンは鋭い目を細めて、感慨深そうに言った。
「……いや、貴様、違うな」
「違う?」
「魂が違う。貴様、何者じゃ」
これにはさすがに驚いた。
側近二人にもばれなかったのに、一発で見破られるとは。
「お前、わかるのか?」
思わず縋るような声が出てしまう。
初めて味方に出会ったような気がした。
しかし尋ねた直後、ドラゴンは突然耳を塞ぎたくなるような強烈な咆哮を浴びせてきた。
俺が怯んだ隙を見逃さず、右手の爪で薙ぎ払いを繰り出す。
炎をまとった斬撃が超速で迫った。
アンドレアの時とは違い、俺の目にも決してゆっくりには見えない。
これは避けられないな。
そう判断した俺は左手でその爪を受け止め、身体を回転させながら勢いを往なした。
ドラゴンは息つく暇を与えず、巨体を前転させて大剣のような尻尾を叩きつけてきた。
今度は余裕がある。
俺は振り下ろされた尻尾をかわしながら鷲掴み、思いっきり引っ張った。
引き寄せられてきたドラゴンの腹部に、魔力をまとわせた拳を躊躇なく叩き込む。
ギィィィイイイイイイイイ!!!
呻き声のような咆哮を漏らしながら、ドラゴンは錐揉みして吹っ飛んだ。
しかしすぐさま翼を広げて体勢を立て直すと、口を大きく開けて紅蓮の炎を吹き出した。
光線状になった灼熱が宙を駆ける。
意識を魔力に集中する。
シルバリオン軍との戦いで俺が撃ったのは、魔法とも呼べない単なる魔力の放出だった。
今度はしっかりと、魔法としてちからを使うんだ。
まっすぐに掌を突き出して、唱える。
「『
ドラゴンの吐いた熱線よりもふた回り太い紫色の炎が、俺の掌から射出される。
衝突。
しかし一瞬で熱線をかき消して、紫炎がドラゴンを襲った。
全身を炎に包まれて、ドラゴンはその場で動きを止める。
炎が消えて露わになった鱗や翼には、けれど傷一つついていなかった。
良かった。
さすがは【火属性無効】のスキル。
余計な傷を負わせたくはない。
今は落ち着いて話ができればそれでいいんだ。
「妾の息吹をかき消した……。魔神というのは、嘘ではないようじゃな」
「残念なことに、な」
「……よかろう。話してみよ」
どうやらひとまず落ち着いてくれたようで、ドラゴンはゆっくりとこちらに近寄ってきた。
俺に敵意が無いことを察知したのかもしれない。
俺は全てを話した。
魔王が魔神になるために配合されたこと。
その相手がミミックだったこと。
魔王ではなく、ミミックの魂が魔神に宿ったこと。
そのミミックが、俺だということ。
魔王の魂が消滅したらしいこと。
今俺が屋敷にいて、困っているということ。
話の途中、俺は少し、泣きそうになってしまった。
やっぱり、追い詰められていたらしい。
秘密を抱え込む孤独さが解消された気がして、緊張が緩んだのかもしれない。
そんな俺の話を、ドラゴンは終始、黙って聞いていた。
「それで、貴様はなぜ、妾の元へ来たのじゃ」
「助けて欲しい」
ドラゴンの眼が、炎のように揺らいだ。
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