六話
猫耳は依然としてそのままだった。
先ほどの女子たちは行動の奇異さゆえか特に疑問を持たなかったようだが、これを見られるわけにはいかない。
猫耳を付ける趣味と思われるのは心外だし、もし猫耳が直に生えている事を知られればどうなるのか――知りたくない。
市松はカバンで頭の猫耳を隠しながら、ひたすらに学校を目指した。時折不思議そうに見られるが、市松は全力で走っていて、そう長々と見られるわけではないので、幸いにも気が付かれなかったらしい。
黒崎麻衣が学校にいる保証はない。今日まで名前も知らなかったのだから、当然だ。
だが、クラスの女子を捕まえられれば、連絡先ぐらいは得られるかもしれない。
「――義弘君?」
わき目もふらずに走っていた市松は、柔らかい声に呼び止められて足を止めた。
「ひ、姫森?」
「うん、今日部活早く終わったから――頭、どうしたの?」
三人ほどの友人と一緒に、姫森初音が不思議そうに市松を見ていた。
一瞬、耳の事を聞かれたのかと思ってヒヤリとしたが、すぐに鞄の事だと合点がいった。
「あ、これか。あ、雨降りそうだなーと思って、咄嗟に」
「……義弘君、傘持っているよね」
確かに彼の右手には父親の傘が握られている。市松は傘を後ろ手にさっと隠して、曖昧な笑顔を浮かべた。
「いや、これはその気分。そう気分、なんだ」
「雨降っていないよ」
「そうなんだけど――そうだ、姫森」
思えば中々良いタイミングで会った。あそこまで黒崎の事を知っている姫森なら、ひょっとしたら黒崎の連絡先ぐらいは知っているかもしれない。
「姫森、黒崎の連絡先知らないか?」
「黒崎ってお昼に話していた、黒崎麻衣さんのこと?」
「そう、その黒崎! 急用なんだ」
よほど市松が切羽詰まっていたからか、姫森は深くは追及してこなかった。だが、残念なことに姫森は首を振った。
「ごめん、私は黒崎さんと親しいわけじゃないから……。でも、この時間ならひょっとしたら文芸部の部室にいるかも。黒崎さんは文芸部で割と遅くまで活動しているって聞いたことあるから」
「おお、サンキュ! で、文芸部の部室って」
「大体育館の上の階、だったと思うよ。て、あれ、義弘君!?」
「おう、ありがとう姫森!」
そこから先はもう聞いていなかった。いつ、耳がばれるかもしれないという恐怖感と、何としても黒崎に会わなくてはという危機感が彼を焦らせていた。
後に残ったのは、唖然とした姫森とその友人達。
市松は知らない、この後彼女たちが何を話すのかを。女子とは噂話が好きな生き物、憶測だろうが想像だろうが容赦なく話を広げていく。
ちなみに、この時の彼女たちの話は、カラスにつつかれて市松に十円禿げができ、実はとある育毛用品の会社の令嬢であった黒崎にかつらの相談をしにいった、という事だったら面白いねと落ち着いた。
無論、猫耳で頭がいっぱいの市松のあずかり知らぬことである。
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