第三話 ミミック、歓迎される


 魔王の隠れ家はとある雪原の奥深くにあった。


 竜巻のような吹雪の中に、魔力のシールドをまとったマチルダと一緒に押し入る。

 凍りついた西洋風の屋敷が聳え、いたる所に灯りが点いていた。


 秘密の漏洩を避けるために魔王の居場所を知らされていなかったマチルダも、どうやら既に記憶交差によって、魔王の記憶を手に入れているらしかった。

 そしてそれは俺も同じだ。

 この場所もすぐに見つかった。


 俺はマチルダの勢いに流されるままここへ連れてこられた。


 彼女いわく、


「魔王様は今、配合にエネルギーを使い過ぎてぼーっとしているに違いありません。配合後数時間はスキルも封じられます。ひとまずゆっくりお休みになって、それから勇者を殺しに行きましょう」


 ということである。

 俺がミミックだということは、なぜかマチルダにはバレていないようだ。


 『記憶交差(クロスメモリー)』というくらいだから、てっきり俺のミミックとしての記憶も相手に渡っているだろうと思っていたのに、どういうわけかそうでもないらしい。


 一方で、なぜ俺までもが、魔王の記憶を手に入れることができたのか、という疑問もある。

 配合直後で人格がごちゃついて、バグみたいになったのかもしれない。


 とは言え、今はそれ以外にも考えることがあまりに多過ぎた。

 それに頭もぼんやりしている。

 マチルダの言う通りではないが、ひとまず休んだ方が良いだろう。


「おかえりなさいませ、魔王様」


 身長の二倍はある大きな扉は、あっさりと片手で開いた。

 随分と、軽い素材だ。


 扉の先には既に魔王の配下たちが待ち構えていた。

 ミニデビル、ゴブリン、ゾンビ、それから人狼や龍人といった亜人たち。

 そして配下の隊列の先頭には、女の姿をした魔物が跪いていた。


「た、ただいま」

「無事、魔神になられたのですね……。あぁ、ロベリアは嬉しゅうございます」


 女の魔物はロベリアと名乗った。

 魔王の記憶によれば、マチルダとロベリア、この二人が最も強力な側近、ツートップらしかった。


 黒いロングヘアが腰まで長い。

 前髪が眉の上で揃えられている。

 鋭い印象のマチルダに対して、ロベリアは柔和で大人しそうな雰囲気を醸していた。

 金色のルーンが刻まれた、眩しいほどに純白なローブを纏い、大きな目は赤かった。


 ロベリアは俺の方に駆け寄り、躊躇なく抱きついてきた。

 マチルダの時と言い、反応に困る。

 そして、単純に怖い。


「あー、えーっと」

「ロベリア、魔王様はお疲れなのだ。悪ふざけはよせ」


 いや、お前も同じことしてただろ、さっき。


「あら、お疲れだからこそ、わたくしの愛で癒して差し上げるのですよ」


 その言葉を皮切りに、マチルダは身体からどす黒いオーラを発してロベリアを睨んだ。

 ロベリアも白いオーラと屈託のない笑顔で迎え撃つ。

 奥にいる別の配下たちが震え上がっていた。

 魔力量以上の気迫を感じるのは気のせいだろうか……。


「それにしてもマチルダ、お久しぶりですわね。もう会わなくて済むと思っていたのですけれど」


 俺に抱きついたまま、顔だけをマチルダの方に向けて、ロベリアはそう宣った。


「貴様などに魔王様を任せていられるか。以後、身の回りのお世話は私が務める。ロベリアは屋敷の清掃にでもあたるがいい」


 静かな怒りに満ちた青い瞳と、余裕と軽蔑に満ちた赤い瞳がぶつかり合う。


 この十年間の魔王の記憶には、この二人が一緒にいる場面は存在しなかった。

 ただ、この二人の関係性は今のやりとりで大体分かった。


 魔王よ、苦労していたんだな、あんたも。


「さあ魔王様、こんな人は放っておいて、お部屋でゆっくりお休みになってください。わたくしがお側にいますわ」

「貴様のような不潔な輩がいては、魔王様のお気も休まるまい。私がご一緒する」


 ロベリアに腕を引っ張られながら、逆の手をマチルダに引かれる。

 きっといつもこんな感じなんだろう。

 ほんと、やめて欲しい。

 怖いから。


 案内された魔王の私室は、意外と狭かった。

 書斎と寝室が一緒になったような部屋で、シックで風情がある。


 魔王、センス良かったんだな。

 屋敷がデカいから、私室も派手なんだろうと思ってたけど。


 ミミックは、基本的に根暗だ、と思う。

 少なくとも俺はそうだ。

 だからこういう部屋の方が、しっくりくる。

 魔王も意外と地味なやつだったのかもしれない。


「さあ魔王様、ロベリアと一緒に寝床へ」

「ふざけるな。それは私の役目だ」


 部屋に押し入ってこようとする二人を制して、俺は戸を閉める。


「すまない。少し、一人にさせて欲しい」


 できるだけ威厳が出るように言ってみると、二人は顔を見合わせた後、すぐに頷いてくれた。

 魔王、慕われてたんだろうなぁ。


「では、もし何かお困りごとがあれば、すぐにお呼びくださいね」

「ロベリア、屋敷の者を集めろ。今後のことについて話す」


 扉の隙間から、二人が去っていく様子をしばらく眺めた。

 真横に並んで、振り返らずに歩く。

 案外、仲良いんじゃないだろうか。


「……ふぅ」


 気持ち的に、身体的に、どっと疲れが押し寄せて、俺はベッドに仰向けに倒れた。

 セーフ。

 とりあえず、今のところバレてはいないようだ。


 ところでこの身体は、さっきの二人とほぼ、同じ身長だった。

 男としては、小柄な部類に入るだろう。

 魔王は背、高かったのになあ。

 これが、俺クオリティーか。


 さて、考えなければいけないことは、二つある。


 一つ。

 これから、どうするか。


 二つ。

 なぜこうなって、何がどうなっているか。


 取り急ぎ決めなければならないのは、前者だろう。

 後者がはっきりしないと前者は決められない、とも言えるが、後者は考えても分からない可能性が、極めて高い。


 これからどうするか、という問題も、結論は二つに分かれる。


 ミミックのはずの俺が魔王と配合されて、あろうことか、魔神の人格として選ばれてしまった。

 しかし、周りは俺を魔王の人格だと思い込んでいる。


 すなわち。


 打ち明けるか。


 成りすますか。


 どっちもかなり、リスキーだ。


 俺がただのミミックだと分かったら、あの二人やこの屋敷の配下たちは、俺をどうするだろう。


 ……考えただけで恐ろしい。

 確実に殺される。

 人型モンスター二体に襲われて、無事でいられるわけがない。

 ミミックは擬態型で、奇襲を得意とする魔物。

 耐久力は並以下だ。


 だが成りすましがバレれば、自首するよりもずっと、向こうの怒りは大きくなるだろう。

 しかも対象は魔王。

 ボロが出まくることは目に見えてる。

 成りすましの難易度はベリーハードだ。

 ミミックが宝箱に化けるのとは訳が違う。


「あぁーーーー。詰んだ」


 俺の嘆きの声も、部屋の天井に虚しく吸い込まれるだけ。

 外の吹雪の音が、絶望感に拍車をかける。


 ちくしょう。

 身体がミミックじゃなくなっても、やることは結局同じ、成りすましか。

 笑えない冗談だ。


 ダメだ。

 とにかく今は眠ろう。

 寝て起きれば、今よりは頭がスッキリするだろう。

 それにマチルダが言ってた、配合後のスキル封じも解けるはず。

 ミミックである俺の固有スキルは【擬態】と【逃げ足】だ。

 最悪、この二つを使って、逃走を図る手もある。

 もっと言えば、目が覚めたら全てが夢で、俺はやっぱりダンジョンで宝箱のふりをしているままなのかもしれない。


 極度の疲労感も手伝って、俺は人型の身体を丸めて、すぐに眠りに落ちた。

 次に目覚める時には、事態が好転していることを祈って。


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