元ミミックの魔物配合ノート~魔王と配合されたミミック、うっかり身体を乗っ取って最強になってしまう~

丸深まろやか

第一話 ミミック、配合される


「配合とはロマンだよ、魔王君」


 白衣の男が額の汗を拭いながら、悪魔的な笑みを浮かべて言った。

 元勇者専属魔物配合師シグムンド、その人である。


「準備はいいかな?」


 彼の目の前には、人間一人がすっぽり入る大きさのカプセルが設置されていた。


「十年前から待ちくたびれているよ。早く始めてくれ」


 閉じられた漆黒の翼と、氷のように冷たい銀の髪、禍々しい装飾の施された紳士服に身をまとった細い体躯。

 その中に溢れんばかりの膨大な魔力を押さえ込みながら、『魔王』はカプセルの中に立っていた。


「『血統』は『魔王』。そして相手の魔物は、これだ」


 右のカプセルに、配合相手となるもう一体の魔物が押し込まれた。

 それは一見すると、木で出来たみすぼらしい箱にしか見えない。

 しかし蓋のフチの部分に微かに見える白い牙は、それが宝箱の偽物、旅人を騙してその命を食うモンスター、『ミミック』であることを示していた。

 ミミックには、シグムンドによって眠りの魔法がかけられてあった。

 辺境のダンジョンの中腹で宝箱に化けていたところを発見され、そのまま捕獲されたのである。


「では魔王君、この『勇者の血』を飲んでくれ」

「ああ。それにしても、俺を倒した男の血が、俺を更に強くすることになるとは、皮肉なものだな」


 言いながら、魔王は手渡されたワイングラスの中の深紅の液体を、一息に飲み干した。

 途端、シグムンドは肩を震わせて笑い出した。


「『血統』は『魔王』! 『相手』は『ミミック』! そして『触媒』は『勇者の血』ィ! あぁ……遂に、遂に実現する! 魔王をも超える最強のモンスター、『魔神』! 究極の特殊配合が、今ここにィ!!」

「いいから、早くスイッチを押せ」

「急かすでない! 勇者が君を倒し、世界に平和が訪れてから早十年。魔物配合師の任を解かれた私の、唯一の生き甲斐。その研究が、とうとう完成するのだ! もう少し余韻に浸らせてくれてもよかろう!」

「俺の目的は魔神になり、勇者を殺すことだ。お前の研究にも、そのために手を貸していたに過ぎない。喜ぶのは、俺を魔神にした後で、一人でやるが良い」


 魔王の言葉に、シグムンドはやれやれと首を振る。


 この魔王と言い、あの勇者と言い、ロマンの分からないやつばかりだ。

 シグムンドは心の中で毒づいた。


 しかし魔神の誕生をいち早く見たいというのも事実。

 シグムンドはもう一度配合マシンの設定を確認してから、作動スイッチに指を置いた。


「そうだ、魔王君。くれぐれも、配合直後の魔力暴走には気をつけてくれよ」

「ああ、以前言っていたあれか」

「うむ。魔物は配合されると、二体の精神が互いに争い、打ち勝った者の精神の方を宿して、新たな魔物として生を受ける。当然ながら今回は君の精神が、誕生する魔神に宿ることになるだろう」


 シグムンドの言葉に魔王は頷く。

 力量が近い魔物同士ならともかく、最上級モンスターの魔王である自分と、低級モンスターのミミックでは勝負にならない。

 精神の強さは、基本的にその魔物自体の強さに依存するからだ。


「ただ、配合直後というのは言うなれば、寝起きのような状態になる。今君がやっている、強大すぎる魔力を隠すための魔力抑制が、一瞬緩んでしまうかもしれない。もしそうなれば、抑圧から解放された君の魔力は間違いなく、この研究所と施設、それから私を吹き飛ばしてしまうだろう」

「なるほど。それは良いことを聞いたよ」

「なんてことを言うんだ! この恩知らずめ!」

「冗談だよ。魔力抑制は、俺が生きていることを勇者に知られないようにするためのものでもある。ヘマはしないさ」

「まったく……。それから、配合後しばらくは、全てのスキルが機能しなくなる。早めに眠って、調子を整えるのが良いだろう」

「配合の基本知識だよ。心得ているさ」


 魔王はそう言って、ゆっくり目を閉じた。


 彼の脳裏に、魔王として戦い、そして敗れた、勇者との激闘の記憶が浮かんでくる。

 憎しみと復讐心がふつふつと煮えたぎる。


 魔王をも超える至上のモンスター、魔神。

 その力を手に入れ、必ずや勇者を滅ぼす。

 倒れていった数多くの配下や、魔物の同志たちのためにも、彼には力が必要だった。

 そのために身を隠し、忌々しい人間の手まで借りて、この時を待ったのである。


「それでは、今度こそいくぞ」

「やってくれ」


 装置の作動スイッチが力強く押される。


 途端、二つのカプセルが激しく明滅した。

 青い稲妻と黒い炎に包まれ、カプセル同士を繋いでいた太い管がうねる。

 シグムンドはこの光景を少しでも目に焼き付けようと、ジッとそのうねりを見つめていた。


 管の先は大きな台座に向かって伸びている。

 その台座の上に、膨大なエネルギーの塊が放出され、ゆっくりと人の形を成していった。


 魔神は、人型である魔王よりも更に、人間に近い姿をしている。


 魔物を人間に似せる。

 それがこの特殊配合における、擬態モンスターミミックの役割なのだ。

 この配合レシピに辿り着くのに、シグムンドは三年もの年月を費やした。

 触媒となる勇者の血を手に入れるのに二年。勇者によって片っ端から倒されたであろうミミックの生き残りを見つけるのに五年。

 遂に魔物研究者としての念願が叶う時が来たのである。


「さあ、今こそ見せてくれ! 最強のモンスター魔神よ! その姿を私の前に!」


 刹那。


 完全に人型をとったエネルギー体を中心にして、球形の閃光が走った。


 全ての音が消え、時が止まるような錯覚を覚える。


 堰を切ったように紫色の爆風が起こる。


 耳をつんざく轟音が響く。


 地響きが、雷鳴が、魔力の波動が、超速で広がりながら全てを焼き尽くしていった。


 さながら最上級魔法『アポカリプス』のような大爆発は、一瞬にして周囲の物質という物質を、綺麗さっぱり消し去ってしまった。


 シグムンドは研究所や配合装置とともに、悲鳴をあげる暇もなく消滅していた。


 中心には魔神が立っていた。


 人間のような黒い髪。

 人間のような華奢な身体。

 人間のような白い肌。

 それを包む、真っ黒な紳士服。魔王のそれと比べて、一段と簡素な作りである。


 翼はない。

 尻尾もない。

 ツノもない。

 まだ幼さの残る若い男の人間。それと何一つ変わらない姿で、魔神はぼーっと、ただ立っていた。


「ふぁ、あぁ~~~あ」


 魔神はあくびをした。


 両腕を上方に伸ばし、凝り固まった身体をほぐすような動きをしてから、ゆっくり目を開ける。


 眠気の混じった声で、魔神は言った。


「いただきまーす!!」


 魔神の声は荒野となった周囲に虚しく響いて消えていく。


 訝しそうにあたりをキョロキョロ見回してから、魔神は首を傾げた。


「……箱開けたの、誰?」



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