第二話 ミミック、抱擁される
急に目が覚めたから、てっきり誰かに開けられたのかと思ったけれど、どうやら違ったらしい。
よくよく見れば、ここは俺がいたダンジョンじゃないみたいだし、そもそも俺に、手と足がある。
俺はミミックだ。
ミミックというのは、つまり宝箱の形をした魔物だ。
宝箱のふりをして、欲に駆られた旅人に自分を開けさせて、そのまま大きな口でバクリ。
それが俺たち、ミミックの生き方だ。
だから、俺がこんな格好になっているのはどう考えてもおかしい。
これじゃあまるで。
「まるで人間じゃないか……」
自分の声が聞こえた。
これは人間の言葉だ。
そういえば、さっきもそうだった。
ミミックは本来、言葉を話すことはできない。
精々、不気味な笑い声を発するのが関の山だ。
魔物にはそういう種族も少なくない。
人語を話せるのは人型や龍型をはじめとした、ある程度強い魔物だけなのだ。
「何がどうなってるんだ……?」
記憶の端っこに、何か引っかかる映像がある。
俺はミミックの姿のまま、不思議な空間で人型の魔物と会話していた。
あれは、魔王か?
でもなぜ魔王と俺が?
そして、なぜその後、こうなった?
ダンジョンにいたはずだぞ、俺は。
「……意味がわからん!」
また声が出た。
試しに、手足を動かしてみた。
動く。
自由自在に動く。
ジャンプ。
ダッシュ。
パンチ。
ダンス。
まるでずっとあったみたいに、手足が思い通りに動く。
人型の魔物にとっては当然なのだろうけれど、ミミックの俺にとってそれは、もうものすごい快挙だった。
「手足すげぇぇえ! これが四肢か! めちゃくちゃ便利じゃん!」
俺はテンションが上がり、自分の身体をでたらめに動かしまくってしまった。
新鮮味がすごい。
「……さて」
感動をひとしきり味わうと、何もない広場の真ん中にしゃがみ込んで、俺は腕を組んだ。
腕を組む、なんていうのも初めてだが、なぜか身体が自然に、そのポーズを取ったのだ。
「これから、どうしようか」
せっかくなので独り言を言ってみた。
喋れるってすごい。
絶対便利だろ、これも。
「魔王さまぁぁああ!!」
突然上空から声が聞こえて、俺は立ち上がった。
見ると、大きな翼の生えた人型の魔物が、空からこっちへ急降下してきている。
そいつはその勢いのまま俺の前に着地すると、俺の姿をまじまじと見つめた。
俺も相手の姿を見る。
白銀の髪が肩の少し上まで伸びている。
同じく銀色の鉄仮面が、凛々しい顔の上半分を覆っていた。
覗く瞳は青く、翼は純白。
身体の要所要所に装着された黒い防具は、機動性と防御力を兼ね備えているように見えた。
人間の女によく似ているが、十中八九魔物だろう。
「その姿は……」
「その姿は……!」
「……誰だ?」
「遂に魔神になられたのですね! 魔王様!」
首を傾げている俺に対し、女は涙を流しながら、感激に打ち震えていた。
魔神?
魔王?
話が見えない。
俺はミミックだぞ。
「この時をどれほど、待ったことでしょう! 魔王様の魔力を感知して、貴方様一のしもべマチルダ、駆けつけて参りました! この禍々しい魔力、紛れもなく魔王様のもの! あぁ、お会いしたかった」
マチルダと名乗った魔物に力強く抱きしめられながら、俺は頭をフル回転させていた。
誰かと勘違いされているなら、偽物だとバレるとまずい。
相手は人型。
確実に、強い魔物だ。
まあ、今となっては俺も人型なのだが。
マチルダは抱きついたまま顔を少し離すと、恭しい表情で俺に言った。
「勝手ながら、お会いできなかった間の記憶共有をさせていただきます。少しだけ、失礼致します」
マチルダが目を閉じると、俺とマチルダの顔の間に光の玉が浮かび上がり、二人の額から出た光の筋を吸収した。
再び筋が放たれたと思うと、俺は強い目眩を感じ、よろけた。
「『記憶交差(クロスメモリー)』」
俺の意識の中を、津波のような激流が走り抜ける。
それに乗り、マチルダの十年間の記憶が頭に流れ込んできた。
魔王の右腕として勇者と戦い、敗走のさなかに魔王と離別。
彼の居場所は彼女には知らされず、十年もの間、再起を信じて待ち続けていた。
そして今、魔王の魔力に引かれてここにいる。
なるほど、『記憶交差(クロスメモリー)』というのは、こういう魔法なのか。
しかし、記憶の奔流はそれだけでは終わらなかった。
もう一人、同じく十年分の記憶が押し寄せてきたのだ。
勇者に敗れ、身を隠して生き延び、そしてついさっき、ミミックである俺と配合された。
これは、魔王の記憶だ。
俺と配合された彼の、真新しい記憶。
無数に響く言葉の中で、俺は気になるものをひとつ、見つけた。
『打ち勝った者の精神の方を宿して、新たな魔物として生を受ける』
その瞬間、俺は全てを悟った。
あぁ、そういうことか。
――魔王を、乗っ取ってしまった。
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